俺のお見舞いは苦労の連続
それは今朝の事、朝食の食パンをかじりながら何となく見てたテレビの運勢占いの事。最近人気の出てきた女子アナが俺の運勢は人生史上最悪と言ったのだ。
一度外に出ればそこは戦場、数々の危険が潜んでるようで回避するためのラッキーアイテムを見る直前に『夏夜くんは何でそんな女子アナさん見てるの?』と言われ電源オフ。
思えばこの時から俺史上最悪の運勢占いの効果は出ていた。
秋菜と行くはずだった梨木のお見舞いも、あいつはドタキャン。
なら俺一人で一人暮らしの女性の家に出向くのも少し気が引けるが、昼食の買い出し約束してるから俺まですっぽかすわけにもいかず、目当てのものを見付けるのに四つのスーパーと七つのコンビニを巡る旅をした。
そんな長くどうでもいい旅の果てに、お粥のレトルトと経口補水液を手に彼女の家に到着した。
まぁこのアパートはうちの大学でも居住者結構いるし、迷うことはなかったんだけど。
それに俺が一人暮らしの無駄な試みをした時にも一度訪れている。
ピーンポーン
出ないな。
寝てたり・・・・・・あっ鍵開いてる。
「入るぞー」
それは玄関から少しの廊下を進んだ先にあるドアを開いた時の事だった。
台所で梨木が苦しそうに四つん這いになり辺りは真っ赤にそまり、そのグロテスクに思わず足すくんでしまう。
「ごほっけほっ。あ・・・・・・嫌なとこ見られちゃいましたね」
あの占いは本当にどこまでも当たりやがる。
口角に赤い滴を滴らせる梨木は本当に具合が悪そうだ。と言うより最悪だろう。
だってこれ・・・・・・。
「でも心配しなくていいですよ、何でもありませんから」
「何でもない?」
そんなになって何でもないわけ無いだろ。
「ときどきこうなっちゃうんですよね」
「・・・・・・」
「誰にも内緒ですよ?」
「病院」
「えっ?」
「今すぐ病院行くぞ!」
「いっ、いやもう行きましたって」
「だめだ、精密検査受けてしっかり治療してもらう」
それとももう手遅れなのか?
もう手の施しようがなくて、どうしようもなくてだから最後に普段のこいつなら言わない『お見舞いに来てください』なんて事いったのか?
どうして俺は気づいてやれなかったんだよ。
「先輩のせいですよ」
「俺の・・・・・・せい?」
えっ、俺の?
俺が・・・・・・えっ?
「薬飲もうと思ったら急に先輩が入ってくるから、薬飲めなかったんです」
「・・・・・・ごめん」
俺はもう占いと言う占いを二度と見ることはないだろう。
俺の不運がこんな風に周りにまで伝染するなんて思っても見なかった。もう誰にも近づかない方がいい。
その方がお互いのためだ。
「先輩」
「ごめん」
「あっ、いやもういいですって。今更いったって結果は変わりませんし」
白い部屋着が赤く染まっててとてもしんどそうにふらふらと立ってるのに、どういうわけか笑ってる。
何で俺に笑ってんの?
「それよりもこれ拭くの手伝ってくれますか?」
「あっあぁ」
「あーあ、この服気にいってたんだけどなぁ」
もう、本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「先輩、クリーニングに持ってたらトマトジュースの染みって落ちますか?」
「へ?」
「やっぱり無理ですかね?」
血じゃ、無かった。
「急に座り込んでどうしたんですか?」
てか薬だろ、何で薬をトマトジュースで飲もうとしてんのただの馬鹿じゃん。
普通に水がお茶でいいだろ、なのにわざわざトマトジュースで飲みやがって俺がどんだけ混乱したと思ってんだよ。
でも・・・・・・。
「よかった。大事じゃなくて」
胸を撫で下ろし安堵の溜め息を大きくつく。
そんな俺の仕草に梨木はハテナを浮かべてる。
「あっ、先輩もしかして血だと思いました?」
「おぉ」
「先輩もまだまだですね。それに臭いなんかでわかりそうなもんですけど」
「気が動転しすぎて臭いなんて余裕なかったわ」
「あっ、でも本当に先輩のせいですよ」
「いやそもそも薬をトマトジュースでの意味がわからん。あと鍵開けっぱなし危ない、お前なんかは女の子なんだからそう言うの気を付けろよ。すぐに襲われて食われるぞ」
それこそここはいろんな大学の生徒が住んでるんだ。気を付けるに越したことはない。
「それより熱はどうなんだ?秋菜に聞いたところひどいらしいじゃないか」
「三十九度有りますね。困りました、これじゃあお風呂にはいれません。でもからだベタベタします」
「何が言いたい?」
「拭いてくれませんか?」
「・・・・・・」
「冗談です、胸くらい自分で拭けますから。それよりもご飯買ってきてくれました?」
「あぁ」
「じゃあ着替えたり色々するんで、ソファーに座って待っててくださいね」
そう言うと梨木は覚束無い足取りで、寝室へと消えていった。
それから数十分もすると、やはりふらふらっとした感じで部屋から出てきた。
そろそろ暖かくなってきて日焼けもしそうな時期なのに真冬の重装備。ホントにキツいのだろう。
「お待たせしました」
「いや、寝てていいから。えっとこれはい、水分だけはきっちりとること。食欲は?」
「あまり」
「なら食べれるな、レトルトだけど出来たら呼ぶから寝てろ」
「いやでも、そこまでしてもらうのは━━━━━━」
「さっきのあれを見せられるとな・・・・・・」
「分かりました。ありがとうございます」
渋々といった風に部屋に引っ込んでいくのを見届けて俺はお粥を作った。
最近のレトルトって美味しいしすぐできるから便利だよな。
えっと、食器はこれでいいかな。
コンコンコン
「入るぞ」
「どうぞー」
あっ、何気なく女の子の部屋はいってる。いやでも今更か、一人暮らしの家に上がってるんだし。
彼女の部屋は特に装飾品も無く、服を入れるチェストと勉強机とベッドしかなかった。
あと机の上にやけに古ぼけた縫いぐるみが一体。
あれはなんの縫いぐるみだ?
