7話 かっこいい
三人で洞窟へ入った後、イーグルが洞窟の構造を確認していると通信機からエンジェリアの声が聞こえた。
通信機での連絡で別々の場所に転移している事を確認できたが、すぐに通信が途絶えた。
「エレ? 遮断魔法か」
通信が途絶えたが、エンジェリアとゼムレーグの心配はしていない。
エンジェリアは幾つもの魔法で守られている。ゼムレーグは使いさえすれば現在のゼーシェリオン以上の氷魔法の使い手。二人の心配はする必要がない。
イールグが一人で洞窟の奥へ進んでいると、無数の槍が降ってくる仕掛けが見えた。
その仕掛けは、イェリウィヴェの作ったものではないだろう。数分間話しただけでイールグは彼女の人となりを知り、このような仕掛けは作らないと気づいていた。
イールグは槍を全て避けて先へ進む。この程度は余裕で熟せなければならない。それが黄金蝶であるという事だ。
『黄金蝶であるなら、これは当然でしょう』
どこからか女性の声が聞こえてきた。それはエンジェリアでもイェリウィヴェでもない。おそらく、この声の主が仕掛けを作ったのだろう。
そしてそれは人ではない。
「フッ、随分と良い趣味をお持ちなようだ。原初の樹アウィティリメナ」
精霊界に存在する原初の樹アウィティリメナ。
黄金蝶は知識面でも高度な教育を受ける。その教育を全て受けたイールグは直接会った事はないが、知識として原初の樹の事を知っている。
その知識だけで、誰であるのかを当てた。
『良くご存知ですね。ですが、いくら知識があろうと、判断力があろうと、この世界しか知らぬ者。なのになぜ彼のお方と一緒にいるんです! アダクシは絶対に認めません! こんな者が、彼のお方と共にいるなど! 』
「彼のお方とは誰だ? 」
『彼のお方は彼のお方です! 我々の創造主、我々の敬愛すべき相手! それが彼のお方です! 彼のお方はアンタのような者と一緒にいるべきじゃない! 彼のお方はもっと強く健気で高貴な者と一緒にいるべきです! あの氷の弟殿下や愛姫様のような! 』
イールグには聞き馴染みのない言葉だ。だが、会話の内容で気づかないわけではない。
氷の双子の弟。それが弟殿下で、ゼーシェリオンのと事。ゼーシェリオンと一緒にいるエンジェリアが愛姫。そして、アウィティリメナが最も敬愛している彼のお方が誰なのかすら、気づいている。
「それで? ただ喋りにきたわけではないだろう」
『当然です。アダクシはアンタを認めていない。だからアンタが彼のお方と共にいる価値があるのか見極める。判断力は、まあ良いでしょう。知識はもう少し試しましょう。ジェルドと呼ばれる種はご存知でしょう? 』
「知っている。終焉の種だろう」
『では、終焉の種と呼ばれる王達が大切にするたった一人の存在は? 』
終焉の種の情報は神獣であってもほとんど知る事ができない。イールグの知っている事といえば、終焉の種という種族がいる事だけ。王達の存在すら知らない。
だが、知らないからといって答えられないわけではない。
「エレ……愛姫だろう」
『なぜわかったのです? 』
「普段の彼らを見ていれば理解できる。そして貴様が愛姫という言葉を出していた」
イールグは常に相手の言葉一つ一つを聞き逃さない。知識で補えない部分を補うために心がけている事だ。
『その通りです。でしたら、氷の兄殿下と弟殿下についても気づいていそうですね』
「ゼムとゼロだろう」
『正解です。一応褒めておきましょう。ですが、まだ認めるわけにはいきません。肝心なのは力。彼のものと共にいるのであれば、それ相応の力を示してもらわなくては』
アウィティリメナがそう言うと、根が巨大な魔物へと変化した。
『こちらは原初の樹の根。浄化魔法は効きません』
「一つ問いたい。この根を破壊すればどうなる? 」
『どうにもなりません。根は魔力の形。破壊されてもすぐに復活します』
アウィティリメナがそう言うと根の魔物の足が動き、イールグの真上で足を下げた。
『そういう意味で力を示せと言ったわけではないのですが。この根の子は数百キロあるんですが? 強化魔法もなしになんなんですか? 』
イールグは、踏もうとしている根の魔物の足を片手で受けてめた。
それには、アウィティリメナも呆気に取られているようだ。
