11話 王と姫
闇の霧は精神に影響を及ぼす。この霧は魔物さえも近づかない。その霧の中をゼーシェリオン達は原初の樹トヴレンゼオに向かい歩いた。
「魔物の件は探知機の誤作動だな」
現在の探知機では闇の霧と魔物の区別がつかないのだろう。霧の中に置かれている探知機が反応している。
「……ゼロ、こっちじゃないのか? 」
「えっ? こっちであって……本当だ。良くわかるな」
「常に方向感覚を見失わない訓練はしているからな」
この闇の霧の中は方向感覚が狂いまくる。原初の樹に辿り着くだけでも一苦労だ。だが、ルーツエングは迷わずに原初の樹トヴレンゼオの元へ向かい、ゼーシェリオンはついていった。
**********
ルーツエングの案内のおかげで、原初の樹トヴレンゼオまで迷う事なくたどり着いた。
氷の地面に生えている一本の大樹が闇色の宝石のような実を実らせている。
『よぉ、久しぶりだなぁ』
「ああ、待って。頼むから少し休ませろ」
ゼーシェリオンはそう言って原初の樹トヴレンゼオの前で座った。
『そんな体力なかったかぁ? 』
「体力の問題じゃねぇよ。ここで魔法使ってたら酔った」
ゼーシェリオンは体質的に魔力の影響を受けやすい。それが原因で魔力酔いを起こしている。
「で? 何があったんだ? こんだけ機嫌良いなら、ゼムとかゼムとかゼムあたりか? 」
ゼーシェリオンは、魔力安定剤を飲みながら原初の樹トヴレンゼオに聞いた。
『ゼムが魔法を使ったんだから当然だろぉ! 』
トヴレンゼオが高らかにそう言ったのを聞き、ゼーシェリオンは魔力安定剤の入った瓶を落としかけた。
「えっ⁉︎ それ、本当なのか? いや、疑ってるわけじゃねぇんだが」
ゼーシェリオンの瞳から涙がぽたぽたとこぼれ落ちる。
今までゼムレーグが魔法を使わなかったのはゼーシェリオンが原因。それをゼーシェリオンも気づいていた。
ゼムレーグはゼーシェリオンが魔法を使えない事を気遣い魔法を使わなくなった。ゼムレーグはそれでゼーシェリオンが喜ぶと思っていたんだろう。だが、ゼーシェリオンはそれを嬉しいと思った事など一度もなかった。
むしろ悲しんでいた。自分のせいで兄から大好きだったものを奪ってしまったと。ゼムレーグの前では見せなかったが、エンジェリアやフォル達の前では何度も泣いていた。
『良かったなぁ! ゼムレーグは気づいていなかったんだ。あの選択が、一番悲しませたくない相手を悲しませる事を』
「……ああ。けど、あれはゼムの優しさなんだ。だから、ゼムの前で泣く事なんてできなかった。謝る事なんてできなかった。気にしてると思ったら余計にどうすれば良いのかわからなくなったんだ」
それはお互い様だったのだろう。だから互いに何も言う事ができなかったのだろう。
『誰よりもゼムレーグの魔法が好きだったのは、間違いなくゼーシェリオンだ! 帰ったら見せてもらえ! あの繊細で美しい魔法を! 』
「ああ。見せてもらう。絶対絶対見せてもらうんだ。俺が大好きでいつも見てきたあの魔法の数々を。特等席で見せてもらうんだ」
ゼムレーグが再び魔法を使う事を望んだのは、ゼムレーグが魔法を使わない原因を知っている全員。だが、その中でも一番それを望んでいたのは間違いなくゼーシェリオンだ。
ゼーシェリオンは涙を手で拭って立ち上がった。
「ありがとな。あいつがまた魔法を使えるようにしてくれて。みんなにもお礼言っとかねぇとだな。みんなの協力のおかげでもあるから。俺の大好きな兄さんにまた会わせてくれてありがとって」
『ゼムレーグは幸せもんだなぁ! こんなに兄想いの弟がいるんだ! ゼーシェリオン、その想い、今度こそゼムレーグに伝えてやれ! それがゼムレーグにとっても良い事だろうからな! 』
「ああ。もうゼムのためだからどんな事でも納得する。そんなふうに思わねぇよ。本当は魔法が使わなくなった時に、俺がゼムを困らせたくないなんて思わずに魔法を使って欲しいと言えば良かったんだ。そうすれば互いにこれだけ迷う事なんてなかったんだ」
ゼーシェリオンがずっと言う事のできなかった言葉を後悔と共にこぼす。
だが、そうなった理由はそれだけではない。困らせたくなかったというのは本当の事だが、言う勇気がなかったというのが大きいんだろう。
