気遣い
家に帰ると先生から電話がかかってきた。狙いすましたかのようなタイミングに、つい笑みが零れてしまう。
「はい、もしもし」
「お疲れ様」
「えっ?何の事ですか?」
「振ってきたんでしょう?愛美さんを」
「な、何で……?」
「昼に愛美さんから聞いていたのよ。今日、祐一君に告白しますって」
「……そうだったんですね」
何故かその光景がはっきりと頭に浮かんだ。色々察した上でさらに気を遣ってくれていたのか……。
でも、僕は何を言えばいいのかわからず、口をもごもごさせるしかなかった。やましいところなんて何もないはずなのに。
「……私からは何も聞かないでおくわ」
「……はい」
「ねえ、窓の外を見てくれる?」
「あっ、はい」
カーテンを開けると、向こうの窓から先生が手を振っているのが見える。夜の町から切り取られたような部屋の距離感に、少し胸を締めつけられてしまう。
そんな気持ちのまま、こちらもつられて振り返してしまった。
「こういうの、恋人になってからやってみたかったの」
「意外とこういうシチュエーション知ってるんですね。いや、意外でもないのか」
「そうね。こういう時のためにいっぱい勉強して、頭の中に色んなシチュエーションをストックしてあるから。抜かりはないわ」
「それを口に出すあたりは抜かってるんじゃないかと……」
「……君にツッコミをもらうとは思わなかったわ」
「いやいや、何回かはしてますよ」
「そうだったかしら?」
まあ大概は驚いてばかりでツッコむどころじゃないんだけど……。
「いざやってみると不思議な気分ね。顔はしっかり見えるし、声も普通に聞こえるのに……君に触れられないから?」
「そう、だと思います。間違いなく」
「やっぱりそうよね。でも今日は行かない」
「どうしてですか?」
「明日君が私の事もっと欲しくなるようにしておくわ」
「せ、先生……唯さんは……」
「?」
「唯さんはそうならないんですか?」
「愚問ね。なるに決まってるわ。何なら今から行きたいけど……今日は我慢します」
「……ありがとうございます」
「何のお礼?」
「気を遣ってくれてくれたことです」
「当たり前よ……恋人なんだから。じゃあ、今日はこの辺で失礼するわ」
「あ、はい。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
先生はこちらに向かってひらひらと手を振った。
こちらも控えめに振り返すと、何やら窓をなぞり始めたあれは……ハート……かな。前に先生から借りた小説にこんなのがあったな。
口元が緩むのを感じながら、僕は先生がカーテンを閉めるまで手を振り続けた
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「ああ、もう……今日は連絡しないって決めてたのに……私のバカ。明日謝ろう……おやすみ、祐一君」




