俺の本番前日はショッピングセンターで
残響が響ききり、少し上がった息遣いが聞こえる夕暮れの多目的室。
演奏と言うものは案外体力を使う。
休憩こそ入れてるけど、朝からぶっ続けだと本当に疲労感が凄い。
「はぁ、はぁ。完璧やったやろ?」
「三曲目最初のソロがまだ不完全だな」
「はぁ、まぁええやん」
「お前がいいなら俺は構わないけど」
「ならこれを一曲目に回して、あとは繰り下げでええな?」
「いいよ」
まぁ、その部分も完璧に弾けるけどな。
それでもこれは彼女の舞台。
脇役の俺がしゃしゃり出るものではない。
それこそ彼女が失敗すれば俺まで笑われるが、脇役は笑われる位がちょうどいい。
「よし、そろそろ今日はあがんで」
「明日本番だぞ?もういいのか」
「ええねんええねん、前日は少し休んどかんとあかんからな」
「そうか、じゃあ俺帰るわ」
なぜ袖をつかむんですか?
てか皆誰かを引き留めるとき袖つかむよな。
流行ってるのかな?
「なに?」
「ちょっと━━━━━━」
「いや」
「人の話は最後まで聞かんかい」
「で、なに?」
「この後ちょっと付きおおて欲しいんやけどええか?」
「いや」
「そかそか、なら行くで」
俺の話は無視ですか。
まぁ今に始まって話ではない。
こんなの日常茶飯時、いつも通りすぎて違和感ないレベル。
今日は姉ちゃんも遅いらしいからな、少しくらいならいいだろう。
彼女は鍵を返し俺の袖を握ったまま駅に向かった。
「どこいくの?」
「ちょっとショッピングセンターまで」
「何で?」
「センター前の通りでイルミネーションやっとんねん。今年かららしいからな、是非とも見たい」
あんなの電球がたくさん光ってるだけの、電力と体力を浪費する無駄行事みたいなものなのに。
「それに行き付けのお菓子屋がクリスマスイベントやっとって、カップルやとケーキとかがいつもの三割引で福引きが二回引けんねん」
「はぁ、じゃあ行くか」
「せやね、行こか」
そうして地下のホームへと降りていく。
■□■□■□■
「綺麗やな」
「そうか?」
俺には電球が光ってるようにしか見えない。
しかも見渡す限り男女のカップル。
全部が全部ではないのだろうけど、半数くらいは付きあってんだろうな。
彼女か。
少し憧れるけど、まぁあの姉ちゃんがいるしもうしばらくは無理そうだな。
「ムードないやっちゃな。そこはくさくても『お前の方が綺麗だよ』とか言えんのか?」
「あー、お前の方が・・・・・・綺麗だよ」
「ちょっと待たんかい、今の妙な間はなんや!?まるで私が綺麗じゃないとでも言いたいんかわれ?」
「お菓子やいかなくていいの?」
「あからさまに話かえよってからに、こいはほんまにもうあかんな」
俺があかんのはわかったけど何で手繋ぐの?
まぁ、どうせ誰もいないから気にしないけど。
にしてもタコだらけの手。
俺とは比べ物にならないな。
こんなんになるまで練習してもうまく弾けないのか、そりゃナーバスにもなるわな。
「練習お疲れさま」
「えっ、急になんなん?もしかして私の事口説いてるん?」
「俺の労いを返せ馬鹿野郎」
「野郎じゃないですー、可憐なおとめですー」
「・・・・・・」
「なんか言わんかい!」
「苺さん」
「苺?そんなに私可愛いかなぁ?ちょっと照れてまうわ」
白いマフラーを巻いた苺さんが俺の目の前に居た。
いったいいつから?
幸いまだ気づかれてないみたいだな。
こっちの道はやめよう。
あの人苦手だし。
「あっ南くんだ!」
遅かったか。
いつもの仮面を付けたまま苺さんが小走りで近づいてくる。
相変わらず完璧な体つきには思わず生唾を飲んでしまう。
男の子なんだもん、しかたないよね?
「久し振りだね」
「お久し振りです」
「隣の可愛い女の子は中谷優子さんかな?初めまして」
「えっあっはい」
「私は金森苺だよ」
「もぉ、南くん」
「なんですか?」
「連絡先渡したのになんで一回も電話もメールもくれないの?」
連絡先?
もらってないけど。
「・・・・・・いつのまに」
しっかり登録されてるよ。
しかも名前の両脇に二つづつハートの記号がついてるし。
消しとこう。
「消してもまた登録するから」
どうしよう。
姉ちゃん並みに怖い。
「なぁ」
「なに?」
「あの人あんたのストーカーか?」
「嫌っ違う」
「さっきから言ってること逝ってんで」
「二人で内緒話?いいなぁ、南くん私にはしてくれないもん」
「なっ何のようですか?」
「いやー、ねっ?」
ねっじゃないですね。
「暇だから彷徨いてたの、そしたら南くんが居たからいい感じにあそ・・・・・・遊ぼうって」
諦めんなよ!
何かしらにいいかえろよおい!
