俺の先輩のためにとりあえずやりますよ
翌日、苺さんに言われた場所に五分ほど遅れてしまった。
考えも何もまとまらず、何を言うかも決まらずどうしようもなく一夜を明かしてしまった。
仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
他所様のお家の事情に深く関わり、何よりの金森先輩のこれからに大きく影響を与えるのだから。
悩まない方が可笑しい。
悩まないと可笑しい。
そんな、はい決まりー、みたいな軽い乗りで決めれるわけがないんだ。
とりわけ俺は優柔不断だしな。
「おっそーい、五分五十六秒遅刻」
「細かいっすね」
「遅れた人はまず言うことがあるんじゃないかしら?」
「金森先輩は?」
「あくまで謝らないつもりね。林檎は家で待っててもらってるわ」
「そうですか」
「それより覚悟はできてる?」
「そんなわけ無いでしょ」
「だよねー、分かってた」
なら聞くなよ。
「君の事だからどうせ、何言うかも決まってないんでしょ?」
「・・・・・・」
「図星だー」
金森先輩の言う通り、大変優秀なお姉様で何よりですね。
「でもやるんでしょ?」
「やりますよ」
「でもなぁ、南くんがちゃんと考えてきてくれてたらそっちに合わせたんだけどなぁ」
「・・・・・・俺が合わせりゃいいんでしょ?」
「頭のいい子は好きだぞ」
「なっ撫でないでください」
手を払い除けつつ後退する。
何でこんな自然に腕が伸びてくるわけ?
この人もたぶん、撫でなれてる人だ。
「じゃあ行こっか」
「はい」
「バイクは苦手みたいだったし、今日は車で来たから」
近くの駐車徐に連れられていくとそこには、隣に停めるが嫌になるような車が停めてあった。
場違いでしょ。
場って言うか、格が違う。
他の車が安っぽいんじゃなくて、この車が高級すぎるんだな。
「私が運転するから助手席のって」
「うす」
座り心地のいい座席に座りシートベルトをしめる。
車が走り出す。
見慣れた景色が法廷速度ギリギリのスピードで流れていく。
スピード違反するには、この道路はリスクが高すぎるのだろう。
「聞いてもらってもいい?」
「何ですか?」
「林檎の事どう思ってる?」
答えにくいなぁ。
何て言うか、答えにくい。
「いい先輩だと思いますよ、可愛いところもありますし」
「好きか嫌いか?」
「ご想像にお任せします」
「肝心なことは答えないんだね」
「苺さんはどうなんですか?」
「林檎の事は好きだよ、何だって私の妹なんだから」
「ふーん」
「ありゃ、興味無さそう」
無いね。
「それに私は養子だしね」
「えっ?」
「この際だから話してあげるね」
思いの外重そうな話で夏夜胃もたれしそう。
「私の両親は子宝に恵まれなくてね。私が四歳の時に、私を養子にとったの」
なんて言おう?
「何で私だったのかも分からないし、男の子じゃなくて女の子をとったのも分からないわ」
「そうですか」
「まだ林檎には言ってないの。私から言うつもりなんだけど中々切り出せなくて」
「まぁ仕方ないですよ」
「そう言ってくれると助かるわ。ついでにその退屈そうな顔をやめてくれるともっと助かるのだけれど」
「ごめんなさいそれ無理ですね」
「両親は私にとてもよくしてくれたわ」
そのまま話続けるんですね。
「でもね、やっぱり本当の子どもが生まれちゃうと居づらくなっちゃうんだよね」
「だから家を飛び出したんですか?」
「うん。まぁ適当な理由つけたけどね」
やっぱりどこにでも事情は有るんだな。
不謹慎かもだけど、複雑な家庭事情のない家族でよかった。
姉ちゃんは弟大好きのヤンデレだけどまぁ、それでもよかった。
「そろそろ着くよ、準備はいい?」
「まったく」
高級マンションの地下駐車場に入っていく。
高級車が立ち並び、こんなところに来るなんて夢にも思わなかったよ。
「到着っ。行くよ」
「・・・・・・はい」
噛まないよな俺噛まないよな?
金森先輩のお母さんの前で噛んだらどうしよ?
