俺の高校時代の先輩と苺さん
コンコンコン
休日の朝から俺の部屋を叩いてんの誰だよ、あと五時間くらい寝かせて。
せっかく姉ちゃんも仕事でいないんだからお願いします。
「南くん、いるんでしょー」
何故苺さんが俺の部屋の戸を叩いてんだよ。
窓から逃げるか?
着地を失敗しなければなんとかなるはず。
後は玄関の靴を回収してしばらくどこかにバックレたらミッションコンプリート。
よし、そうなればまず手早く着替えるか。
ガチャ
「あっお着替え中だった?」
「ひゃうっ!」
今見た瞬間凄く初心な反応したのって雪奈先輩?
てかおい!
「早く閉めてください!」
「はーい」
脱出計画は失敗に終わり、仕方なく俺は着替えてからドアを開けた。
「おはよー、って言っても十時過ぎてるけどね」
これだけいろんな服装で毎回一分のずれなく同じ印象な人もそういないだろ。
それに比べると後ろの雪奈先輩何かは、高校時代に比べると随分と垢抜けた。
「お部屋入って良い?」
「遠慮してください。すぐお茶だしますんでリビングのソファーにでも座って寛いでって俺の話無視かよ」
俺を押し退けて入る苺さんに続き、かつてのような凛とした足取りで雪奈先輩も入ってくる。
「てか知り合いだったんですか?」
「二週間前に学校であったの」
「雪奈先輩の大学?」
「君の高校」
「雪奈先輩はともかくあんたは完璧に無関係だろ」
「うん。だからこれ見せて入れてもらった」
苺さんが手に持ってる鞄から徐に一枚の紙を取り出し、俺に突きつけた。
そしてその紙に俺は恐らく一生で一番驚いた。
なんとその紙は婚姻届。
それも俺と苺さんの名前、そして実印まで押されてる。
てか何で判もってんだよ。
「これ返すね、あと判子も。複製とかしてないから心配しないでね」
「するわ怖ぇよマジで!」
「で、雪奈は部活のOGとして遊びに来てたの」
「久しぶり、相変わらずね」
「先輩は何か垢抜けましたね」
「まぁ彼氏も居るわけだし」
「ふーん」
興味なんて有るわけ無い。
だって高校時代の繋がりなんてのは大宮さん除いて一つ残らず消滅したんだから。
だから消滅して無くなった繋がりの人物が誰と付き合ってようと微塵も俺には関係ない。
所謂無関係ってやつだ。
「で、何のようですか?」
「何か用がないと来ちゃダメなのかにゃ?」
「ダメですね。後、その取って付けたような語尾やめてください苺さん」
不覚にも可愛いとか思っちまったじゃねぇかちくしょ。
「お姉さんとしては気に入ったおも・・・・・・友人に会うのに理由は要らないと思うんだけどな」
この人今玩具って言いかけたよな?
俺は玩具なんかじゃない。
「要らないわけ無いでしょ。だいたい俺と苺さんは友人じゃありません」
「じゃあ恋人?」
「何をどう飛躍させたらそうなる」
「仲良いのね」
どう聞いても友人関係も恋人関係も否定してるでしょ俺。
「好きなぬいぐるみとかってつい構いたくなるじゃん。それと同じだよ雪奈」
「俺は綿の塊か何がですか?」
「南くんは南くんだよ」
雪菜先輩がクッションに座り、苺さんが俺の枕を抱き抱えてベッドに腰かけている。
その二人の視線が調度俺にぶつかる辺りで交差していて、俺としては自分の部屋でこんな居心地の悪い思いしないといけないのは何故だと、声を大にして言ってやりたい。
しかし、雪奈先輩はともかく苺さんには言えない。
弱味とかではなく、単純に後が怖いから。
「さて、そろそろ茶漬けでもどうですか?」
「それよりコーヒーがいいなぁ」
「私もお願いするわ」
「いやいや、そう言わずにお茶漬け食べてください」
「わざわざ遠回しに帰れなんて言わなくて良いよ、南くん」
「なら、ストレートに帰ってください」
「嫌」
結局拒否んのかよ。
わかってたけどさ。
「そろそろ本題に入って良いかしら?」
「本題なんてあったんだ」
「南くんが帰れ帰れってうるさいから中々入れなかったのよ」
「うーん、私南くんの事なっくんって呼ぶから苺ちゃんって呼んで」
「何ですか唐突に。それにその呼ばれかたはイラッとします」
「また話の腰折られた」
「じゃあ夏夜くん」
姉さんと恐怖の度合いまで被るのでやめて欲しいが、それこそ被りまくってるおかげで拒否しづらい。
「じゃあ決定!」
「金森さんは私の邪魔するために来たんですか?」
「どうだろ?」
「はぁ。金森さんが私の言うことならまだ彼も引き受けてくれるって言うから来たのに」
「何を引き受けるのか知りませんがお断りします」
だいたい無関係になった人に突然頼み事なんておかしいにもほどがある。
それこそ彼氏にすれば言い。
もし彼氏にしにくいのなら友人。
とにかく俺なんかに頼りに来るのは間違っている。
