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新井先生は不思議な人


「よし、とうちゃ~く♪着きましたよ~」

「はあ……はあ……」


 な、なんかものすごい勢いで引っ張られた……。

 新井先生、意外と力強い……。

 保健の先生は留守らしく、文化祭の賑わいとは隔絶された静寂が室内を満たしていた。

 そんな中、新井先生は当たり前のようにベッドに腰かけ、足を楽しそうにブラブラさせている。ただそれだけなのに、白いふくらはぎがやけに色っぽく見えた。


「あの……保健室に来たのはいいんですけど、一体何を……」

「あっ、そうでした~。実は浅野君にお願いがありまして~」

「お願い……ですか?」

「はい……それはもう、大事なお願いなんですよ~」


 新井先生が僕に大事なお願い?しかも保健室で?

 それが何なのか、まったく見当がつかず、ポカンとしていると、新井先生が急に手を握ってきた。

 その柔らかな感触に、鼓動がどくんと跳ね上がる。


「……写真」

「えっ……?」

「あの……今から……私と写真撮ってくれないかな~」

「……はい?」


 しゃ、写真?

 予想していなかった単語に首を傾げると、新井先生は懇願するような上目遣いでこちらを見た。ていうか近い!近いです!なんかいい香りがします!


「いや~、実はですね~?この前母親と電話で話してる時に、彼氏の一人はいるのか?って言われて~、つい見栄を張っちゃったんですよ~」

「はあ……」

「それで、今から写真撮ってくれませんか~?彼氏役で」

「べ、別にいいんですけど……あの、何で僕に?」

「う~ん……浅野君がタイプだから、ですかね~」

「…………」


 新井先生の事だから優しいジョークだろうけど、やはり真正面からそんな事を言われたら、やたら恥ずかしくなる。

 まあそれはさておき、それぐらいならどうって事はない。

 しかし、その前に……


「でもこのままじゃまずいですよ、僕制服だし……」

「そうですか~」


 そうですよ~。このまま写真撮って送ったら、ご両親が腰を抜かしますよ~。


「じゃあ……脱いでください~」

「は、はい……」


 何故そこでモジモジしながら溜めるのでしょうか?なんだかとても背徳的な気分になるのですが……。

 とりあえず、上着だけ脱いで、先生の隣に腰を下ろすと、先生が携帯を構え、肩を組み、体をぴったりと寄せてきた。

 やわらかな温もりに息が詰まるような気持ちが沸き上がると、カシャッと音が鳴った。


「よし、これでOKー。あとは私が上手くやっておきますので、ご心配なく~」

「わ、わかりました」


 どうやらこれだけでいいらしい。あっさり終わってしまった事に、安堵感と名残惜しさみたいなものを感じていると、新井先生が「じゃあ、ご褒美♪」とか呟くのが聞こえた。

 すると、新井先生は僕の肩に手を置き、頬に……


「んっ……」

「……はっ?」

「ではでは~♪」


 柔らかな感触に慌てて体を逸らすと、新井先生はにこやかに保健室から去っていった。

 僕は、よくわからないままに頬を押さえ、ポカンと閉じた扉を見つめた。

 ……相変わらず新井先生はよくわからない人だと思った。


 *******


 しばらくしてから保健室を出ると、ドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 身内だからわかる。この足音は……


「裕く~ん」

「ね、姉さん……」

「わ~い!会いたかったよ~!」


 いきなり横から抱きつかれ、こけそうになるが、何とか持ちこたえ

 クラスに戻ろうとしていたところで、まさか、姉さんと遭遇するとは……絶対に来るとは行ってたけど。

 姉さんは派手な金髪をかき分け、うっとりした表情を浮かべていた。こわい。


「ああ、偶然という名の運命ね、これは!」

「うん、そうだね。じゃあ、またね、姉さん」

「うん、じゃあね……って、ちょっと、待ったぁ!」

「ど、どうかしたの?」

「実はね、裕くん……お姉ちゃんはもう大学のほうに戻らなきゃいけないの」

「……そっか」


 いつも賑やかすぎるくらいに賑やかな姉さんだけに、やっぱりいなくなると、急に静かになり寂しくなるものだ。

 すると、姉さんが肩を寄せてきて、腕をガッチリとホールドしてきた。あ、これ逃げられないやつだ。


「それで……ね?よかったら、文化祭一緒に回らない?」

「あー、実は休憩がもう終わりで……」

「……そうなんだ。じゃあ、裕くんに接客してもらおっかな」

「え……」


 さすがにそれは恥ずかしい。姉さん目立つし。

 しかし、それを口に出すと、しばらく機嫌が悪くなるので、ここは黙って従うことにした。

 歩き始めると、姉さんが何かを思い出したように「あっ」と声をあげた。


「あっ、そういえば裕くん、知ってる?後夜祭花火上がるんだって」

「そりゃ、知ってるけど」

「せっかくだから、一緒に観てあげよっか?ほら、私明日で帰るし」

「……そうだね。母さんは知ってるの?」

「あっ、言うの忘れてた……」


 花火か……自由参加だったけど、せっかくだし行って見ようかな。

 そこで、ふとある人の顔が浮かぶ。

 ……先生はその時間、どうしてるんだろ?

 そして、当たり前だけれど、この時僕は知る由もなかった。

 この後、とんでもない事件が起こる事を。

 

 

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