俺の本番三時間前の過ごし方
雪が降り積もる大学前の公園。
夕暮れ、吐息が白くなりすでに冷えてしまった間コーヒーをあおぐ。
学園祭一日目の熱気はいまだにさめ有らぬといった風に、キャンパス内はおお盛り上がりを見せている。
俺はまた、あの場所にはいない。
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冬もさらに厳しさを極めて、前々から降っていた雪はレベルをあげた。
十二月二十二日、本番当日。開会の挨拶も無事すみ、有志団体による演劇がそこでは繰り広げられていた。
一足外に出ればサークル出店の屋台が立ち並び、一般客まで巻き込んで賑わいを見せている。
本来なら心浮かれてもよい行事だが、俺はどうにも浮かれられない。
それはきっと緊張のせい。
俺と中谷が演奏する時間帯は一日の間でもっとも観客が多いと推測される時間帯のど真ん中なのだから。
「もっと人がいなくなる時間帯がよかった」
「しゃぁないやん、籤やねんやから。それにうちの大学の学園祭は明日が最高潮やねんで。まだましやろ」
「はぁ、いってても仕方ねぇ。最後に合わせとくか」
「せやな」
俺たちの出番まであと三時間。
クラスの出し物にも一応参加しておかないとだからあまり時間はとれない。
「じゃあやんで!」
「おぉ」
中谷のソロから始まったいつも通りの練習。
任された役をきっちりこなしながら考えることは、本番の時でも同じかな?
それはないか。
本番のときは何を考えてどこを見てるんだろ?
そんなことを考えてるうちにすべての演奏が終わる。
今までにない改心の演奏をしてしまい着々と失敗フラグが建っていく。
「めっちゃ上手かったんちゃう!?」
「そうですね」
「も一回っていきたいけど、そろぼちクラスの方いかなあかんなぁ」
「俺受付だから先行くよ」
「はいよー」
出演者の練習しつとして確保されたいつもの部屋から俺はクラスの出し物へと向かった。
うちの出し物はお化け屋敷というなんの捻りもないごく一般的なもの。
考えのがだるかったのかはたまた考えが及ばなかったのか、それを俺が知るよしもない。
そもそもこの受付だって、 出し物決めの時に寝ていたからなったもであって、実のところ当日なにもしなくていいがよかった。
「かわるよ」
「おう」
名前も知らぬ男子大学生と受付を変わる。
半年かそこら同じクラスなのにお互いに名前を知らないなんて、逆に感動的だわ。
全く、涙出てくるよ。
金を払ってまでこのお化け屋敷に入る君たちに問おう、こんなのに金を払うかちなどあるか?
だいたいカップルの在校生さんが多すぎる。
男はこんな見え透いた女のハニートラップに鼻の下伸ばして、どうせ頭の中じゃこんなこと考えてるだろ?
もしかしたら驚いて抱きついてくるかも。
頭の中ピンクかこの野郎共。
等というどうでもよくかつ、誰も興味のない事は言葉おろか表情にも出さず客をさばいていく。
だいたい冬なのに何でお化け屋敷やるかな?
適当に映画の上映会でもいいじゃん。
季節外れなんだよ!
これも上と同様表情にも出さない。
「お久し振りです」
今時の少女の格好をした見知らぬ女性が話しかけてくる。
見た感じ高校生。
「真っ直ぐ行ったら説明係いるからそっちに聞いてください」
「もしかして私の事忘れました?」
「もとから知らない人を忘れる方法があるのなら是非ともお聞かせ願いたい。それとつぎのお客様の迷惑なので進むか列から外れるかしてください」
「あっすみません」
「で、何で隣に座るわけ?」
「いいじゃん」
「よかねぇよ!」
交代まであと二時間こうしてろと?
見ず知らずの他人とこうしてろと?
何の罰ゲームだよこれ。
だいたい学園祭じたい俺にとって罰ゲームだしさ。
「本当に忘れたんですか?」
「あぁ。入って真っ直ぐ行ったら説明係がいるのでそっちに聞いてください」
「海那だよ?」
海那?