「この程度造作もない。ゼロの方がもっと重いものを持てるだろう。種族が関係してきているとしても、あの重さを持てるのは感心する」
『素直に人を褒められるのですね。ワダクシの知る人の子とは違います。そこは認めましょう。ですが、それとこれは別です。どうするのです? 受け止めただけでは力を示した事にはなりませんよ? 』
「そうだな」
イールグは、風魔法を使い根の魔物を吹き飛ばすと同時に雷魔法を使った。
雷魔法が直撃した根の魔物が黒焦げになっている。
『正直、みくびっておりました。なぜ、そんな力を持っているのです? 本家に生まれるような特殊な子でもないというのに。これに答えればアダクシがアンタを認めましょう。アンタの強さはなんなんですか? アンタの過去に一体何があったんですか? 』
イールグの生まれは黄金蝶を一人も出した事がない小さな家。
神獣はいくつかの血統者が力を持ち、多くの黄金蝶を産んでいるが本家どころかそのどこにも近しい家ではない。
そんな家系で黄金蝶が生まれた事自体が稀だが、イールグはそれだけではなく、本家も一目置くほどの強さを示している。それは前例のない事だ。
だが、その事実は知っていても、理由までは知らない。だが、その力を正しく使いこなせるようになった理由だけは知っている。
「俺は昔フォルに嫉妬していた。本家の末子として生まれ何の努力もする事なく、あれだけの強さと知識を持っていると思ったからだ。少しでも近づこうとしている時、そうでないと知った。フォルは隠れて俺達の倍以上の課題を熟してきていた」
『そんな彼に近づきたかったのですか? 』
「そうかもしれないな。俺は勝手にライバル視して何度も勝負を吹っ掛けては負けていた。フォルは、いやそうに引き受けていたがな」
記憶にある中でイールグがフィルと出会った頃は、今のような関係になるなど想像もしていなかった。フォルもそうだったのだろう。ただ勝負を挑む相手と面倒な相手。互いの認識はその程度だったのだろう。
『そうですか。強さの理由というのは何も持ってして生まれたものだけではありません。努力も必ず関係してきます。彼はアンタを友まではいかずとも見るようになったきっかけも聞いて良いですか? 』
「エレがきっかけだ。俺は初めは何も知らなかったんだ。御巫という存在の裏にあるものも、御巫が生まれたからこそ生まれてしまったものも。それを初めて知ったのがエレだった。あの子が石を投げられているのを見て、俺は何も知らずに庇ったんだ。もし、知っていたとしても変わらない……いや、そうなる前に助けていただろうな」
『……』
「あの子は一人で泣いていた。俺があの子を慰めていると、フォルがきて何度も俺に礼を言ったんだ。それに謝られもしたな。俺の行動が神獣を敵に回す行為だと説明して。そこから、色々と話すようになり、俺も一緒にエレを守るようになり、今のような関係になったんだ」
当時から今に至るまでイールグはエンジェリアを助けた事を後悔した事は一度もない。それを現すかのように堂々と答えていた。
『そうですか。ワダクシはアンタを認めましょう。アンタはまっすぐで彼のお方の友と名乗るのに相応しい。愛姫様の兄代わりにも。ご存知でしょうか? 愛姫様はアンタを兄のように慕っていると』
「知っている。だから俺はあの子にだけは格好悪い姿を見せたくはなかったんだ」
『かっこわるくなんてないでしょう。守りたかったのでしょう? あの黄金蝶を。彼女が操られていると信じ、魔物化しようと助けようとしたのでしょう? 』
そう言ったアウィティリメナが姿を見せた。アウィティリメナが精霊の女王のように美しく気品を感じる微笑みをイールグに向けている。
『アンタは十分かっこいいです。愛姫様も気づいておりますよ』
「そうか」
『ええ……行きなさい。最奥へ。あの穴の下が最奥です』
アウィティリメナが名残惜しそうにしている。精霊界の原初の樹である彼女はこうして人と話せる事は少ないのだろう。
「感謝する。それと今度はゆっくりと話そう」
『ええ。それは嬉しいです。アダクシ、アンタを気に入りましたから、イールグ』
初めて名前を呼んだ彼女は、そう言って姿を消した。だが、姿を見せなくとも精霊界から見守っているのだろう。
「俺もだ」
少しでも回復が早くなるようにと根に成長魔法をかけた後、イールグは、最奥へと続く穴へと飛び降りた。