「今度は伝える。魔法をずっと使って欲しいって思ってたって。使ってくれてありがとって。伝えて、俺が今まで何も伝えられなかった事を謝る。昔、伝えられなかった事、ちゃんと伝える」
『そうしろ! それと宝剣を取り戻したって言って褒めてもらえ! 』
「……ほう、けん? ……あっ⁉︎ 」
ゼーシェリオンが原初の樹トヴレンゼオに会いにきた目的は宝剣。だが、ゼムレーグの話を聞けてあまりにも嬉しく、その事を忘れていた。
『……ここへきたのは宝剣目当てだろぉ? 』
「あ、あー……ああ、そうそう。そうなんだ。ゼムの事で喜んでたら、きた目的どうでも良くなってた。どうでも良くなるなんてだめな事なんだが」
ゼーシェリオンはそっぽを向いてそう答えた。
『宝剣はもう少し話に付き合えば返してやろう! 』
「話? それだけで良いのか? 」
『イェリウィヴェとアウィティリメナとも話合って、現状を見るために洞窟の中に入れさせるとしていたが、ゼーシェリオンは特別大サービスだ! それを省いてやろう! その代わりに話に付き合うんだ。良い話だろぉ! 』
「良い話だが……良いのか? 」
原初の樹は試練を設ける事で世界を守る役割を持っている。原初の樹トヴレンゼオの発言は、それを放棄しているとも取れる。
『この霧を渡れる時点であの二人には報告できるからなぁ! それよりもゼーシェリオン! キサマの話の方が重要だ! 』
そう言ったトヴレンゼオが人形でゼーシェリオンの隣に座った。
「久々に見るが本当にバランスの良い……じゃなくて、俺と話ってなんだ? 」
『そんなの簡単だ! 今のゼーシェリオンを知りたいんだからな! 話と言っても質問に答えれば良いだけだ! ゼーシェリオン、今の貴様の望みはなんだ! 』
なぜ試練を捨ててまでそんな質問をするのか。そこに何の意図があるのか。ゼーシェリオンはそれを理解できないまま今も変わらぬその望みを答えた。
「誰もが怯える事なく笑っていられる世界。そんな世界なら、エレも毎日幸せそうに笑っていてくれる。俺は、エレに誰よりも幸せだと言わせたい。それが俺の望みなんだ」
『甘ったるい! キサマが大好きな菓子よりも甘ったるい! 何も変わっていない! 相変わらず諦め知らずの頑固者だ! 』
「そうだな。諦めるつもりも変わるつもりもねぇよ」
エンジェリアは愛姫としての役割があり、今のままでは生きづらいだろう。ゼーシェリオンは愛姫の役割を全て知っているわけではないが、どうすれば彼女が少しは生きやすくなるのか。そのくらいは理解できている。
その中でもできる事を考え、それしかないと思った結果の望みだ。
「俺にできる事はエレに優しい世界を作ってやる事だけだから。平和な世界なら、少なくともエレが泣く事なんてねぇだろ」
『ただそれだけのために。ククク、ハッハッハ! それを国一つだが実現している! 本当に素晴らしい! 合格だ! キサマは愛姫といつに相応しい! 』
原初の樹トヴレンゼオがそう言って高らかに笑った。
「何が合格なんだよ。あいつが誰と一緒にいるかなんてあいつが決める事だろ」
『そうだ! だが、愛姫を守る事ができないのなら愛姫から離れるべき。そう思った事はないか? 』
「あいつは守る必要なんてねぇよ。あるのは側にいる事だけだ。だから、そんな事思わねぇよ。つぅか、あいつ守ってもらう必要なんてねぇだろ」
おそらくゼーシェリオンだけではないだろう。記憶にわずかに残るエンジェリアの姿。愛姫としての彼女は誰にも守られる必要なく、たった一人で終わる事のない争いを終わらせた。
それでも守ろうとするのはゼーシェリオンがエンジェリアをすきだから。それ以外理由はない。
『それでこそ愛姫と一緒にいるに相応しい! 愛姫の恩恵を受けるに相応しい! 話の礼だ! 持っていくと良い! 』
原初の樹トヴレンゼオがそう言うとゼーシェリオンの宝剣を取り出した。
ゼーシェリオンは宝剣を受け取って魔力経路に不具合がないか確認する。
「ありがとな。今まで大切に保管していてくれて」
『気にするでない! それより今度はゼムレーグも一緒に連れてこい! いつまでも待ってる』
「ああ」




