俺の判断材料
中谷が座ってた位置に座る詩音さんは、中谷に高校の友達とあったからそっちに合流したと言ったらしい。こう言う言い訳に『友達』を使える辺り、俺としては羨ましいことこの上ない。
俺なんて知り合いですら疑われてたのに。
「優ねぇの事、率直にどう思いますか?」
「やかましい」
「真面目に答えてください」
「そうだな・・・・・・仲間思いの良い奴、俺はあいつと知り合えて後悔もしてるけど幸福にも思ってるよ」
「そうですか、ならええんです。そんな事無いとは思ってますけど、もし適当な気持ちで優ねぇ振ったりしたらしばきまわしますから」
関西訛りの強い敬語で、自分の従姉を傷つけたら許さないと釘を刺してきた。
いい従妹を持ったな、中谷。
「まぁウチからすれば、夏夜さんみたいな優柔不断な野郎何処がええんか全くわからんけど。自分が答え出せへんからって何週間もキープ続けてホンマはよ答えだしたらどうです?」
「仰有る通りです」
「だいたい夏夜さんなんやねん?」
何が?
「優ねぇみたいな、可愛くて優しくて逞しくて強くて格好よくて綺麗でおもろい完璧な女に迫られて、何でそんな飄々としてれるんですか?ウチやったら十秒もちません」
「詩音さんは中谷の事好き何だね」
「はい、大好きです。愛してるまであります」
身近に重度のブラコンがいると、こう言うのに耐性がつく。
貴様の愛の形など俺の精神には一部のダメージも与えれんわ!
「答えはまだでませんか?」
「・・・・・・皆は人付き合いに後悔は付き物って言うだろ」
「何の関係あるんですか?」
「詩音さんはどう思う?」
「そりゃお互いに人間やからすれ違いの一つや二つや三つあって当たり前やと思いますね」
俺の真面目な雰囲気を察してくれたのか、一瞬怒りに染まりかけた瞳は中谷を語るときの真剣な眼差しに戻った。
「俺もそう思う。けど後悔はしたくないんだ」
「・・・・・・」
「確かに俺の答えを待ってる人からすれば迷惑かもしれない、けど答えを急いで後から重要な事に気づくなんてよくあることなんだよ。俺はもうそんな事で繋がりを無くしたくない」
今まで欲しくても出来なかった繋がり。自分は大丈夫、繋がらなくても一人でやって行けると強がってきたけど、一度繋がると一人が怖くなる。
一人がとてつもなく寂しくなるんだ。
俺には姉ちゃんがいる。ちょっと変態だけどいい姉ちゃんがいる、それでも俺は身内じゃなくて他人との繋がりが欲しがった。
ようやく繋がったのにまた切れると思うと怖くて仕方ない。
「でも答えは必ず出す。俺なんかのためにこれ以上時間を無駄にさせないように」
「なら優ねぇを選ぶんがおすすめです。あんなパーフェクトレディ他におらん」
「はっははは」
こいつはかなり重症だ。
「ウチは優ねぇ取られるみたいで何か納得いかんけど、優ねぇがそれで幸せなら我慢できる。ただしデートは三回に一回はウチの家でやって欲しいんです」
「大丈夫、完璧な中谷なら俺ごときと付き合ったとしてもきっと今まで通りに接してくれるから」
俺を皆から遠ざける姉ちゃんも、詩音さんみたいに寂しいって言うのも理由にあるのかもしれない。
自分を取り巻く人間関係が変化すれば環境も変化する、だけど自分は変化しない。環境に適応するように変化することを進化と言う。
自分の身近な人間だけ進化して、何処かおいてけぼりにされる感覚を俺は知ってる。
不安感や焦燥感、とにかく考えが後ろ後ろに向く。
あれは中々に辛いものがあるのだ。
「優ねぇ幸せにすんねんやったらウチもお願いします」
「あぁ。俺がお前も幸せにしてやんよ」
こっ恥ずかしい事を何とか顔色変えずに言いきり、頭を撫でる。
この間みたアニメだとこれで修羅場を切り抜けていた、なら修羅でも何でもないいまならもはや敵なしの技だろ。
「レディーの頭に気安く触るなんてホンマ学のない人ですね」
「すまん」
やっぱり俺は主人公じゃないから無理か。
「ほんならそろそろ行きますね。さよなら」
「おう、じゃあな」
ベンチから立ち上がりそれぞれの方向に歩き出す。
ようやく買えたコードで隠れながら充電したゲームに手をつける前に一日が終わった。
■□■□■□■
翌日、積もりに積もった雪も溶け初めて麗らかな陽気に眠気を誘われる居眠り日和にあいつはやって来た。
俺のもと同級生、大宮辰巳はすごい勢いで食堂の席に座る俺のとなりにやって来た。
「夏くん!」
「声でかい、耳痛いだろ」
「まだ答えだしてないよね?」
「は?」
「えっと。私はバレンタインの日東京行ってて渡せなかったけど、私も夏くんのこと愛してるから」
「・・・・・・」
やべぇ、口が塞がらねぇ。
アッアイシテル?
「夏くん超絶鈍感だからはっきり言わないとって思ったの」
「あの、いいですか?」
「うん」
「唐突すぎて処理追い付かないんだけど」
えっ、薄々そうなんじゃって思ってたのは勘違いじゃなかったのか?
また馬鹿な中学時代の繰り返しだと思ってたのに違ったのか?
わからない。
「ちなみに聞くが、その右手のスタンガンは何だ?」
「日本って比較的治安いいって言われてても、私みたいな可愛い女の子と男の娘は護身用に何か持っとくべきなんだよね」
「まるで自分が襲われるかのような言いぐさだなおい」
「はい、私可愛いですから」
言いきったよ、今に始まったことじゃないけど言いきったよこいつ。
確かに誰が見ても可愛いと思うけど普通自分で言うか?
「あと夏くん眠らせて既成事実作ったら勝ちかなって」
さて、身の安全が最優先だ。
俺は早急に姉ちゃんへ、大宮に襲われるかもしれないと言うメールを送らないとだな。
そっか、もうお前とは二度と会えないんだな。
「先輩にメールしたら夏くんも殺して私も死ぬから」
ジジジッ
スタンガンが物騒な音を立てる。
どうやら俺は連絡の前にこいつから全力疾走で逃げないといけないらしい。
「夏くんが結婚してくれなかったら声優辞めて、全部夏くんのせいにする」
「俺、お前が声優として活躍してる声聞くの好きだったんだけどな」
「私これからも声優頑張る!死ぬまで声優続ける!」
「そかそか、じゃあ次四限目だから━━━━━━」
「夏くん今日三限までだよね」
何故知ってる?
何故俺の講義の予定を貴様が知ってる?
教えた覚えはないんだが。
「私今日超久しぶりのオフなんだ」
「はっはぁ」
「だからデートしよ?」
「嫌、いろんな意味で危ないから断る」
うちの姉とその手のスタンガンが最も大きな理由だ。
「今日一日。今日一日で夏くんが私に少しでも振り向いてくれなかったら諦める。中学生の頃からの片想いの命運をかけてるんだ、だからお願いします」
俺の右手を空いた手で握りつぶす勢いで握り締めてくる。
ちらつくスタンガンが少し怖いが、まぁここまで真剣なこいつも見たことない。
仕方ない。どうせ何時かは決着をつけるつもりだった、それに答えのだ仕方も決めあぐねてたんだ。
こいつがそれでいいならそれで行こう。
「分かった」
「うん。頑張る」
そうして大宮は決意を口にして俺を学外に連れ出した。




