俺の姉はラスボス
俺の最大にして最強かつ最悪な試練は心証最悪な金森先輩の両親ではない。もっと身近で、俺が生まれてからずっと近くで俺の青春の妨げになってきた、南春華だ。
自分の気持ちと言う問題の答えが見つかったかと思ったらあっという間にこの試練、俺の人生も中々にハードモードって言ってもいいんじゃないか?
そりゃ漫画の主人公に比べたらそんなもんイージーもイージー、生温いにも程があるかもしれん。
しかし俺は主人公どころかちょい役ですらないその他大勢だ。そんな俺に世界の命運レベルの使命も試練もいらない。むしろ俺は今からラスボスと戦う。
どうか俺に幸あれ。
コンコンコン
「姉ちゃんはいるよ」
「どうぞ」
姉ちゃんの部屋のドアを開けると少し甘い香りがした。綺麗に整頓されていて、年のわりには落ち着いた雰囲気の部屋。
自分からは決して踏み入れることのないと思ってた部屋。
姉ちゃんはと言うと仕事の準備をしてた。今この話をするのは少し気が引けるが、姉ちゃんと話し合える時間なんてそうない。
過労死レベルのスケジュールで働く人なんだから。
「結構長くなりそうなんだけどいい?」
「夏夜くんとなら何世紀でも話してられるから大丈夫」
「そっ、そっか。ちょっと言いにくいんだけど、もし俺に・・・・・・」
果たしてこれを本当に言っていいのだろうか。
万が一のため金森先輩に答えは伝えてない。この話で誰かは感づかれないように事実を伝えるしかない。
「もっもし俺に、姉ちゃん以外ですっすっ好きな人が━━━━━━」
「夏夜くん立ち話も何だし座りなよ」
近づいてきた姉ちゃんはドアの鍵を閉めると俺のてを引いてベッドに座らせた。
体が硬直してて抵抗なんて何も出来なかった。あの目を見ると背筋が凍る、あの声を聞くと手足の筋肉が弛緩して何も出来ない。
俺の右腕に左腕を絡め、耳元に口を持ってきた姉ちゃんに抵抗も出来ない。
「夏夜くん」
「・・・・・・」
耳元で生暖かい吐息と共に名前を囁かれる。
「お姉ちゃん以外で好きな人が、どうしたの?」
「でっ出来、ました」
「ふーん」
「・・・・・・」
「それで?」
「一応、報告をと思って」
俺に絡ませた姉ちゃんの左腕にどんどん力がこもり、少し痛いくらい。
体も自分で支えることをやめ、全体重を俺にかけてきた。
俺はこの後どうやって逃げればいいのだろうか。振り払って逃げても鍵を開ける一瞬の隙に捕まる気がする。
窓から飛び降りるのも同じ理由で無理。姉ちゃんが気絶するまで絞める?
論外。
「いつかこんな日が来ると思ってたの」
「えっ?」
「夏夜くんがいつまでも私だけの物じゃないのは知ってたよ」
これってもしかして納得してくれるパターン?
「でも無理、夏夜くんの隣が私じゃなくて他の誰かなんて想像しただけで死にそう。でも夏夜くんには幸せになってほしいし、一緒になりたい」
納得なんてしてくれるわけないですよねハイ。
「どうしたらいいの?」
「・・・・・・俺は姉ちゃんよりその人を選びたい」
隠しても仕方ない。近い未来でバレるのだから初めからクライマックスでも関係ないしな。
「いや」
「姉ちゃん」
「そんなの許せない。そんな現実なんていらない、夏夜くんはいつも私と一緒がいいの、いつも私のとなりで誰のものでもなく私のだけで、それで・・・・・・」
「姉ちゃん!」
大号泣で小さく呟き続ける姉ちゃんの目にいつもの恐怖はなく、どちらかと言うとついハンカチを差し出しそうになるめだった。
正直言うと予想外も予想外。俺の予想からは明後日の方向の反応でどうしたらいいかもわからん。
初めから今までもう訳がわからんまんまだ。
「夏夜くんの幸せと私の幸せがなんで一致しないの?そんなのおかしい間違ってる。だってそうでしょ、私はこんなに夏夜くんのことを愛してて誰よりも好きなのにそんなの酷いよ」
「・・・・・・」
「そりゃ私は世間からすれば行きすぎてるかもしれないけど、それでも夏夜くんの隣は私がいいの、他の誰にも譲らない。・・・・・・だって夏夜くんの隣は私の何だから」
何かを確信たような言葉の数秒後には既に姉ちゃんに押し倒されていた。
両手は脇の辺りを押さえ付け、俺の腰に座る。金縛りのような感覚もあってもうきっとなにされても抵抗できないと思う。
俺は喰われるのか?
「夏夜くんの事だから好きな人にはまだ何も言ってないんでしょ?」
「いっいや、どうだっかな」
「嘘吐かないで。お姉ちゃんはだぁい好きな弟の事ならほくろの数から学校でのことも、近づく女のことも全部知ってるんだよ」
号泣してた顔とはうって変わって所謂恍惚な表情をする。
このままだと確実にヤられる。誰か、誰でもいい、助けてくれ。
「だけど夏夜くんは告白よりも報告を先にした。その子に危害が及ばないようにかな?安心してよ、私は刃物を振り回すよりも言葉で殺す方が好きなんだから」
「それを危害って言うんですが」
「夏夜くんの意思を汲み取って全部なかったことにしてあげる。私は夏夜くんの好きな金森林檎なんて女の子は知らない」
やっぱり姉ちゃんには全部お見通しか。
いつもそうだ。俺のしてきた会話をまるで隣にいて一緒に聞いてきたみたいに内容知ってるし。そう言う意味では姉ちゃんは本当に何時でも隣にいたのだろう。
俺は生まれたときから誰かを好きになってはいけない運命にあるんだ、だから仕方ない。
「ここ最近、いろんな人を振ってまわってたね。関西弁の女の子はまだみたいだけど振るつもりだったんでしょ。お姉ちゃんなんだから知ってるよ」
「わかった。俺に・・・・・・好きな人なんていない」
「どうして泣いてるの?」
後にも先にも姉ちゃんにここまで憎悪を抱いたのはこれ一回きりだろう。
でもそれでいい。俺はそう言う星のもとに生まれたんだ、諦める。
諦めるしかない。
「夏夜くんは笑わなきゃ。お姉ちゃんの一番大好きな夏夜くんは笑顔の夏夜くんだもん」
俺の両脇から肩に回すようにして抱きしめる姉ちゃんは、俺の胸板に顔をうずくめながら、心底楽しそうに喋る。
あのまま戦ってればきっと金森先輩やサークルの皆にまで危害が及ぶだろう。俺の選択は間違ってない、誰も悪くなんてないんだ。
その夜、姉ちゃんは俺を離してはくれなかった。
昔と同じ、何かが千切れる生々しい音が頭のなかで鳴り続けた。