「ダメだよ夏夜くん。もう貸し出しの約束しちゃってるから」
「そもそも俺は貴女の所有物じゃないんですが」
「ほら。ここは私の顔を立てると思って」
いたずらっぽく笑う苺さんの正面には、見るからに落ち込む雪奈先輩がいた。
その落ち込みようは些か大袈裟すぎる気もする。
これじゃあまるで断られて絶望してるようにも取れる。それくらいの落ち込みを見せつけられたせいで俺は訳の分からない罪悪感に駆られた。
「話聞くくらいならいいですよ」
ダメだ。これはいつものパターンだ。
話聞いてくうちにいつのまにか俺がその作戦の一部に組み込まれる。
なら結末もいつもと同じに違いない。
「それは・・・・・・まだ言えません」
「雪奈もそれは無私がよすぎるんじゃない?仮にも助けてもらうがわなんだしわがままはいけないよ。でもまぁ、それだけ重要で本当に信頼のおける人にしか明かせないってことだけど」
「苺さんは知ってるんですか?」
一瞬雪奈先輩に目を向けるとこう答えた。
「知らないよ」
これはどういう意味だろう。
本当に知らないのか隠してるのか。他人の自分が知ってるかどうかも本人の許可なしに口外できないような案件なのか、それともただ遊んでるだけなのか。
俺としてはただの遊びであってほしいが、雪奈先輩の態度からは遊びのあのじも感じない。
「いつか絶対に話すから、だから今は何も聞かないで私に頼らせてください。お願いします」
「嫌です」
真剣の眼差しに見つめられ、それでも俺は拒否を貫いた。
俺は別に崇高なボランティ精神なんて持ち合わせてない。
努力がまっとうに評価されない世の中だからこそ、自分の働きにはそれ相応にちかしい対価を要求する。
今までが流され過ぎてただけだ。
「おねっがい・・・します」
「泣いても嫌なものは嫌です。だいたい内容も分からないものの手伝いなんて怖くて出来ません。親にでも相談してください」
あくまでも突き放す態度の俺。
でも親が出た瞬間、空気が確かに変わった。
親にも相談できないのか。
「夏夜くーん」
立ち上がり近づいてくる。
菜にか嫌な予感がしたけどあっという間に隅に追い詰められてしまった。
「・・・・・・」
「そんなに睨まないでよ。でさ、夏夜くんは全部を話したら助けてくれるの?」
助けない。
人には話しにくい、付き合ってて親しいはずの人や親にすら相談できないような事柄なんてもう引き受けたくない。
そして空気を変えた張本人の苺さんは、内容を知ってると断定して考えても良いだろう。
親しい人には話せず、その人に比べるとぽっとでの人には話せる。
迷惑をかけれない人と迷惑をかけてもいい人の違いか。
なら俺は後者に部類されるわけで、なおのこと引き受けるわけにはいかない。
「助けません」
「うーん。じゃあ私が君の絶対的な弱味握ってたら?」
「弱味?」
「うん、弱味。それをばらしたら確実に君のお姉ちゃんが発狂するよ」
「それって━━━━━━」
俺の言葉を遮ったのは言葉ではなく、彼女の唇だった。
頭をしっかり固定され壁に押し付けられ動けない俺をなぶるように執拗にたっぷりと接吻は行われた。
まるで私のものだと言わんばかりに、マーキングでもするかのように行われた行為は俺の弱味になってしまう。
この事が姉ちゃんにばれれば貞操の危機なんてレベルじゃない。
本当に人間関係の姉ちゃんを除いた全てをきられてしまう。
「わかった?」
「ビッチ」
「私がこんなことするのは君だけだよ?」
頭がふわふわする。
思考がまとまらない。
「どういう意味ですか?」
「ペットとキスする人っているでしょ、そう言うこと」
ようするに俺はあんたの犬か何かですか。
「私の物が君のお姉さんとか林檎ちゃんとかといちゃいちゃしたりするのは面白くないけど、今回は君がお世話に先輩の頼みだし受けるよね?」
「・・・・・・」
受けなければばらす。
苺さんは隠してそう言った。
きっとこの人は、姉ちゃんにその事をばらしても大丈夫な確信があるのだろう。
自分だけでも逃げるなんて簡単なんだから。
「分かりましたから離れてください」
「うん。じゃあこれ」
その場に座り込む俺に苺さんは真新しいスマホを渡してきた。
「何ですかこれ」
「私と雪奈の連絡先入ってるから、何かあったらこれに連絡するね」
「・・・・・・」
「名義も君になってるし好きに使ってくれて構わないから。それとしばらくは肌身離さず持っててね、くれぐれもお姉さんには見つからないように」
「はい」
「じゃあ雪奈、帰ろっか」
「南くん、本当にごめんっ!」
それだけ言い残すと二人は部屋および家から出ていった。
最悪の休日だぜこのやろう。
結局その日、渡されたスマホに連絡は来なかった。




