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後夜祭にて

 教室に戻ると、さっそくどよめきが起こった。


「うおっ、浅野君が美女連れてきた!」

「浅野やるじゃん!」

「浅野君信じてたよ!」

「あ、ありがとう……」


 なんで姉さんを連れてきたら急に僕の名前の認知度が上がったんだろう。ふっしぎー。

 クラスメートに対する不信感を強めていると、姉さんはさっと腕を絡めて、横ピースをつくった。


「裕くんの彼女でーす♪」

『またまた~』


 皆が一斉に否定した。いや、そのとおりなんだけど、なんでここまで綺麗にハモれたのだろう。ていうか、クラスメートに混じって、初対面のお客さんも混じってなかった?どういうこと?

 いや、それより先に訂正しておかなきゃいけない。


「いや、この人僕の姉さん……」

『またまた~』


 なんでさっきと同じリアクションなんだろう……いや、たしかにあまり似てないとは言われるけど!


「ゆ、裕くん……これはもしかして、カップルにしか見えないとかそういう事なの?お姉ちゃん、嬉しくて涙が出そうなんだけど……」

「違うから泣かないでね、姉さん」


 うっとりした表情の姉さんに、なるべく優しく言い聞かせ、席に案内すると、メイドの格好をした女子が、注文を取りに来た。あれ?こんな小さな女子いたっけ?って……


「若葉!な、なんで……」

「なんでじゃないよ!お兄ちゃん、急にいなくなっちゃってびっくりしたんだから!」

「いや、そうじゃなくて……なんでメイドやってんの?」

「あ、これ?さっきそこのお兄ちゃんとお姉ちゃんが貸してくれたの。君に似合うから是非着てごらんって言われて」

「…………」


 クラスメートに目を向けると、二人ほどサッと隠れるのが見えた。おのれロリコン!ていうか、二人いたのか!しかも男女二人組!

 すると、若葉は僕の制服の袖をちょいちょいと引っ張ってきた。


「ほらほら、何か言う事あるでしょ、お兄ちゃん」

「ああ……とっても可愛いよ、若葉」

「えへへ~、まあ当然なんだけどね~」


 若葉がニヤニヤと体をすり寄せてきたので、頭を優しく撫でてやると、奥野さんがどこか不機嫌そうにそっぽを向いた。


「若葉ちゃんの時はきちんと反応してくれるんだから、私の時にもなんかこう……いや、ここまでくると、これも味わいというか……」


 ……なんで悟りを開いたかのような清々しい笑顔を向けてくるんだろう?哀れまれているかのようで落ち着かないんだけど……。


 *******


 数分後……僕は頭を抱えていた。


「ねぇねぇ、裕くん。どうしたの?」

「……言わなくてもわかると思うんだけど」

「わからないよ~……お姉ちゃんがメイド服着たら、急に俯くんだもん」

「それが原因なんだけど……」


 どうしてこうなった……。

 たしか姉さんがメイド服可愛いと連呼しまくって、クラスメートの誰かがしれっと「お姉さんもどうですか!?」とか言って、姉さんがノリノリで着替えたからだ。なんだ、ハッキリわかってるじゃないか。

 すると、姉さんがしゅんと俯いた。


「あれ?……裕くん、お姉ちゃんのメイド姿、似合ってない?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 ぶっちゃけ似合ってはいるんだよな……金髪にメイドの組み合わせも悪くない。

 しかし、実の姉のメイド姿とか見せられても反応に困る。それだけです。マイシスター。 


「も、もしかして……『姉さんは俺だけのメイドだ!他の奴らの前でそんな格好するんじゃねえ!』なんて考えてるの?安心して。お姉ちゃんは裕くんだけのお姉ちゃんで恋人でメイドだから」

「なんか色々属性がごっちゃになってるし、一つやばいのが混じってなかった?」

「あははっ、蛍お姉ちゃんは相変わらずだね。モラルハザードまっしぐらだよ」

「あらぁ、若葉ちゃん?これはちょっと愛情表現が過剰なだけよ~」


 二人は見つめ合い……いや、睨み合いながら、火花を散らしている……気がする。たまにこの二人こうなるんだよな……。


「さ、浅野君はもう仕事に戻って!ダッシュダッシュ!」

「あ、はい」


 僕は奥野さんに背中をバシバシ叩かれ、慌てて仕事に戻った。


 *******


「むぅ……上手くいかない」

「アンタ、そんな格好で何うろちょろしてんの?」

「先輩……あ、つい忘れてました」

「まあ、全校生徒や職員の目の保養になってるからいいけど……ついでにそのまま見回りしてきなさい」

「……はい」

「アンタ……完全に忘れてたでしょ」

「……いいえ?」


 *******


「よしっ、皆お疲れっ!!」


 高橋君が大声で言うと、クラス内に歓声があがる。

 ウチのクラスのメイド喫茶は、売上はかなりよかったみたいだ。その理由の一つに外部からの助っ人メイドが挙げられていたけど、そこにはあまり触れないで欲しい。

 いつの間にか戻ってきていた森原先生は、スーツ姿に戻っていて、後夜祭の準備の為にグラウンドへ出ていった。

 ……なんだか今日はあまり話せてないな。

 颯爽と立ち去る姿に、僕は寂しさを覚えていた。


 *******


 後夜祭ではできればフォークダンスを……でも、どう口実を作ろうかしら?迷うわ……。


 *******


 後夜祭は、焚き火の周りで語り合ったり、フォークダンスをしたりと、いかにもなリア充御用達イベントだけど、高橋君から声をかけられ、僕も参加する事にした。

 ……なんか結構風強いな。まあ、文化祭は無事に終わったからいいけど。

 すると、高橋君が飲み物を手渡してきた。


「浅野、お疲れ」

「あ、高橋君。お疲れ。ありがとう」

「おう、お前が買い物やら道具の準備やら頑張ってくれたおかげで成功したよ。しかも助っ人まで連れてきてくれて……ありがとな」

「いや、僕は……目立つのはできないし、助っ人はまあ、成り行きというか……」

「自分が向いてると思う事をしっかりやってくれたわけだし、助っ人はお前の人徳だろ?自信持てよ」

「…………」


 その言葉に淡い充実感を覚えながら頷く。

 疲労感すらも心地よかった。今日はいい日だったと心から思う。

 高橋君は、笑顔で僕の背中を叩いた。


「じゃあ、この後もしっかりやれよ!」

「え?あ、うん……」


 この後……の意味はあんまりわからなかったけど、今すぐ声を聞きたい人はいた。


「お兄ちゃん、こっちこっち!」

「裕くん、フォークダンス行こうよ!」

「…………」


 若葉と姉さんの声のする方に目を向けると、ちょうど森原先生がいた。

 自然と足が皆のいる方向へ向かう。

 そこで、一層強い風が焚き火の炎を激しく揺らした。

 同時にざわめきが波紋のように広がる。

 ゴォォ……と入場門から不穏に軋む音。

 柱が倒れようとしているのだ。

 それは、姉さんと若葉の姿を捉えていた。

 そこからはあっという間だった。

 二人を庇うように前に立つ先生。倒れる柱。

 無我夢中に突き進む自分の身体。


「危ない!」

「っ!」


 僕がはっきり理解したのは、彼女達を突き飛ばす感触と、想像以上の重み、そして……


「浅野君っ!!!!」


 初めて聞く彼女の大声だった。



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