「すっきりした部屋だな」
「殺風景って言うんですよ」
「何でもいいだろ。それよりも飯」
「食べさせてください」
「・・・・・・」
「あー、熱が三十九度もあって起き上がるのも辛いなー。何処かの優しい優しい先輩が食べさせてくれたらきっと熱も下がるのになー」
「はぁ」
仕方なく蓮華にすこしお粥を掬い、少し冷ましてから口許に持っていく。
「何だかカップルみたいですね」
「俺には体の弱いお嬢様と介護人にしか見えん」
「ひっどーい」
「ところでさ、あの縫いぐるみ━━━━━━」
「あっ、やっぱり気になりますか?」
本人もやっぱりわかってるみたいだ。
綺麗にさっぱり汚れなんて全く見当たらないこの部屋で、少し破けてボロくなったあの縫いぐるみが浮きまくってることを。
「まぁあれだけちょっと浮いてるしな」
全体的に冷めてきたしさっさと食べさせてしばらく様子見たら帰ろう。
そう思い話は一旦切り上げさせ、黙々とお粥を運んだ。はたから見れば仲睦まじいことこの上ないかもだが、会話がない分少しだけ気まずい。
「ご馳走さまでした」
「おう。じゃあ他になにかあったら今のうちに言っとけ」
「そうですねぇ。少しだけ話し相手になってください」
「病人は寝とけよ」
「一日中寝てて眠くないんです」
「そうか、じゃあ食器片すから待ってろ」
「はーい」
手早く食器を片付けてまた梨木の部屋に戻る。
まぁこいつとも一度話しとかないといけなかったし、丁度いいかな。
「お待たせ。話って?」
「えっと、風邪の時って妙に思考が後ろ向きじゃないすか。だからその・・・・・・」
「寂しいってことか?」
「・・・・・・はい」
なっなんだこのしゅんとした梨木は。
何か何時もと態度違いすぎてヤバい。同じサークルでしばらく一緒じゃなかったら惚れてるレベル。
てか一人暮らしだもんな。
風邪引いても家族がすぐ来てくれるわけでもないし、こいつの場合近所に知り合いらしき知り合いも居ないのだろう。
そりゃ心細いわな。
「じゃあ、あの縫いぐるみの事聞いていいか?」
「あの縫いぐるみですか。あの縫いぐるみは三つしたの弟に小六の誕生日に貰ったんですよ。しかも手作りで、サプライズにしたかったみたいなんですけど痕跡残しまくりでしたね」
「三つ下って事は、今は高校生か」
「はい。って言ってもちゃんと進学してたら」
「・・・・・・」
もしかして地雷?
「これ貰った年に親が離婚してて、私はお母さんに、弟はお父さんに連れてかれました」
もしかしなくても地雷!
えっ、やべぇよ。それもわりかし強力な地雷だったよおい!
秋菜ぁ、助けてぇ。
「あの縫いぐるみだけは絶対に手放したくなくて、でもお母さんに見つかると捨てられちゃうかもだから頑張って隠してきて今に至ります。どうですか?」
「いや、あの、その・・・・・・大切な物なんだな」
「はい」
俺はこういう時、きっと梨木さんみたいには微笑めない。俺の周りの人は皆そうだ。
しんどいことあっても笑ってる、皆強すぎるよ。
「バレンタインの返事。私はお友達とかで結構ですよ」
「・・・・・・」
「その代わり、私は秋菜を応援します。林檎先輩には悪いですけど私秋菜の親友ですから」
「わかった。それも含めて考える」
「先輩はいつでも考えすぎですよ。もっと肩の力抜いてください」
「ははっ、アドバイスありがと。そろそろ行くけど大丈夫か?」
「はい。先輩のせいでパジャマが一枚おじゃんになりましたけど大丈夫です」
梨木の嫌みを流して俺は家を出た。玄関の鍵は閉めてからポストに投函したし、後は細心の注意を払いながら帰る・・・・・・
ピーンポーン
『忘れ物ですか?』
「頭洗わせて」
『・・・・・・鳩ですか』
俺はもう二度と占いは見ない。




