俺の新学期開始はすれど何も変わらず
まだまだ寒い日が続くこの頃。
防寒対策のため、ポケットにはカイロをつっこみ靴下を二枚はいてヒートテックも着用した。
何でも、真冬の気温に逆戻りらしい。
電車の熱気で顔が火照ったまま外に出ると冷たすぎる空気に身が震える。
そしてホームを出ると更に冷え込みは厳しい。
「はぁ、寒い」
「せやな」
「はっ━━━━━━」
「振り向いたらただじゃおかんで」
少しくぐもった女性の声が真後ろから聞こえてくる。
その距離数十センチ。
よく聞きなれた訛りの女性の拳と思わしきものが背中に押し当てられ、まさかなと言う恐怖に俺は煽られた。
「ゆっくり右手を突っ込んだポケットから入ってるもんを出せ」
上着の右ポケットには財布。
ズボンの右ポケットにはカイロ。
「財布か」
「二万円入ってます、それでご勘弁を」
「アカン、こんなんじゃ全然温かならへんやろ」
そんなにお金に困ってるのか!?
「ズボンのポケットのそれ、寄越さんかい」
物理的に冷たいのか。
「てかカイロ欲しいんだったら普通に言えよ。中谷」
訳のわからない茶番にここまで付き合った俺を誰か誉めて欲しい。
しかしそんな俺を褒め称え称賛する物好きなどこの場には居らず、隣にまで歩み寄ってきた中谷にカイロを渡した。
その足でキャンパスに向かって歩き出す。
「詩音なぁ、三学期あるから言うて帰ってったわ」
「そうか」
「興味なさそうやな、もっと興味ありげに聞いてこいや」
「話完結してんだろ」
「でな、ウチは中学の三学期なんて進路も完璧にしたら自由登校なる前からポイやっからな、未練なんてこれっぽっちも無かったわ。卒業式も無視やったし」
「そう」
「詩音はもう入学先も決まってるし、ならもう帰らんとウチの家居ればええと思うねん。出席的にも充分足りてるわけやしな」
「ようするに従妹が帰って寂しいわけか」
まぁあの二人なら普段から騒がしそうだもんな。
「ちゃうって、ウチは不思議なんや。中学の人付き合いなんて十年もすれば殆ど会わんなるやろ。あっても久し振りとか二、三言交わして終わりや。せやのに詩音はお別れしてへん言うてん。別にお別れなんてせんでも勝手に関係消滅するやろ」
「お前中学でぼっちだったのか?」
「いや別に、どちらかと言うとダチは多かったけど友人は少なかったタイプやな」
まぁ俺はどっちもいませんでしたけど。
中谷は従妹の義理堅さのような、何かに疑問を感じたわけだ。
部外者の俺からすれば心底どうでもいい話な訳だが、こいつはどうも俺に聞けば何かしらの答えが返ってくると思ってる。
学祭の件も、言葉じゃないけれど答えは出した。
彼女にとってたった一度の行動はそれだけ信用するに足る物だったらしい。
「別になんでもいいんじゃね?」
「何か釈然とせんな」
「詩音さんにとって中学最後の時間は欠けがえの無いものってことだろ。じゃあ俺教室あっちだから」
「うん。じゃあまた後で。カイロありがとうな!」
俺が何かを言うよりも早く中谷はその場をさって行った。
また後でってなに?
そんな疑問も残しつつ午前の講義を受けた。
■□■□■□■
午前の講義も終わり、もう帰ってベッドにダイブした気分で迎えた昼食には少し早いこの時間帯。
することなんて欠片もなくかといってしたいこともなく、仕方なく俺は図書室に来ていた。
ほどよく効いた暖房部屋でウトウトとしてしまう。
午後の講義さえ無ければネテシマウノモありかもしれない。
しかし俺には五限目六限目とあと二コマ分残ってるわけで、寝過ごすわけにもいかない。
就職かぁ。
とりあえず有用な資格だけでも取っておいて損はないかな?
宅建とか行政書士とかあったら便利そうなんだけど、どっちも今から取り始めたんじゃ、就活に間に合わなさそうだし無理か。
いっそのこと就職を遅らせるか?
