少女の言葉(想い)は決して少年には届かない
キチ○イ同志の会話。
「聞こえてるなら返事をしてください。お願い」
「ああ。ちゃんと聞こえてる。初めてキスをした場所は学園の校庭、次にした場所は?」
声は真百合だがもしかしたら偽物かもしれない。
「……病院の個室。よかった、ちゃんとつながったのね」
間違いなく本人。
疑ってなんていなかったけどね。
そして真百合が俺の居場所を知ったということは何が起きているのか理解していると考えていいだろう。
「なあ真百合、よく分からないんだが誰がなんのために俺にこんなことしたの」
俺の問いに真百合はすぐに答えてくれた。
「支倉よ。支倉の人間があなたを檻に閉じ込めた」
「は? 支倉!? あり得ないだろ!」
支倉は200年前から続く歴史ある財閥。
この檻に使われている超合金を作ったのも支倉。
そして何より救世主として有名。
宇宙人により壊滅された地球が現代レベルまでたった200年で元に戻ったのは、支倉が主に復興に力を入れていたからだと教科書で習った。
支倉罪人なんて教科書に載っている。
好きな歴史上の人物は誰かと聞かれたら聖徳太子でも織田信長でもない、この支倉罪人と答えるのが最近の日本人。
それに3年前も多くの人間の命を救った。
「本当よ。そうでなかったら私達宝瀬があなたのもとに辿り着けるのにこんなに時間がかかるわけがないわ」
確かにそれは一理あるが……だからはいそうですかと納得できないくらい俺の常識で支倉がこんなことするなんて思えない。
「あなた今超者ランキング100をきったの」
「は?」
「81位よ」
最近まで500番台くらいだったのに。
「これはね、客観的に見なくても異常なの。未成年で2桁はいないことは無いけれど、それはずっと経験をつまされたいわば兵隊、10年以上訓練をつんできた強者よ。でもあなたは3か月いいえ、2か月弱でこの土俵にたったの。例えるなら高校で野球を初めて2か月でメジャーのエースとして登板するかのような、そんな恐ろしさ」
それは流石に言いすぎだろ。
「だから支倉はあなたを恐れた。1桁の化け物を生まないように檻に閉じ込めた」
「…………にわかには信じられないな」
俺が現在2桁のことや、支倉が俺を恐れるなんてツッコミどころ満載だった。
「本当よ。お願い、信じて」
「ああ、信じるよ」
ただそれを言っているのが真百合だ。
彼女を信用しないで誰を信用するのかという話になる。
「ありがと。それでね、今いる場所大体でいいから教えて」
「なんで?」
「あなたを脱獄させるから」
…………。
「…………そんなこと出来るのか」
「ええ。私の知り合いに車輪の下、向日葵の乙女というモノとモノを入れ替えるギフトを持った娘がいるの」
「でもそういう能力って射程距離はないのか」
「あるわ。視認できるまでっていう条件が」
結局駄目じゃないかとツッコミを入れる前に真百合は俺の問いに答える。
「そこで、別のギフトなのだけど、レンズを好きな場所に持ってくる能力。つまりそこにいなくても見たり撮ったりすることができる捨身家を使い、あなたの様子を動画で認識させれば入れ替えることができる」
「なるほど、確かにそれなら可能かもしれないな。それでこの携帯は?」
やけにピンポイントに俺にぶつかったがそれが出来るくらいなら他にやることがあったんじゃないか。
「それは対象に贈り物を送りつける添付の祭であなたに携帯電話を送っただけ。場所は分からない」
この監獄はGPS無効化装置がついているため、これが俺の位置を知る限界か。
「東西南北どの棟にいるのか、食堂に近いのか懲罰室に近いのか。エレベーターホールに近いのか。隣にも牢獄があるとかそういうので構わないから。後は私が推理して場所を割り出すわ」
多分真百合の手元に馬喇田木収容所のマップがあるのだろう。
そこから少しの情報で俺の居場所を割り出すことは真百合なら可能。
ただな、真百合。その理論一つ重大な間違いがあるんだ。
「真百合、それは出来ない」
「全く場所が分からないの? もしかしてずっと牢獄から出してもらっていないの?」
違うよ。俺はそういう意味で言ったんじゃない。
「真百合、俺は脱獄しない」
「…………ごめんなさい。ちょっと電波が悪いみたい。もう一回言ってくれるかしら」
何度だって言ってやる。
「俺はここから出る気なんて無い」
「な、何で……?」
きっと真百合なら俺の真意を理解してくれるだろうから正直に話そう。
「真百合はさ、俺のことどう思ってる?」
「それは……もちろんこの世で最も――――」
言い出す前に俺は自分の意見を言う。
「俺はな、自分のこと雑巾って思ってるんだ」
「……」
「もしかして雑巾って知らない?」
困ったな。さすがはお嬢様だがこれ以上の例えを思い付かない。
「知ってるわよ、それくらい」
「それは良かった。もし知らなかったら説明しづらいからな。雑巾って最初の頃は真っ白だろ?」
「……ええ」
