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ここは妖の集う家  作者: 物部リュウ
1/5

始まりは家出と共に

深く深くどこまでも深い水の底で俺は一人、遥か彼方に見える銀の光に手を伸ばしていた。

息苦しさすら忘れただその光に目を奪われ続けていたんだ。

その光はどこか幻想的で、まるでそれは…。



『次はー八森町ー八森町ー』



バスの車内放送が鳴る中、ふと目を覚ました。

どうやら眠っていたらしい。荷物を直しながら窓の外を確認する。


辺り一面は緑が生い茂り、少し先では小川が流れている。

一般的な田舎町と言うヤツだろう。少し窓を開けると春が近づいたようなほんのりと温かい空気が流れ込んでくる。

季節は四月上旬。雪はまだ少し残っているが、麗らかな日差しが眩しいこの日に俺は亡き婆ちゃんの家を目指していた。




俺、篠宮隆志は何故か昔から運がない。

外で遊んでいるとよく鳥の糞を落とされるし、趣味の神社巡りをすると大体雨が降ってくる。好きだった女の子が実は親友の事が好きで近づいてきたと発覚した事もあった。兎に角散々な中学生活を送っていたのだ。


そして最近、一番の不幸が起こった。

父が再婚したのだ。いや、別に再婚するのは構わないんだけど問題はその再婚相手の連れ子にあった。


齢14の女の子。街を歩けばスカウトもあるだろうと言う顔立ち。声は鈴のように軽やかで聞き心地の良い可愛らしい声。10人中10人が美少女と呼ぶだろうその子に何故か俺は異様に避けられていたのだ。

最初は偶然かと思ったが、二か月程立つと何となく察してしまう。

俺が居間に入ると両親との雑談を途中で切り上げそそくさと自分の部屋に戻ったり、露骨に俺と顔を合わせることを嫌がったり。

当然父からは何かあったのかと問いただされるし、母親の方からは何かしたのかと疑惑の籠った目で見られる。

あの二人が来たせいで俺の生活環境は一変してしまったのだ。


正直あの家には居たくない。そう思っていた矢先、親戚のおじさんから婆ちゃん家の話を聞いた。

曰く、今は管理人さんが管理してくれているが住む者がいない空き家状態。

曰く、誰も住まないと近所から何かあるのではと噂されるから入居者が欲しい。

曰く、近くにはコンビニと古い商店街しかない山の近く。


俺はチャンスだと思った。

すぐにおじさんにまだ空いているか確認を取り、家を出ることを決める。

その間父さんからは少し、というかかなり止められたはしたが、母親と娘は我関せずのように黙りこくっていた。

元々通う事になる高校は実家とも婆ちゃん家とも大して距離は変わらないのだ。

ならこの居づらい家を出て一人暮らしを始めるのも悪くない。

そう決意し、今日家を出た。



「あっちの街と、こんなに違うんだな…」



前に住んでいた街は所謂ニュータウンと言うヤツで、住宅街やお店などが所狭しと立ち並んでいた。

だがこの街は違う。今歩いている場所はこの八森町の中でも商店街なんだろう。所々に店が転々とあるが、それ以外の娯楽などを扱っている店が全くない。

唯一あるのは角を曲がった所にあった本屋だろうか、まるで別天地を歩いてるかのような旅心を満喫しながら歩いていると坂が見えてきた。



「えっと、ここを真っ直ぐだな」



親父に持たされた手書きの地図を頼りに真っ直ぐ進む。

荷物は後程あっちから送ってくれる予定で、今日は家の確認と管理人との挨拶が最優先となっている。

ここから真っ直ぐ登り左にある家が婆ちゃん家のよう、なのだが。



「先が見えねぇ…」



心臓破りの坂とはこの事かとため息を吐く。

まるで先が見えない、もう今ですら足が痛くなってきているのに更にこれを登るのか。

だが、ここを登らなければ休めもしないだろう。

少ないやる気と共に坂を駆けのぼった。







「はぁ…はぁ…死ぬ…」



あれから約10分、何とか坂を登り終えた俺はここが地面である事を忘れ座り込んでしまう。

まだ3月だというのに全身汗まみれ、こんな事ならもっと運動しておくんだったと後悔しつつ眼前の門を見る。

婆ちゃんは結構なお金持ちだったんだろうか、目の前に広がる家…と言うかこれは屋敷だろう。


立派な木で出来た門の先には庭が広がっており、少し歩いてやっと屋敷が見えてくる。

庭には草木が程よく手入れされ青々と輝き、池の水は昼の太陽を照らしながら煌めいている。

これを維持するのは大変だろうと歩みを進めていると、いつの間にか屋敷の入り口が見えてきた。

これはまた立派だ。婆ちゃんは昔一人暮らしだったと聞くが、この家で一人暮らしは寂しいだろう。

巨大な建物を物憂げに見ながらそんな事を思っていると、ふと中から声が聞こえてきた。



「おや、誰かお客さんかい?すまないね、今ちょっと取り込み中なん…」



これまた物珍しい男性が出てきた。

歳は数えて25程だろうか、今では珍しい薄水色の着流しを身に纏い銀に輝くような白髪を一本で結った中性のイケメンが、こちらに出向いてきた。

男はどうしたのか口を半開きにし、俺の顔を凝視している。



「坊、もしかしてタカ坊かい…?」


「え、なんて?」



先に口を開いたのは男性の方だった。

何故か俺の事を知っている様子で坊と呼び、頭を撫でてくる。片手を頭の天辺に置き、撫でまわすという表現の方が合っているかのように撫でてくる。

頭がグラグラするんでやめて頂きたい。



「こんなに大きくなって、そうか最後にあった時は坊がまだ豆粒くらいの時だったもんなぁ」



人好きのするような満面の笑みで俺を見つめながら、尚も頭を撫で続ける。あのそろそろ目が回ってきたんですが…。

取り敢えず、この謎のイケメンさんに疑問をぶつけてみる事にした。



「あの、俺の事知ってるんですか?」



生憎と俺にはこんなイケメン優男に知り合いはいない。いても俺の幼馴染位だろう。

だからこそ気になるのだ。何故この人が俺の事を知っていて、こんな嬉しそうにしているのか。



「知っているかなんて、そりゃあ…」



またイケメンさんが口ごもる。



「…そうか、坊は…思い…てるわけではない…ったな」



何か独り言のように呟きながらイケメンさんは再び笑いかけてくる。

その顔は確かに笑顔だが、なんだろう少し寂しげな感じのする笑顔だ。

そんな事を思っているとイケメンさんが再び話始める。



「私は昔からここの管理をしていてね、坊が綾子に会いに来てるのを見ているんだよ」


「綾子って、婆ちゃんの事ですよね?」



まさか婆ちゃんをファーストネーム呼びしてるとは思わなかった。このイケメンさん何歳なんだろう。

尽きぬ疑問符が頭の中で犇めく中で、イケメンさんが続ける。



「でもそうだね、本当に久方ぶりの再開だ。

なら私ももう一度名乗った方が良いだろうね」



それはどんな笑みと表現すればいいんだろう。

その中には再会の喜びや、驚き、そして哀愁や寂しさが織り交ぜられているような。



「私の名は時雨。時の雨と書いて『しぐれ』と読む。ようこそ、そして…おかえり坊」



とても優しい笑顔だった。

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