僕の二月十四日の乗り切り方 後
三つのお菓子を食べた後、服に一生懸命消臭剤を撒いた。
なんでこんな浮気帰りみたいな事しないといけないんだよ。
姉ちゃんがヤンデレるからですね。
何だこの悲しみを量産する自問自答は。
ガチャ
「ただいま~」
「お帰り」
ソファーに腰かける俺の隣に座ると、早速抱きついてきた。
いつもの事過ぎてもうなんにも言わない。
言うだけ疲れるから。
「・・・・・・夏夜君」
まさかバレてらっしゃる?
嫌でもそんなはずは、消臭剤もたくさん撒いたし。
あらゆる点からバレる可能性を消したんだから、大丈夫。
バレてないバレてない。
「何で消臭剤撒いたの?」
「えっ」
「何で夏夜君の服から夏夜君の臭いしないの?」
消しすぎたのか。
「えっと、ちょっとラーメンをこぼしちゃって」
「その服に?」
「うん」
「じゃなんで洗濯どころか染み一つないの?」
「・・・・・・すみません嘘です」
「何でお姉ちゃんに嘘つくの?」
言い訳するかしないか、いつもの事ながら選択肢で枝分かれしてもイベントは一つだけの使用になってるけど考えるな。
いや考えろ、言い訳を。
いっそのことチョコを食べたって言うか?
理由は、まぁテレビ見てたら食べたくなったとかでも。
でも朝に姉ちゃんから宣言されてんだよな。
普段の俺なら鉦がもったいないからしないし、どうしたものか。
「お姉ちゃんに言い訳は通用しないよ」
「同じ大学の人に手作りだって言われてチョコ貰った」
「ふーん」
「いらないって言えなかったし、捨てるのも悪い気がしたんだ」
「お姉ちゃんとの約束破ったのに?」
あれは約束じゃなくて脅迫って言うんですよお姉さん。
「ごめん」
「約束を破っちゃう上に嘘までついちゃう悪い子にはお仕置きが必要だよね?」
「・・・・・・」
そう言った姉ちゃんは鞄の中から小さな筒状の口紅を取り出した。
この時点で察しの悪い人もお分かりになると思う。
逃げないと。
「だめっ」
ドンッ!
ソファーから立ち上がろうとした俺を姉ちゃんが押さえ、俯せに床に倒れた。
その俺の背中に座る姉ちゃんからは何の音かあまり想像したくない音がしている。
「夏夜君」
「はっはい」
「何で逃げるの?」
「・・・・・・」
「答えられないのね」
「ごめん」
以前として上から乗られ両腕は押さえられ身動きが出来ない。
上からの物理的でない圧力で胃が痛い。
まじでなんなの。
初めて友人ができて、その人からも友人って認められた証しにチョコを貰っただけだぞ。
俺は人付き合いしたらダメなのかよ。
「夏夜君の一番は誰?」
まるで選択肢のあるような聞き方に怒りゲージがたまる。
このままいくと三年後に大爆発していえ飛び出すぞ。
つまり三年後も俺はこの家にいるのか・・・・・・はぁ。
「お姉ちゃんじゃないのね」
「なぁ」
「なに?」
「俺は誰か、家族以外の誰かと遊びにいったり、お菓子もらったりお返ししたり。そう言う誰でもやってるようなことやったらダメなのか?」
「そんな事したら夏夜君が悪い━━━━━━」
「俺の友人に悪いやつはいねぇよ」
「・・・・・・何で」
「は?」
「何で姉弟ってだけで恋愛対象にされないの?」
あまりの衝撃発言に二十秒くらい息の仕方忘れてたよ。
「夏夜君」
「・・・・・・」
「お姉ちゃんは夏夜君だけ居ればいい、他は何もいらない。夏夜君が望むなら喜んで初めてもあげる、それじゃあダメなの?」
「そう言うことじゃない」
「ならなんで!?」
「俺は━━━━━━」
ガチャ
「ただいまー」
聞き覚えのある声の主はリビングのドアを開けると直ぐに閉じた。
そして数秒間の空白の後、再びドアを開けた。
やっぱり目鼻立ちとか髪質とか姉ちゃんに似てるな。
「春ちゃん何してるの?」
「おっお母さん、これ違うの」
「とにかく降りなさい。私は着替えてくるから今のうちに二人ともいいわけ考えておくこと」
「俺もですか」
「どっどうしよう」
押さえられていた手はジーンと温かくなり、ソファーに座り直す。
姉ちゃんをここまで狼狽えさせるのだからやっぱりお袋は凄い。
そして俺は巻き添えを喰らうのだからたまったものじゃない。
「はぁ、不幸だ」
■□■□■□■
「いつも言ってでしょ春ちゃん。こう言うのは最初から一緒に寝たときか合意の上出って」
「ごめっんなさい」
「そして夏夜」
「はい」
「あんまりお姉ちゃんをいじめないの」
さっきの体制だとむしろいじめられてたのは俺では?