「でも使い込めば、汚れでどんどん黒くなってしまう。洗えば少しは白に戻るけど汚れは残ってしまう。そしていつか、洗っても黒いままの時が来る。そういう時がきたら、真百合はどうする」
「……………」
真百合は決して答えようとしない。
仕方ないので俺が答えを言う。
「捨てるよね。ゴミと同じように」
「…………」
「今が、きっとその時なんじゃないかなって。俺は悪い奴をそんなに多くは殺して無いけれど、それでも穢れたことに変わりはない。もっともっといっぱい殺したいけれど存在するだけで目障りだったら、もう仕方ないだろ?」
そもそも俺が無意味に恰好つける理由は、少しでも見栄えが良くなるように周囲に気を使ってのことだ。
「冗談はやめて」
「俺はいつだって本気だ。嘘なんてついたこと……あるな。いっぱいある。でもな、大切な所では嘘はつかない」
「じゃあ嘉神君!! もしも逆も立場で私が無実の罪で監獄に囚われていたとしても助けないというの!!」
何を言っているんだ。
「助けるに決まってるだろ。俺が真百合を見捨てるとでも思っているのか?」
「ええそうよ。あなたは絶対に私を助けてくれる! だから私も! あなたを助けたいの!! そこに何の違いがあるっていうの!!」
「何の違いがあるかって? そりゃ人の違いだろ」
やっぱり真百合も難しいか。
「真百合、俺は一度も人殺しが悪だなんて思ったことは無い。俺は人を殺したことあるし、それこそ国家も人を殺している。でも俺は自分が悪とも国家が悪とも思っていない。それはな」
「殺すという行為はさほど重要なんかじゃない。大切なのは誰を殺すかということなんだ」
「…………」
「俺が殺すのは悪人なだけで、国家が殺すのは死刑囚なだけで、殺人鬼が殺すのは善良な市民。どれも同じ人殺し。でも同じなわけじゃない。分かるよな?」
「何言ってるのかちっとも分からないわ……。あなたは私の最あ……最高の友達よ。あなたは違うの!?」
「当然、お前がピンチの時は命を懸けることを惜しまない最高の仲間だ」
「だったら――」
でもな。
「でもな真百合。安心してほしい。俺はお前のことを友達だとも仲間だとも思っている。ただ対等な関係なんて思ったこと一度もないから」
「…………」
「だから真百合の俺が助けるから自分が助けるってのは根本的におかしい。菜食主義者が『人間に食べられる家畜の気持ちを考えてあげて』とか、復讐にあった殺人鬼が、『俺を殺したらお前も俺と同じ存在になる』とか、そういった馬鹿げた理論と同じなんだ」
真百合は何も言ってこない。
「そもそも俺がSCOを目指した目的は、犯罪者を合法的に殺すのは勿論死刑になっていない犯罪人を殺せるのが最たる理由、医者になりたかったのは殺す人間と生かす人間を直接選べるからだ。だから道筋はちがったが俺がここで死ぬというのは、それはそれで目的を果たせる」
死ぬときに盛大に暴れまわって多くの囚人を道ずれにしてやる。
「だから真百合、後生だからここで終わらせてくれ」
今まで何も言ってこなかった真百合だったがついに口を開いた。
「ふざけないで! 黙って聞いていたらあなたの方こそ何も分かっていないわ! あなたが傷つくという意味を、あなたが傷つけば悲しむ人間がいることをあなたはちっとも理解していない! あなたを愛した人間だっているのよ。あなたの為に生きてる人間だっているのよ。あなたそのものが生甲斐な人間だっているのよ。あなたの為に夢を諦めた人間だっているのよ。そういった人たちがあなたの周りにちゃんといるの。あなた一人だけの人生じゃないの! それをどうして気づかないのよ!! 私にはあなたが必要なの。家族なんかよりも友達なんかよりもこの世で一番必要なのよ。それなのに、それなのにいつもあなたは自分を省みないで傷つくことばかりして。 もっと自分を大切にして。もうこれ以上あなたを愛している私達を傷つけないで」
……
…………
………………
完璧超人、才色兼備、容姿端麗、そういった言葉は彼女の為にあるといっても過言ではない真百合だったが一つだけ欠点がある。
それは女性特有のヒステリー持ちだということだ。
よく泣きよく怒る。
きっと生理のせいだ。
俺は女ではないのでその辛さが分からないが、普段無敵の真百合がこうなっているのを見るとよっぽど大変なんだなとそれが毎月起きる女性を心の中で尊敬した。
そしてこういう時の男は笑って聞き流すのが正しいだろう。
だから最初の『ふ』以外聞かないことにした。
「ねえ、聞いてるの?」
「ああ。うん。聞いてる聞いてる。そういう考え方もきっとあるんだろうな、うん」
「…………」
「ただ真百合、あまり大きな声を出すと音漏れで周囲に気付かれるから少し声量を下げてもらうと助かるな」
忘れてはいけないが俺は捕まって囚人だ。
見つかってはいけない。
「………ごめんなさい」
「いやいいって。ただもう一度言うが、真百合は白で俺も白いが汚れで黒ずんできている。対等だなんて思っちゃいけない」
「それでも、それでも私は…………」
