俺の姉はやはり迷惑だ
朝、目を覚ますと俺を抱き枕にする姉ちゃんがいた。
背中側から俺を包み込むようにして強く抱きしめ、足は絡ませている。
これがなかなかどうして安心感がある。
「姉ちゃん」
「なんれふか?」
「俺起きるから離して」
「や」
や、じゃなくてさ。
俺起きて朝飯とかいろいろすることあんだけど。
「夏夜君の携帯みたよ」
「・・・・・・」
十七桁のアルファベット含みの暗証番号を突破したと言うのか?
しかし俺に抜かりはない。
履歴と言う履歴は全て消した。
「お姉ちゃんとのやり取りが全部なくなってた」
あっ、声色が変わったら。
「私にとって、なつくんと交わす言葉は全て宝物なのに何で消したの?」
「操作ミスでして」
「夏夜君の携帯、設定で全消去しようと思ったら長いパスワードいれないといけないよね。どうして嘘つくの?私に嘘つく夏夜君なんて嫌い。ううん、大好き、だけど嘘つかれるのはいや」
さっきまで感じられていた安心感は不安感へとジョブチェンジを果たし、恐怖感と言う武器まで装備している。
それに対してこちらは無防備。
もうお分かりですね。
「私に嘘つくのはやっぱり他の女のせい?」
「違う」
「夏夜君を腐らせる人なんていらない。私は夏夜君のそばにいれるだけで幸せだし、夏夜君の幸せはなに?」
俺の幸せ?
取り敢えずこの状態は幸せじゃない。
どちらかと言うと不幸せだ。
なんだろ?
背中にある感触とかけっこう嬉しいはずなのに全然嬉しくない。
全身にまとわりつくベッタリした嫌な感じがその原因だと思う。
ベッタリした何かに引き摺られて暗くて寒くて恐ろしい、よりいっそう居心地の悪いどこかに引き摺られる感覚。
「・・・・・・姉ちゃんといることかな?」
この状況から一刻も早く逃れたいがため俺は何て事を言ってしまったんだ。
「本当ぉ!」
嬉しそうなその声に比例して俺を抱く腕が強くなり、それにさらに比例して罪悪感が増していく。
こんな姉だけど何て事をしてしまったんだ。
しかし嘘だと言えば何をされるかわからない。
誰か助けてください。
「じゃあ他の女はいらないよね?」
「いや、社会に出たときとかのためにさ。もしかしたら同僚になるかもだし」
「私が養ってあげるから社会にでなくていい。夏夜君は家の事だけしてて、それだけで私には立派に働く亭主だから」
「・・・・・・」
何て切り返してもいつもの超理論で三倍に返される気がする。
てか絶対に返される。
「私、今日夢を見たの。三年後に夏夜君が私を捨てて家を出ていってしまう夢を」
「三年後かどうかは解らないけど、いつかは出てくよ」
「嫌」
「俺が家を出ても姉ちゃんなら何時でも歓迎するし連絡もするし、いまなら顔みながら電話できるだろ?」
こないだドラマで夫婦喧嘩してる人達と全く同じこと言ってるよ俺。
「そんなの許さない」
「えあ?」
「私から夏夜君を連れていくのはなに?女?それとも仕事?それなら一生この家から出なくていい」
こうなったら徹底的にご機嫌とりに行かないとまじでヤバイかもしれない。
二度と家から出れなくなるかもしれん。
「なら姉ちゃんと何処にも行けなくなるのか」
「えっ?」
「でもそうだよな、姉ちゃんが外に出してくれないんじゃサプライズでプレゼントを買うことも出来ないし、自分でお金貯めて指輪も渡せない。でも姉ちゃんがそれでも俺を家から出したくないんだから仕方ないか」
見なくても分かる。
後ろでオロオロしてる姉ちゃんなんて見なくても分かる。
「ならずっと私と居てくれる?」
てきとうには答えられない。
もし軽い気持ちでいるなんて言った日にはどんな目に遭うか想像するだけでも背筋が凍る。
「もう許してください、何でもしますから」
「なら今月の二十五日、デートして」
二十五日ってあの二十五日ですよね?
「何でもするって言ったよね」
「そっその日は━━━━━━」
「なら許さない」
「・・・・・・」
「わかったよ」
ごめんみんな、ちょっと行けそうにない。
「じゃあ許す、おやすみ」
二度寝ですかいいご身分ですね。
てかまだ起きてから二十分経ってないぞ。
仕方ない、このままじゃ俺も動けないし寝るか。
■□■□■□■
目を覚ますとそこに姉ちゃんはいなく、目覚ましは午後一時半くらいを示していた。
俺の携帯はいつも通りの場所にある。
少しだけ確認しておくか。
一件のメールには随分と見馴れたアドレスが書き連ねられていた。
『時間決まりましたー!みんなの都合もあって午後三時からスタートです、あと林檎ちゃんのお姉さんも来るみたいですよ。秋菜より』
罪悪感。
俺の頭の中はこの三文字がゲシュタルト崩壊するレベルで道溢れている。
俺が悪いんじゃないのに。
でもあれだ、こっちをちゃんと断っとかないとより一層面倒なことになるに決まってる。
『ごめん、理由は姉さんって言えば皆分かってくれるかな?』
送信。
おっ、もう返信きた。
『見損ないました』
お前は俺の姉ちゃん知ってるよな?
なのにこんなこと言いやがって・・・・・・はぁ。
『埋め合わせはする』
『わかりました、よいクリスマスを過ごしてください』
そういや今日ってイブだったな。
全く頭に無かったぜ。
さて、そろそろ起きるか。
取り敢えず顔洗って歯磨いていろいろとやることあるな。
それから数十分で俺は身支度を済ませてリビングに降りた。
するとみたくもない現実を音速でぶつけられてしまうから嫌だな。
そこには俺の替えのジャージを着て悶えてる姉ちゃんがいた。
「すーはぁ、夏夜君の臭いに包まれて抱き締められてるみたい」
これが来年からアラサーの仲間入りする人のすることか?
いや、アラサーとか関係無い。
これがブラコン重症患者のすること。
「姉ちゃん、そのジャージ俺のだけど」
「知ってるよ」
うん、姉ちゃんが知ってることくらい俺も知ってるから。
「でも夏夜君の服ってなんだか温かいよね」
「姉ちゃんの体温だよ」
「夏夜くーん」
俺のジャージひとつでそこまで上機嫌になれるのだから、エネルギー効率のいいような悪いような。
はぁ、仕方ない。
変に何か言って機嫌崩されるぐらいならそのジャージはやろう。
「そのジャージあげるよ」
「ううん、こまめに洗ってこまめに夏夜君が着てくれないと意味無い」
俺のはるか斜め上を行く返答に思考回路は仕事をボイコット。
もっと当分寄越せとプラカード掲げて列になってストってる絵が容易に想像できる。
お願いです、もう少しだけ味方してください。
「夏夜君も協力してね」
「・・・・・・うん」
例えどんな日でも姉ちゃんは姉ちゃんでした。
やはり迷惑ですね。