だめだ、空白の期間の上手い説明が思い付かん。
「あぁ、無理だ」
「夏くんどうしたの?」
何故エンカウントしたのがよりにもよって大宮さんなんだよ。
「腹減った」
「なら一緒にお昼食べよ?」
「嫌だ」
「夏くんははっきり拒絶するよね」
お前相手に曖昧な言い方だと通用しないからな。
「じゃあ私は夏くんの拒絶を拒否します。さっ近くのファミレスでも行くよ」
「分かったかはネックウォーマー引っ張るな絞まる」
「ほら早く早く」
「はぁ」
俺は大宮さんに急かされて大学を後にし三百メートルほど離れた全国チェーンのファミレスに入店を果たした。
しかしこの手のファミレスにもいい思い出がない。
高三の文化祭が終わって数日した頃、俺は受験に向けて進めてた勉強を気まぐれでファミレスでしてた。
まぁ全自動キッチンがついたと思えばなかなかに快適なもんだ。
しかし打ち上げと称して同じ学年の男女が流れ込んできた。
そしてその日からそのファミレスには行ってない。
安くて美味しかったから好きだったんだけどな。
「禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか?」
「禁煙でお願いしまーす」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
猫を三重くらいに被る大宮さんに引きつつ、テーブルについた。
「店員さん呼ぶけどいい?」
「早いなおい、俺まだ決めてねぇよ」
「夏くんは相変わらず優柔不断」
「ほっとけ。えっと、よし決めた」
ピンポーン
「えーっと私はボンゴレパスタのドリンクバー付きで」
「じゃあ同じものを」
「ご注文を確認します。ボンゴレパスタのドリンクバーセットがお二つ。以上でよろしいですか?」
「はい」
「それでは少々お待ちください」
「じゃあ夏くんの分もジュースいれてきてあげる」
「あぁ」
テクテクと歩いていく彼女の背中をぼーっと見つめる。
今日は寒いせいで思考がまとまらない。
こんな日は何をしても上手くいかない。
本を読んでも目が滑るし、歌を来てもいまいち歌詞が頭に入ってこない。
運動はしたくないし、テレビなんてみてもこんなんじゃ退屈なだけ。
ブーブー
「はい」
『おい夏夜、どこおんねん?』
「大学近くのファミレスで大宮さんと飯━━━━━━」
『今すぐそっちいくから待っとけよ』
ツーツーツー
えっ、何やだ私怖い。
思わず思考がオネェみたいになったじゃねぇか。
「いれてきたよ」
「先に聞くけど何も混ぜてないよな?」
「ガキですか」
「よしならいい」
乳白色の炭酸がはいったコップを受け取り一口。
確かに何も混ざってないを
「睡眠薬とか用量間違っても怖いし」
「その発言が一番怖ぇよ」
そんな他愛の無い話を切り上げようとするまもなく、中谷が無理矢理会話の流れを物理的に絶ちきった。
「拳骨すること無いだろ、中谷」
「また後で言うたやん、何でまってへんねん」
「あれは社交辞令的なそれだろ、第一待ち合わせの時間も場所も決めてないし」
「そんな関係あらへん」
えぇ。
「ボンゴレパスタお待たせしました」
「あっ追加注文でドリンクバーお願い」
「かしこまりました」
さて、俺はこの男性店員に少しばかり尊敬の念を送りたい。
こんなはたから見れば喧嘩ともとれる場面に笑顔でパスタを両手に割って入り仕事をそつなくこなしたのだから。
「中谷先輩は昼食どうしたんですか?」
「もう食べた。せやからあんたらもゆっくり食べててええよ」
「言われなくてもお前に急かされるかよ」
「何か言うたか?」
「このパスタ美味しいな」
俺の真横にすわりギロリと睨みを聞かせるパスタは味がしなかった。
そうして食べ進めていくなか、大宮さんが仕事で退場した。
つまりこのテーブルには、パスタを貪る男声とそれをにらむ女性がいるわけだ。
なんとも如何しがたい。
「で、俺を待たせてまでもしたかった話って?」
「夏夜はどんな感じで中学時代と決別したか」
「決別も何も、もとから俺は誰とも親しく無かったからな」
「まぁ何か決定的な出来事でもええねん」
「決めてはやっぱり文化祭だろうな」
「へぇ、聞いてもええか?」
少し前にも、あの時は高校時代の話をした気がする。
そう考えると学校は嫌な思いでの温床で、文化祭や体育祭や修学旅行はそれを殖やす餌のようなものだな。
高校時代の俺は耐えることを、中学生の時よりも知っていた。
しかし中学生の俺は我慢の限界値が少しばかり低かった。
《続く》