どこかで聞いた・・・・・・。
「あの民宿のか」
「やっと思い出したんですね」
「でも何でここに?」
「よく考えたら大学の名前しか知らないから下見にきた」
「なら終わったな、さっさと帰れ受験生」
「案内してください、在校生さん」
「俺は忙しいの」
「ケチ」
はぁ、だるいな。
何でこいつなんかに時間さかなきゃならねぇんだよ。
「他のみんなは?」
「藍那ちゃんは店を継ぐっていってたから、今ごろ必要な資格取る勉強してるんじゃないかな?翠ちゃんは東京のちょー難しい大学受けるから今は東京。碧ちゃんは留守番です」
「ふーん、別れたな」
「翠ちゃんに会おうと思ったら飛行機乗らないとですし」
「・・・・・・」
幼馴染みがいるやつは大変だな。
その点俺みたいなやつは、どうせ学生やってる間だだけの付き合いだとかいって割りきれるから。
「こないだの模試でこの大学E判定だったんだ」
「・・・・・・そうか」
「大丈夫だよね?」
「大丈夫かどうかは断言できないけどさ、俺はこの時期だとAO入試合格して、一般の奴らに遅れとらないように勉強してた」
「いいなぁ」
「まぁ言い方はあれど、受験には少なからず運もあるしそんなに思い詰めんな」
「運なんかで落とされたんじゃたまったもんじゃないもん」
「そうだな」
浪人か。
俺はしたことないからどんなんか分からないなぁ。
だから浪人についてこいつに説明してやることもできない。
努力してやつを見ると、だいたいは無駄だなとか思ってしまうけど時々、ごくたまに応援したくなる。
昔からだ。
でも俺にはそれを応援するための経験がない。
今回もだ。
だから俺にいってやれることなんて無い。
「私受かったら下宿する予定なんです」
「ふーん」
「たまにはさ、遊びに来てくださいよ」
「男を簡単に家に呼ぶもんじゃ有りません」
「はーい、それじゃあ他にも見たいところあるから行くね」
受験頑張れよ。
口にだすことはなかった。
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三十分前、緊張ここに極まれり。
あー、腹痛い。
吐きそう。
帰りたい。
逃げ出したい。
頭の中をそんな言葉がよぎりすぎてゲシュタルト崩壊を起こす始末。
しかし俺みたいなどうしようもない小心者はまだましなレベルで、俺の隣で肩も膝も震わせてる、人生史上最強の小心者は青ざめている。
「だっ大丈夫か?」
「今話しかけんとって。きっきっ緊張どうにかなぁりしょうやねぇん」
後半ボロボロじゃねーか!
まだ舞台袖にも入ってないのにこんなんじゃ、絶対まともに歌えねぇよ。
あーあ、失敗か。
まぁ俺なんてあいつ誰だ程度にしか見られてないからいいけど。
そう思うとなんだか緊張が解けてこない!
やっぱり怖いよ。
「おっお前めっちゃ緊張してんな」
「中谷だけには言われたくねぇ」
舞台袖のすみに立ち尽くしてるだけでこれ。
どんなんかなとか思ってステージ見たら観客まで見えてあら大変。
こんなの無理だ。
失敗する。
失敗したらどうなる?
笑われる?
そんなの当たり前。
中谷はギターやめるのかな?
「なぁ」
「なんや?」
「もし今回失敗したらどうする?」
「どないやろな?」
「なんだよそれ」
思わず吹き出してしまう。
「でもまぁ、私には頼りがいないお荷物さんがついてきとるからな。失敗なんてしたらカッコつかへんやん」
俺の方がギターうまいけどな。
「それに私は本番に強いタイプやねん。何とかなる」
「がくがくに緊張してるやつの台詞かよ」
「きっ緊張なんぞしとらんわ」
「はいはい」
「やけどもしかしたら、頭撫でてくれたら、緊張解けるかも。いっいやしてへんねんで!してへんねんけどなぁ」
どこのアニメのヒロインだよお前。
そんなことは口に出さず飲み込み消し去る。
残りの時間、俺の右手は中谷の頭をなで続けた。
《続く》




