俺の先輩とデート
暑いなぁ。
何でこんな日に外で座ってるんだろ?
そうだ、金森先輩とデートなんだ。
まぁ偽だけど。
「お待たせしました」
「うん」
「そこは待ってないよって言うところでは?」
「まぁとりあえず行きましょうか?」
「はい」
先輩との打ち合わせで二人だけの時はお互いファーストネームで呼ぶことと、縁談相手が見張ってるかもしれないとのこと。
つまり隙なく振る舞えとのこと。
「手、繋ぎますか?」
「まぁ、りっ林檎ひゃんが繋ぎたいなら」
「・・・・・・」
そんなに赤くならないでくださいよ、こっちまで照れるじゃないですか。
それに林檎ひゃんて、死ねよ俺まじで。
そんな事を考えてても金森先輩の左手に手を取られて歩き出す。
金森先輩の手はすべすべしてて柔らかくて強く握れば壊れてしまいそうなくらいだった。
「まずどこに行きますか?」
「俺に気遣いなしで好きなところへどうぞ。どこでも金も・・・・・・林檎さんとなら幸せですし」
「うーん、ここの二階にアニメショップが有るって知ってましたか?」
「知らないです」
「じゃあ行きましょうか」
「はい」
「あっあと」
ん?
「急にあんなこと言うのはやめてください。その・・・・・・」
「言いませんよ」
「お願いですよ」
こんな状況姉ちゃんと一緒にいるときかアニメの中だけの話だと思ってたよ。
俺モテないし。
「あっ!夏くん!」
この声はまさか・・・・・・。
バン!
「いってぇ!」
思いきり肩を叩いたのは案の定大宮さんだった。
何でここに?
「大宮さん、仕事は?」
「今日は午前中だけなんだよね」
「ふーん」
「まぁ売れてても新人ってこと」
「はいはい」
「えっと、どちら様ですか?」
「大宮辰巳です、夏くんとは中学高校の同級生」
「あぁ、同級生さんですか」
「はい、貴女は夏くんの彼女?」
「は━━━━━━」
「のふりを夏くんに頼んだ大学の先輩さんですね」
何でしってんの?
「図星」
「あっ」
「大宮さん、この事は誰にも━━━━━━」
「僕は聞いちゃいましたけどね」
「花宮さん」
花宮?
このいけすかない感じのすかした奴がお見合い相手?
たしかに一般的にはイケメンに部類されるだろうし、金森先輩と政略結婚するくらいなんだからそれなりに家も大きくて頭もいいんだろう。
ただ友達にはなりたくないな。
「既に恋人がいるからと言う理由でお見合いを断ったのに、その恋人は偽者。貴女の母君方がしればどう思うでしょう?嘘のお嫌いな方だ、さぞお怒りになるだろう」
「花宮さん、お願いだから両親に言わないでください」
「その願い、聞き入れましょう。僕は林檎さんが好きですから」
ほっ、と安堵の溜め息が先輩の口から漏れた瞬間、花宮は口調を変えずに続けた。
「しかし僕にメリットはない、それどころか好きな人を失ってしまう」
「何をすればいいの?」
「一日付き合って貰えれば結構です」
「つっ付き合うってなんですか?」
「そうですね、ご家族も呼んでご一緒にイタリアン何てどうでしょう?」
「・・・・・・」
なんか知らんけど解決には向かってない。
残念ながら部外者の俺に分かることなんてそんなとこだ。
当人たちの会話や口調に雰囲気、態度、形相、こんなことからあってるかどうか不確かなものを導くのがいいところ。
「夏くん」
「何?」
「今君はフリーなんだよね?」
「・・・・・・」
「嘘つかなくたってわかってるよ、あの姉を除けば夏くんはフリーだ」
「だから何?」
「私と付き合ってよ」
「は?」
「その反応は少し傷つくなぁ」
あの大宮さんが俺に告白?
俺の姉がどんなかも知ってるし、中学高校時代の俺も知ってるのに告白だと。
なんかの罰ゲーム。
いや、この状況でそれは考えにくい。
だとすれば・・・・・・。
「夏くんは昔から優柔不断でヘタレだったからね、今すぐじゃなくてもいいよ」
「意味がわからん」
「簡単なのに」
「何で大宮さんが俺なんかに告白するんだ?他にもっといい人はいるはずだろうし」
「全部聞こえてるよ」
考え事が口に出てしまってたか。
「夏くんが意味を理解して受け入れてくれるまで私は何度でもアプローチかけるし、告白もするよ。フラれても邪魔されても諦めないからそのつもりでね」
「あっあぁ」
口から漏れた声とも呼びがたい何とも言えない音が発せられた。
こんな経験の無い俺にはなんと返せば俺も大宮さんも傷つかずにすむのだろうか、上手い断りかたが全くわからない。
本意としてはこんなめんどくせぇことさっさと切り上げて、冷房の効いた部屋でソーダアイス食いながらお昼のニュースを傍観してたいね。
うんで午後七時からの猫特集の番組をみて適当に晩飯食って風呂はいって、いつも通り過ごしたい。
こんな訳のわからん状況下に放り出された俺のみにもなれや。
「じゃあ私これから仕事あるから」
絵に描いた笑顔を顔面に終始張り付けていた大宮さんはそれを剥がすことなく手を振って、最後まで演じ続けた。
俺からすれば恐ろしくてなら無いね。
「そちらも話がついたようですね」
「あっあぁ」
「では、この恋人ごっこもお仕舞いですね」
「ちょっと待てよ」
「何ですか?」
「は?色々ありすぎてこっちがなんですかだよ」
最高に混乱してるぜこの野郎!
えっ、どうしたらいいの?
金森先輩との作戦は失敗するし大宮さんは何度もアプローチかけるっていってるし、花宮さんはムカつくどや顔だし。
「私も忙しい身でしてね、あなたが落ち着くまで待ってるほど余裕もないのですが?」
「花宮さん」
「なんですか?金森さん」
「一週間待ってください」
「・・・・・・いいでしょう、その代わり一週間以内に終わらなければお見合いは進めさせてもらいます」
「はい」
「では私もこれで」
最後まですかした態度を取り続けた花宮さんも居なくなった。
何ですかこれ?
「かな━━━━━━」
「すみませんでした」
「・・・・・・」
「図々しいのは承知です。もう一つ私の我が儘を聞いてください」
「何ですか?」
「わたっしを、助けてください」
嗚咽を圧し殺し涙を圧し殺し話を続ける金森先輩を見てしまうと断れなかった。
もちろん、いつも通りのがいいのであればここではっきり断るべきだ。
それでなくても他所様のお家の事情に俺がこれ以上踏みいっても仕方ない。
だから俺は瞬時にほんの少しの希望も残さないように断るべきだった。
しかし頭でわかってる事がいつも行動にできるとは限らない。
俺は金森先輩を助けたい。
あのサークルで金森先輩のいれた苦手な紅茶を飲みながら訳のわからないオタク話を聞いたり、調子にのった秋菜にかつをいれたり。
俺のいつも通りは既にこうだったはずだ。
「俺のできる限りを尽くします」
小さな声でありがとうといい泣き崩れた。
この人は本当に結婚したくないんだな。
まぁ親の決めた好きでもない相手と結婚させられそうとかってどんな気分なのか俺には永遠にわからんだろうけど。
その後、俺は金森先輩の手を握って帰った。
一週間でどうすれば金森先輩を助けられるだろう?
わからないけどやるしかない。
俺に分かったのはそれくらいだった。




