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俺の演奏は終わりを迎える

人生の初舞台は高校の文化祭でやった劇の裏方の裏方だった。

その時、舞台の上で躍動していた奴等と舞台にたってもたぶんこの景色は見れない。

関西弁で小心者で妙に強気で偉そうな彼女の斜め後ろから見る景色は、当たり前だが今までとは違う景色。

照明は落とされてて遮光カーテンも締め切られている。

暗闇になれない目でも確かに視えるものはいつも見てきた彼女の後ろ姿だけだった。

深呼吸を三回。

開きなることもなくガチガチな指に力を込める。


「ワン、ツー。ワンツースリーフォー!」


そして彼女のいつも通りの掛け声から演奏は始まり暗闇の視界は一気に光を受け止める。

こんないつも通りの姿見せやがてこいつ。


「眩しいなこの野郎」


小声で呟き俺も弾き始めた。

ガチガチだった指も、震えていた膝も一瞬で消え去る。なんて事はなかったがそれなりには弾けてると思う。

観客は騒いでるのに聞こえるのは中谷との演奏と彼女の歌声だけ。

照明に照らされて、冬だってのにこんなに暑いのは可笑しい。

きっと照明とか、動きすぎたとかだけじゃない。

コレが本当の舞台なのかな?


「(中谷のやつまたミスってるし)」


あぁ、そうか。

これはそういうことなのか。

俺の初舞台なんかじゃないんだな。


■□■□■□■


演奏終了三十分後。

いつもの多目的室にて火照ったからだを冷やしていた。

体から湯気を出したなんていつ以来だろう?


「お疲れやな」

「ははは、まさか転ぶとは自分でも思わなかったよ」

「私は何となく予想できとったけどな」

「嘘つけ、始まるまでガチガチだったくせに」

「始まってもガチガチなやつはどこのどいつや?」


やっぱり人生はうまくいかないな。


「どうやった?」

「死ぬほど恥ずかしい」

「せやろうな、私も恥ずかったわ」

「ごめんな」

「ええよそれくらい」

「・・・・・・」

「終わってんな」

「これでもうしばらく大学には来なくていい」

「せやな」


西日が多目的室を赤く染める。

ドラマのようなこの景色は、俺に孤独の二文字を連想させる。

それも俺の経験から来るイメージなんだけどな。

でも今は二人。

少し前まで考えもつかなかったよ。


「なっ夏夜!」

「夏夜です!」


そんな勢いよく呼ぶからつい勢いよく返しちまったよ。


「その・・・・・・あっ無理やったらええねんで」

「何が?」

「無理せんでもええねんで、だから私とその・・・・・・」


忙しなく動いてますねはい。

落ち着けよ。


「よければ二十五日にでか━━━━━━」


ガラッ!