「はい」
先ほどの口紅はチョコレートだった。
俺の予想とは中身と言う点で違ったけどまぁ、助かった。
そして隣を見ると、肩をすくめ涙を流す姉ちゃんがいた。
「じゃあこの話はお仕舞い。夏夜最近学校はどう?」
「普通だよ」
「サークルとか入ったの?」
「んー、まぁ」
「金森林檎って女の子いるでしょ」
「もしかして仕事で逢った?」
「ううん。帰りの電車で轟さんって子が私の事を雑誌で見たって言って話しかけてきたの」
何してんだよあの馬鹿。
「で、金森さんがもしかしてあんたの母親じゃないかって聞いてきたの」
金森先輩もよくそんな事聞けたな。
「春ちゃんいつまで落ち込んでるの?夏夜に抱きついていいから元気だしなさい」
「えっ!?」
「夏夜君」
「うおっ!椅子から落ちるところだった」
俺の胸辺りに腕を回して抱き付いてくる。
その衝撃で椅子から落ちそうになるが机の縁をつかみなんとか耐えた。
「てか休みとれたんだったら連絡しろよ」
「ごめんねー、でも女優も大変なのよ」
「いや聞いてないし」
「春ちゃんは声優どうなの?」
「順調」
「そっ、失敗すればよかったのに」
「お母さん!?」
「そしたら夏夜が養ってくれたかもよ?」
「・・・・・・はっ!」
はっ!じゃねぇよ。
「お袋は後どれくらいこっちにいるの?」
「何々?夏夜はもしかして寂しくなっちゃった?」
「今すぐ事務所にでもどこにでも帰れババァ」
「ここが私の変える場所だから。で、後二週間はいるつもり」
「そうか、俺は明日から大学だし寝るよ。だから姉ちゃんはなして」
「一緒に寝る」
絶対言うと思ってた。
いやでもさせないよ、俺明日一限目からだし。抱きつかれて身動きとれないまま遅刻なんて嫌だし。
「ならヤッてもいいんだよね、お母さん」
「勿論」
「お袋!」
「ババァなんていった人息子じゃありません」
・・・・・・。
この人俺と姉ちゃんで遊んでやがる。
仕返しはまた後でにして、さきに姉ちゃんをどうにかするか。
「姉ちゃん離して」
「いや、一緒に寝る」
「なら襲わないって約束してくれ」
「・・・・・・」
「出来ないなら姉ちゃんとはもう一生寝れない」
「する」
げんきんな人でよかった。
「でも夏夜君は何で逃げるの?私を拒むの?」
「春ちゃんいい加減になさい」
「・・・・・・はい」
「ちなみに春ちゃんはさっきの続きで話があるの、だから残ってね」
「はい」
姉ちゃんの腕から抜け出しショボくれた姉ちゃんを見ると少し可哀想な気もした。
お袋の説教はねちっこく徐々にねたぶるようにするからな。
しかし俺も単位をかけてるわけなので同情はしてもそれ以上はなにもするつもりもない。
おやすみ。
その日の夜、姉ちゃんが俺の布団で嗚咽を漏らすせいであんまり眠れなかった。




