8話 氷の魔法師
洞窟へ入り、エンジェリア達との通信が途切れた後、ゼムレーグはエンジェリアの心配をしつつ奥へ進んだ。
灼熱の地面。一歩でも足を踏み入れれば足は火傷どころでは済まされないだろう。
わざわざゼムレーグが最もきらう環境が用意されている。この意図を理解するのに時間はかからなかった。
ゼムレーグは氷魔法で地面を凍らせて先へ進んだ。
冷えた地面を進んでいると、今度は炎で先へ進めなくなっている。
「暑いの苦手なんだけど」
ゼムレーグは、水魔法を使い炎を消した。
ゼムレーグへのいやがらせかとも思えるこの空間からは、楽しい時に視られる色が視える。
「こっちはゼロの方が精度が高いけど、このくらい大きいとわかるよ。楽しい、愉快。オレの事を理解しててこんな感情があるって事はトヴレンゼオかな」
ゼムレーグはエンジェリアの付き合い以外でも複数の原初の樹との交流がある。そのため、仕掛けの性格だけでどの原初の樹が関わっているのか気付く事ができた。
「聞こえてる? 返事はしなくて良いから聞いてくれる? 」
ゼムレーグは、姿を見せない原初の樹トヴレンゼオに話しかけた。
「オレの事を試したいならいくらでも試して良いよ。後悔しないなら」
『ほお、後悔とは? 』
「オレはこれでも一流の氷魔法の使い手だから。ほんの少し魔法を使うだけで世界を氷漬けにする事くらい簡単にできるんだ。いくらでも試したければ試せば良いけど、覚悟を持って試せ」
愛姫のため、誰からも嘗められるな。それが二十一家の当主としての心構え。
ゼムレーグは、エンジェリアの為にもこの言葉を選んだ。
『覚悟か。その言葉を使うなら貴様もその言葉の重みに対する覚悟があるのか? 』
「あるよ」
ゼムレーグの瞳が透き通った氷の色を見せる。アロジェンティード家が本来持つ色。かつてエンジェリアが好きだと言った色。
魔法を使う事に躊躇がなかった頃の氷色。
きっかけはフォルとフィルが散々魔法を使うように仕向けた事だろう。そして、エンジェリアのゼムレーグを想う気持ち。
「オレはアロジェーシンティード家当主、ゼムレーグ・ヴィンレンズ・アロジェーシンティードであり続ける」
かつて、アロジェーシンティード家の双子はこう呼ばれていた。氷の天才ゼムレーグと氷魔法どころか他の魔法すら碌に使えない無能ゼーシェリオン。
それはゼーシェリオンの魔力器官と潜在能力などいくつもの要因が関係してきているが、そんな事は周囲が知る由もない。
ゼーシェリオンは努力を重ね、ある程度魔法を使えるようにはなったがゼムレーグには遠く及ばない。
ゼムレーグはゼーシェリオンが自分と比べられているところをずっと見てきた。それでゼーシェリオンが傷つく事を気にしていた。
もし、ゼムレーグも魔法を使えなければ、ゼーシェリオンが比べられる事はなかった。
ゼーシェリオンを大切に想っていたためにゼムレーグは魔法を使う事をやめた。長年二つの想いで迷わされてきた。
一つはゼーシェリオンが比べられて落ち込む姿を見たくないという想い。もう一つはゼーシェリオンを守りたいという想い。
どちらを取る事もできなかったゼムレーグだが、長い年月を経て、今、その想いを選ぶ事ができた。迷いを消す事ができた。
「ゼロのために、エレのために。それがオレの覚悟だ」
『ククク、ハーハッハッハッハッハ! そうだ! それでこそ我らがゼムレーグという男だ! 今宵は祝杯をあげようではないか! あのゼムレーグ様がとうとう姿を見せたのだから! だが、魔法を使うというのは認めても、ただ氷魔法を使っただけで認めるとでも? 』
「だろうね。聖月の……オレとゼロの使う特別な氷魔法を使わない限りは認めない。でしょ? 」
『そのとーり! さあ、貴殿が我々の知るゼムレーグだという証をここに見せろ! 』
トヴレンゼオが高らかとそう言う。ゼムレーグは、その言葉を聞いて口角を上げた。
かつてのゼムレーグは、ゼージェリオンとエンジェリアのために何度も魔法を見せていた。毎日のように楽しみながら。
ゼムレーグは、両手を曲げて手のひらを上に向けた。
手のひらで気温を感じ取っている。
ゼムレーグとゼージェリオンの魔法は、こうして気温を調節する必要がある。慣れればすぐに終わるが、慣れない頃は一時間かかる時もあった。
「……この感覚、いつぶりだろうか。ううん。オレは以外と最近この感覚を味わっている。夢の中だけど、十六年くらい前かな」
魔法を使うこの温度の変化。感覚。ゼムレーグが好きだったもの。それをようやく迷う事なく味わう事ができる。この現実で。
ゼムレーグはそれが嬉しくてたまらず、表情に出していた。もっと、もっと魔法を使いたい。その欲求はあるが、途中でやめた。