勢いよくドアを開けたのはお馴染みのバカで、その後ろで梨木が笑っている。

いつも通りの風景。

無性に腹が立つ。


「ノック位しろよ」

「二十五日にサークルでクリスマスパーティーするから先輩たちも来てくださいね」


話は無視ですかそうですか、それがテンプレなんですねバカ野郎。


「梨木」

「何ですか?」

「こいつは何をいってんだ?」

「そのまんまですよ。来てくれないんですか?」

「行かないよ」

「金森先輩が泣きますよ」

「うっうぅ」

「来るって伝えときますね」

「おまっちょ!」


行ってしまった。

はぁ、あいつの間合いで話されるとどうも調子が狂う。


「で、話の続きは?」

「せやからな、二十五日に━━━━━━」

「あっ!あれってさっきライブやってた人だ!」

「きゃー!本当だわ、さっきすごくかっこよかったのよね」

「でも後ろの男の人は見た目もギターも今一つよね、それに転んでるし」


名も知らない女子大生さんのいう通りです。

どうやらその三人組は中谷に用があるらしく俺は邪魔みたいだ。

あれだけ頑張ってもやっぱり結果がついてこなかったら無意味か。

まぁわかってたけど。


「俺、そろそろ帰るわ」

「・・・・・・」


泣いている中谷に差し出すことばなんてない。

泣いた原因は俺のミスなのだから。

失敗して負けた人間が何を言おうと言い訳としかとらない。

人は勝ちを誇り敗けを蔑む生き物だから。

偽善者や愚か者たちは言うだろう。

本気で努力した先の負けには少からず価値がある。

そんなことはない。

努力を誇るためには結果を出さなければならない。

結果がなければその過程はすべて無駄な時間とおなじなのだから。

俺を下に見る三人の横を通り俺は大学を出た。

しかし、帰るには何となく少し早い時間だと思う。

それは姉さんがどうこうとかじゃなくて、単純に自分の気持ちのはなし。

だから俺は、中谷とよく練習したあの公園のあのベンチに、練習終わりに飲んでいた百二十円の冷えてぬるい缶コーヒーを持って座っていた。


「あぁ、寒い」

「ライブ見たよ」


そして後ろからは姉さんよりも会いたくない人の声。


「少しぶりだね、南くん」

「苺さんが何でここにいるんですか?」

「だから君の、いや中谷さんのライブを見に来ただけだって」


その言葉にはいったいどんな真意的なものが込められているのだろう?

相手の言葉を心のなかで反芻して吟味して思考する。

いつの時代でもリーダーと呼ばれた僅かな人間がこれを使いこなしていた。

なにも武器になるのは鋼鉄の剣でも、無慈悲な鉛玉だけじゃない。

言葉はお互いが唯一思いを伝え合える物。

これを使いこなせるものはチートとさえ言える。

しかし生憎、できの悪い俺にはそんなチートもなく思考レベルも一般人のそれと同等。


「いやぁ、いい転びかたしたね」

「俺のなかでも過去ナンバーワンですよあれ」

「で、どんな気分?あれ態とでしょ」

「あっ、気付いてました?」


人は人を判断する時、大体の場合で誰かと比べて評価する。

今回の場合だと他のバンド参加者がないため、中谷の評価は俺と比べれて出される。

俺の緊張は本物だけど、中谷のライブなのだから俺が主役より高い評価でいいわけがない。


「君がカッコ悪いとこを晒せばあの子の評価が上がるとでも思ってるの?」

「少なくとも俺よりは高いですよ」

「・・・・・・そうだね」


この人は本当に対人が強すぎる。


「じゃあ何で南くんは会ってまだ数ヵ月しかたってない人の為に、自分を犠牲にするの?」

「あれ、自己犠牲なんてそんなカッコいい事してましたか俺?」

「私にそんな見え透いた嘘が効くとでも思ってるの?」

「俺が何しようと周囲に一切関係ない、とは言いません。でもこんな大学の学祭でライブ中に俺がこけようと貴方にはかんけいないです」

「関係が無いって言われても、好きな人が後ろ指指されて笑われてると悲しくなるだよ」

「俺にはわかりませんね。後ろ指指されるような奴知り合いにいませんから」


それに簡単に好きとか言っちゃいけませんよ、勘違いしますよ。


「南くん」

「何ですか?」

「もし私が君にプロポーズしたら選んでくれる?」


あのお母様にご挨拶とか胃に風穴空けにいくようなもんだろ。


「俺に誰かを選ぶ権利なんて無いですから」


なにかを選べるのは決まって立場が上の人。

社会的に見てもただの大学生だし、なにより金森グループの長女なんて恐れ多いにも程がある。


「なら私が選んでもいい?」

「俺に聞かないでください」

「ふふっ、そうね。まだいいわ」


さっきから自己完結のしすぎで会話のキャッチボールが出来てないんですが?

まぁそれでなくとも俺はキャッチボール苦手だけど。


「じゃあね」

「さよな━━━━━━」


無理矢理振り向かされた先には近すぎる顔があった。

この人は自分が綺麗と言うことを分かっててする辺りたちが悪い。

あとあれだ、俺の顔が赤いのは夕日のせいだ。

こうして俺の脇役としての仕事は終わった。

これからは姉さんの相手でまだまだ忙しいのに変わりないけど、それでもいつも通りが一番だ。

しみじみと思う一日だった。

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