「夏夜はよいこ」
「おっおぉ。じゃあ俺らはこれで」
「ところで中谷さんはいつまで南くんの足引っ張るの?」
「どうゆう意味や?」
「ほら、学園祭の事」
「何も知らん奴にそんなこと言われるすじあいあらへんのや」
「中谷さんは結局自分で選んだ曲も完璧に弾けず、わがままで南くんまで道ずれにしようとしてる。見過ごせないよ」
「あんたに私のギターの何がわかんねん!」
不意の大声に道行く人が振り返りそしてまた歩きだす。
繋いだ中谷のてには今まで以上の熱と力が込められていて、その表情からもいろんな事が読み取れる。
それに比べて、苺さんは態度も表情も雰囲気も一切変えない。
不気味なほどいつも通り。
「さぁ?あんな薄っぺらい演奏なんて雑音と大差ないもの」
「雑音・・・・・・ふざ━━━━━━」
「ざけんな!」
また誰かとの関係を壊されてはかなわん。
取り敢えずダメージを自分に集中させればその場は防げる。
俺は薬草でも食うさ。
「俺の親友を傷つけないでください」
「何で?」
「親友だか━━━━━━」
「南くんは自分が犠牲になってその場をしのごうとしてるだけ。今だって矛先を自分に向けようとしたんでしょ?」
「違います」
「違わないよ、南くんは一人が長かったもんね。やっとできた親しい人を失う辛さは少し前に味わってるし、何がなんでも失わないうにしようとする。私には分かるよ」
「もういい、行くで夏夜」
俺の手を引いて歩きだす彼女の手を俺は離した。
「夏夜?」
「君たちの形だけの関係じゃもってあと二、三日かな?」
「さっきからなんやねんお前!夏夜になんの恨みがあんねん!?」
「むしろ大好きだよ」
「はぁ!?わけんからん」
「これ以上言えないけど、私は南夏夜君が好き。それこそ春華に負けないくらい」
姉ちゃんとこの人は面識無しのはずなんだけどな。
もういいや。
「じゃあ暇も潰せたし私はいくね」
「二度と現れんな!」
「ばいばーい」
まるで遊びにいった帰り、友人に別れを告げるように言った。
いや、彼女にとっては遊びにいった帰りと言うのはあながち間違いではない。
むしろ正しい。
あの人は人で遊ぶ悪趣味を持ち合わせてるみたいだし。
「夏夜?」
「あーうん、ごめん」
「夏夜は謝らんでええよ。てかなんなんあの性悪女」
うちのサークルの部長のお姉さん。
「気ぃ取り直して買いに行くで」
「そうだな」
■□■□■□■
「まさかディミーランドのペアチケットが当たるとは」
「ほんまやな。夏夜くじ運強いな」
「中谷も何だかんだで熊のぬいぐるみ当ててるじゃん」
一メートル半位の大きさのを。
あまりに大きすぎて後日搬送になったよ。
「あのぬいぐるみめっちゃ嬉しかった」
「ぬいぐるみ好きなの?」
「せやで」
「じゃあ家にも何個かあんの?」
「増えすぎたから実家に半分くらい置いてきてる」
どんだけですか。
「なんやったら今から見に来るか?」
「いや、いいよ」
「遠慮せんでええって、あんたへんなとこでヘタレやから。信用してる」
うれしくねぇ!
「ケーキもワンホール勝手もうて一人じゃあ食べきれんし。ついでやから晩御飯も食べていきぃや」
「四分の一くらいにすればいいのに」
「ポイントたまっとってんからしゃあないやん!」
次に回せばいいじゃん。
ヘタレでも男は男だぞ。
そんな簡単に家に連れ込むってのはどうかと思うぞ。
てかそんな事すると姉ちゃんが怖い。
「あかんか?」
上目使いは狡い。
でも俺も譲れないんだよ。
死活問題だからさ。
「取り敢えず聞いてみようか?」
「うん」
はぁ、気が進まないな。
姉ちゃんに電話を掛けると一度目のコールがなり終わる前に出ました。
「もしもし」
『なに?』
「これから友達の家で晩ごはん食べるけどいい?」
『・・・・・・』
「ねっ姉ちゃん?」
『女の人?』
なんて答えるべきだろう。
正直に答えても嘘ついてもバッドエンドしか見えない。
「話は変わるけどディミーランドのペアチケットが当たったんだ」
『本当に!?いつのやつ?』
「えーっと、十二月二十四日から三ヶ月」
『一緒にいこうね』
「うん」
これで何とかしてくれませんか?
「で、晩ごはんなんだけど・・・・・・・女の子なんだよね」
『ふーん』
怒ってらっしゃる!
『じゃあ晩ごはんは要らないんだね』
「ごめん」
『ううん、夏夜君だって人付き合い位あるよね。そうだよね』
「ん?」
『そりゃ、最近私に構ってくれないとか思ってるけどしかたないよね。でも他の女の人の料理かぁ』
「姉ちゃん?」
『明日は私が作ってあげるね』
ツーツーツー
そこはかとなく恐ろしい。
なんだろ、恐い。
誰が聞いても日常会話なのに、恐い。
「どやった?」
「・・・・・・いける」
「何で窶れてんの?」
うん。
何でだろ。
「まぁええか、行くで!」
「あぁ」
ショッピングセンターをでて彼女の家に向かった。
《続く》