やべぇ緊張してきた。
脈が可笑しい。
早すぎる。
心なしか血もわいてきた気がする。
エレベータに乗り込み、苺さんが最上階のボタンを押した。
まじの方の資産家なんですねビックリです。
モーター音がやけに大きく感じる。
心拍数がエレベータと同じように上がる。
口から何もかも出そうだ。
逃げ出したくて仕方なくて、膝が笑ってて、手汗がおかしくて。
「ここだよ」
「・・・・・・」
ピーンポーン
一フロアをまるまるを和風に改造していた。
「はい・・・・・・南くんにお姉様」
「こんにちわ」
「久し振りに帰ってきたよ」
「お姉様、何のつもりですか?」
「もう伝えておいたでしょ、お母さん達居る?」
「はい」
「じゃあさっそくやりましょうか」
苺さんが俺の手首を握り家の中に入っていく。
「お母さんはいるよー」
いかにもな障子を無遠慮に開けるこの人を不覚にもすごいと思ってしまった。
「いきなり帰って来たかと思ったら男連れかい?」
しかも和室によくマッチしてらっしゃるお母様がお茶を嗜んでましたか。
だめだ、空気が重い。
胃がまじでもたれる。
「お姉様!」
「あれ、お父さんは?」
「お仕事」
「まぁいなくてもいっか」
いとあわれなり。
「無視しないでください、どう言うことですか?」
「じゃあ揃ったことだし説明するね」
そう言い部屋の真ん中まで俺を引っ張ると、苺さんは俺の腕に間接を極める勢いで組始めた。
正直痛いです。
「南夏夜くんは私と結婚を前提にお付き合いしてる、私の恋人です」
・・・・・・。
ん?
何かとんでもない事が聞こえた気するんですが何かの聞き間違いですか?そうですか?そうでよね。
「ほら、南くんも」
何小声でいってきてるんですか?
何ですか?
そうですかそう言うことですか。
「きょっ今日はおひょう・・・・・・」
噛んだ。
噛んじまったー!
どうしよ、スゲーはずい。
何て言うか死にたい。何て言うかもう死にたい。
「挨拶にきました」
だいたいおひょうってなんだよ、何言おうとしてたんだ俺。
あっ金森先輩助けてくれるんですか?
「いつからですか?」
「えっ」
「いったいいつからお姉様と━━━━━━」
「一年前からだよ。ねっ?」
「はっはい。まさか苺さんと金森先輩が姉妹だったなんて驚きです」
「苺」
「なに?お母さん」
「何でこの人にしたの?」
「んー、一目惚れ」
「一目惚れするほど格好よくは見えない!」
何ですかこのお母さん、何でサラッと俺貶すんですか?
disっていくスタイルですか?
「確かにお母さんには分からないかもだけど私には王子さまなの!その辺の人からしたらブサメンかもしれないけど!」
親子揃ってdisるんですね。
「南くん」
何でそんなに泣きそうなんですか?
俺が悪いんですね。
「何でお姉様を選んだんですか?」
「・・・・・・」
「何で私じゃないんですか?」
「南くん浮気してたの?」
そうですかそう言うシナリオですか。
まぁ、俺が汚れ役なんて事は聞かされたときから気づいていた。
「何でお姉様なんですか!?何で私じゃだめなんですか!?」
金森先輩も気づいてるっぽいし。
にしても迫真の演技ですね、その涙なんてまるで本物。
嘘泣きかなんかなのにまじの泣きに見えるよ。
「南くんどう言うこと?」
「ごっ誤解なんです」
「何が誤解よ!」
「・・・・・・」
「本気の私を見てずっと笑ってたの?浮気なんて最低。しかも私の妹って知っておきながら手を出すなんてもういや」
「南くんなんて嫌いです。私を助けてくれるじゃないんですか!?」
「金森先輩の家に取り入ったら楽かなって思いまして」
「ふざけないで」
「何がですか?」
ペシン!
頬が痛い。
金森先輩ってやっぱり力強いよな。
「帰ってください」
「娘の選んだ男が俺みたいなやつじゃあ、その母親が選んだ男も相当なんだろうな」
これはやり過ぎか?
でもこういっとけばなんとかなるだろ。
絶対に思い出すだろ。
「じゃあ俺帰りますね」
はぁ、やっと終わった。
呆気にとられて動けない母親に、涙を拭うのに必死な金森先輩。
苺さんは相も変わらず飄々としてて、不満げなオーラーと満足げなオーラを同時に出していた。
二度とこんなことごめんだね。
そう思いながら、俺には場違いすぎる家を出た。
帰りは電車に乗ろう。
俺がマンションから五十二歩ほど歩いたところで後ろから金森先輩の声がした。
「何ですか?」
「もうこないでください」
「・・・・・・」
「もうサークルにもこないでください」
「はい」
その夏休みの間、俺は一度も彼女と顔を会わせることはなかった。