「エレが近くにいるからこのくらいでやめておこうか」
『素晴らしい! なら、この程度の根の子など余裕だろ! 』
トヴレンゼオの声に反応して原初の樹の根が魔物の姿へと変化した。
「根の子……原初の樹の根っこから生まれる生物で再生能力が桁違いに高いんだっけ? たとえ粉々になろうと次の日には復活している。しかも根っこは魔力の塊だから根っこがいくらダメージを受けようと原初の樹本体は無傷。試練にはもってこいの存在か」
ゼムレーグは冷静に原初の樹の根を分析している。自らの持つ知識を披露しながら、今目の前にいる根の子の魔法耐性に弱点箇所。
『知識まであるとは。素晴らしい! さすがは、あの氷兄殿下! 今の兄殿下になら遠慮などいるまい! 』
「えー。遠慮も手加減も大歓迎なんだけど……なんて、流石に通じないか」
魔法が大好きで、魔法を使う事が好き。それが本来のゼムレーグだ。今までは閉じ込めてきた感情を曝け出した今、その感情に嘘をつく事などできない。
手加減など必要ない。むしろ本気できて欲しい。存分に魔法を使う事を楽しませて欲しい。その感情が表情に出ているのをゼムレーグは自覚していた。
『そうだな。だからとっておきの根を用意してやろう! 』
トヴレンゼオが、根の子の形を変えた。氷を纏った巨大な根。見た目だけでわかる氷耐性所持。
「氷使いに氷耐性持ってくるとか……性悪」
根が氷魔法を使う。氷の氷柱がゼムレーグに向かって飛んでくる。
「ああ、その程度ね。それもそうか。氷魔法自体がレアだというのにオレ達レベルなんて再現できるわけないのか」
氷の氷柱がゼムレーグの目の前で粉々に砕け散った。
氷魔法使いであるゼムレーグは自らの魔法属性の対処法を熟知している。
「主人に選ばせてあげる。全身氷漬けか氷の刃で斬り刻まれるか」
『氷の刃の方だ! 』
「良いよ」
ゼムレーグはそう言って氷魔法で剣を創った。
『兄殿下の方に剣術の才があるとは聞いた事ないが? 』
「魔法の方が楽だから使わないだけだよ。けど、ゼロに暗殺術や剣術を教えた事だってあるんだよ。人に教えられるくらいには嗜んでる」
地面から根が出てくる。ゼムレーグは向かってくる根を避けずに剣を振るった。
「やっぱ、暫くやってないと感覚が鈍る。これだと一日で再生するよ」
根はバラバラになっているが、すでに再生を開始している。ゆっくりだが、一日経てば完全に元通りになっているだろう。
『氷漬けの方も希望と言ったら聞いてくれるか? 』
「当然。そっちの方が得意分野だよ」
ゼムレーグがそう言って笑顔を見せる。ゼムレーグの足元から氷が広がっていき根の本体を氷漬けにした。
「これは半日程度かな。やっぱり鈍ってる」
そう言ってゼムレーグは氷の剣を振るった。剣から小さな氷の刃が大量に根の方へ飛んでいき、根を斬り刻んだ。
『クククク、ハーハッハッハッハッハ! これだ! これがみたかった! これでこそ、あのゼムレーグ・ヴィンレンズ・アロジェーシンティード! 姫の事を考え一日は絶対に再生しないようにする心! それを可能にする強さ! ああ! ようやく帰ってきた! 』
トヴレンゼオが高らかに笑っている。ゼムレーグはそれが何を意味するのか理解している。
「そっちにゼロが来ているはずだからもっと抑えて。その闇は精神に悪影響を及ぼすから」
トヴレンゼオは闇属性の原初の樹。トヴレンゼオから発せられる闇は特殊な効果を含んでいる。
『抑える? そんなのできるわけなかろう! あのゼムレーグが帰ってきたとなれば! それに、その程度をどうにかできない弟か? 』
「なわけないじゃん。オレの弟は努力だけでオレと肩を並べるくらい強くなったんだ。たかだか原初の樹の魔法。笑って対処するよ」
ゼムレーグは間近でゼーシェリオンの強さを見てきていた。だからこそ、心配した表情を見せなかった。
『そう! 兄弟揃って秀才だ! だが、覚えておけ。あれは秀才の面が表に出ているだけの天才だ。貴殿が前を進めば必ず天才の面とぶつかる事となる。必ず、向き合わねばならぬ時が来る。今は理解できないだろうが』
「……覚えておくよ。それとありがとう。最後のきっかけを作ってくれて」
トヴレンゼオが試さなければ、ゼムレーグはここまで大々的に魔法を使う決意はできなかっただろう。迷いを完全には吹っ切れなかっただろう。
『きっかけくらいいつでも作ろう! それより早く最奥へ行ってやれ! 姫が泣き喚く! 最奥はこの穴の中だ! 』
「あー、エレ高いのきらいだから。そういう事ならすぐに行かないとだね。また今度そっちいくよ」
ゼムレーグは、そう言って穴の中へ入った。
『姫を必ず守れ! それが貴殿らの贖だ! 』




