表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/106

密着の予感

 長い夢を見ていた気がした。

 その夢は淡く脆く揺らめいていて……。

 決して触れる事のできない幻のように不確かだった。


 *******


「……………………ん?」


 真っ暗な世界に、うっすらと光が差し込んでくる。

 いまいち現実味のない空間がぼんやりと正しく目に映りだして、それが見慣れない天井だと、ようやく気づいた。

 ここは……どこだろう?


「お兄ちゃん!」


 真っ先に視界に飛び込んできたのは若葉の顔だった。何故か涙をポロポロと雫している。あれ?なんで泣いてるんだよ、若葉……。

 すると、周りからがやがやと聞き覚えのある声が耳に届いてくる。


「裕くん!裕くん!よかったよ~!」

「浅野君……先生は心配しましたよ~!」


 この声は……姉さんと新井先生だ。ていうか、姉さんの顔がお腹の辺りに押しつけられてて温かい。


「浅野君……よかった……」


 今度は奥野さんの声が聞こえてきた。体も少しずつ動きだし、彼女の方に顔を向けられた。

 すると、奥野さんも頬を涙で濡らしていた。しかも僕が原因らしい。一体どうしたというのだろうか?

 続いて母さんと目が合う。

 母さんはほっとしたように息を吐いてから、優しく笑いかけてくれた。


「まったく……あんま心配させんなよ」


 それに対して何とか笑みを作ると、ふと森原先生の顔が頭に浮かんだ。

 そういえば先生は……あ!

 いきなり体を動かしたので腕に痛みを感じたが、それと同時に左隣にいた先生の姿も捉えた。


「…………」

「先生……」


 先生はぼろぼろ涙を雫して泣いていた。

 初めて……あれ?初めてじゃない?いや、今はいい……。

 ただ、その綺麗な頬を涙が伝うのを見ると、それだけでちくりと胸が痛む。

 何か声をかけようとすると、急に抱きしめられた。


「ごめんね……それと、ありがとう」


 そっと耳朶を撫でた甘い囁きは、不思議なくらいすぅっと心に染みた。何だか寒い日に温かなスープを飲んだ時みたいだ。

 姉さんと若葉も、僕の左腕を握ってきた。


「私達も……助けてくれてありがと。裕くん」

「お兄ちゃん……ありがとう」

「……ど、どういたしまして」


 自分がそうしたかっただけなんだから、礼なんていいのに……という気持ちと、皆の前で照れくさい気持ちがごっちゃになっている。あー、顔真っ赤になってそう……。

 照れ隠しに頬をかこうとすると、右腕に違和感を感じる。


「まだ動かしちゃダメ」


 森原先生が、そっと僕の肩に触れた。え?あれ?まだ動かしちゃダメって……。

 僕は先生の視線を辿り、ゆっくり視線を落とした。

 その時、気づいてしまった。

 自分の右腕がしっかりと真っ白な包帯に包まれている事に。


 *******


 落ち着いてから聞いたところによると、僕は先生達を突き飛ばしてから、倒れた入場門に押し潰されたらしい。

 結果として頭に衝撃を受け、しばらく気絶していたのと……


「右腕かぁ……しばらく大変だよね」


 奥野さんがぽつりと呟き、僕も自分の右腕に再び視線を落とした。

 現在、右腕にはしっかりとギプスやら包帯が装着され、上手く吊り下がっている。どうやら全治1ヶ月らしい。

 ……まあ、これだけですんでよかったかな。あとはどこも悪くないみたいだし。

 あの時の状況を一つ一つ思い出しながら整理していくと、素直にそんな感想が浮かぶ。


「浅野君……」


 すると、先生が僕の手をきゅっと握ってきた。

 ひんやりした感触はすっかり掌に馴染んでるけど、やはり緊張してしまう。

 先生の薄紅色の唇は、いつものように淡々と言葉を紡いだ。


「しばらくの間不便だと思うけど、君の生活の面倒は私が見るから安心して」

「……え?」

「浅野さん」


 今度は母さんの方を向いて、深々と頭を下げた。


「今回の件は担任である私の責任です。なので今後彼が完治するまで、いえ、末永く彼をサポートさせていただきます」

「え?ああ、ど、どうぞよろしくお願いします。ていうか、頭あげてください、先生」

「…………」


 今、末永くって言わなかった?


「ちょっ……先生!さりげなく末永くとか言ってませんでした!?」

「そうだよ!ずるいよ!」

「……担任教師として当然の事を言ってるだけよ」

「じゃあ私は副担として~」

「こっちのほうがさりげない!」


 この後、やってきた看護士さんに「病院内ではお静かに!」と怒られてしまった。

 まあ、何はともあれ皆がケガしなくてよかった。

 いつものようなやりとりをしている皆の横顔を見て、心からそう思った。


 *******


 二日後、ようやく家に帰る事ができた。

 そんなに日数が経ったわけでもないのに、何だか久しぶりに感じる我が家。でもやっぱり自分のベッドが一番気持ちよく眠れた。

 とはいえ、今日からまた学校に通わなきゃいけないんだけど……。


「……君」


 もう少し夢と現実の間で微睡んでいたい。このくらいのわがままは許されるはず……ていうか、さっきから誰が……


「浅野君。おはよう。起きて」

「…………えぇっ!?」

 

 声の主が誰だかわかり、慌てて飛び起きる。

 そこにいたのは、エプロンを身につけ、お玉を片手に持った森原先生だった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