こんなにわからず屋だったのは思わなかった。
「分かったよ。そこまで言うなら俺はもうお前を止めない」
「よかった。じゃあ――」
「ただもう仲間じゃなくなるな」
「え?」
「だってそうだろ? 俺を助けるってことは脱獄を幇助するってこと。それはどうみても犯罪」
例え今現在どんなに真百合が白かろうが、少しでも汚れてしまえば完全な白じゃなくなってしまう。
「俺の仲間は白だけだ。白くなければ仲間でも何でもない」
「…ぃゃ」
「ああ、俺だって嫌だ。でも仕方ないだろ。宝瀬先輩から黒になっていくんだから」
かつて仲野と俺は1年間ほど友好な関係だった。
でも俺は仲野が白くなかったと分かったので、すぐに関係を絶った。
すごく悲しかったし、残念だったと思っている。
でも俺の仲間は白くなくてはいけない。
「でも白くないからといってすぐに殺すとかはしないからそこは安心していいよ。今のところはだけど」
「やめて……お願いします。何でもするからお願い……」
「そんな大層にお願いしなくてもいいって。俺を助けなければお前は白だ」
「分かった。分かりましたから……嫌いにならないで…………」
分かってくれてよかった。
「ありがとな。分かってくれて。理解が早い、それでこそ真百合だ」
やっぱり真百合は最高だぜ。
「なんでよ……なんであなた…………そうなったの……………」
「ん? なんだって?」
「なんでも……ないから……大丈夫だから」
ならいいんだけど、俺に心配かけないように無理をしていないかと不安になってしまう。
「それにさ、実を言うとわざわざ手を借りなくても脱獄しようと思えば出来るんだよな」
「え?」
感知するギフト八目十目で真百合の居場所を探り、回廊洞穴で左手首だけを出す。
「ほら」
指をクネクネさせ俺の手だとアピール。
両手で強く掴まれた。
なにやら片手だけ濡れているんだけど、何でだろう?
まあいいや。
「だから真百合。わざわざ……っておい!」
舐められた。
「ごめんなさい。レノンが」
レノンとは真百合が飼っている大型犬の名前である。
以前泊まらせてもらったとき紹介された。
犬だから別に舐めるのは問題ないのだが、舐められたというより舐めまわされたの方が近い気がする。
それもじっくりねっとり。
そして再び舐められる。
別に犬は嫌いじゃないので舐められてても構わない。
「で、話の続きなんだけど」
「うん」
舐めるのが止まった。
真百合が返事をするのと同時にである。
「………………その気になれば脱獄は出来る。でも俺は一度もやろうと思わなかった。悪相手には何をしてもいいが、正義相手は正規の手順で戦わないといけない。たとえその結果が敗北だとしてもな」
今回の敵は今までとは勝手が違う。
明確に悪意が無い。
「気持ちは嬉しい。だから気持ちだけは受け取っておく」
「…………」
「これで終わり? 終わりならそろそろきるぞ」
「ま、待って!」
「まだ何かあるのか?」
この他に話すことなんてないと思うが。
「え、えっと……そう! 何か必要なものはない? そっちじゃ娯楽品少ないでしょ?」
「特には…………」
あ、そうだ。
一つあった。
「かゆみ止めの薬ない?」
「どうかしたの?」
実はまよちゃんとちょっとした戦闘をしたとき、スプレーで撃退したがいくつか取りこぼしがあって何回か噛まれたりさされたりしたんだった。
「ちょっと蚊と百足と蜘蛛に噛まれて」
「ちょ!? それ! 大丈夫なの!?」
声大きすぎ。
隣に寝ているまよちゃんが起きそうになった。
「大丈夫大丈夫。心配し過ぎだって」
「で、でも……」
「分かってる。真百合が何を言いたいか。分かったうえで大したことないって言ってるんだ」
「ならいいのだけれど……無理してない?」
「心配しすぎ。それに治そうと思えば鬼人化でも使って治せるんだから」
必要以上にギフトを使わない。
これがここのルール
それに作ろうと思えば虫刺されの薬なんて作れるんだ。
「ちょっと待ってて」
そういってわずか1分で塗り薬が俺の手元に来た。
はえー。
「他には……」
「無いな。あとこれ以上長引くといろいろ面倒になるからここいらできるぞ」
「ま、待って!」
捕まれた腕をふりほどこうとする。
しかし真百合は絶対に離さないぞと言わんばかりの力で、俺の手を放そうとしない。
仕方ないので獲った獣の皮算用でトカゲになり腕を切り落とす。
「じゃ、またいつか。会えたらな」
まあきっと会えないだろうとなと思いながら通話を止め、携帯電話を送り返した。
かつてとある漫画の最強キャラが強さの最小単位は自分の思いを通すことだといいました。
なるほどなるほど。
そして、この作品は主人公最強です。
補足ですが真百合さんは一樹くんの言い分に納得したわけではありません。ただ純粋な議論の勝負なら彼女が勝ちます。
ですが真百合さんは絶対に嘉神一樹を言い負かすことはできません。
嫌われるのが怖いから避けられるのが嫌だからそう言った理由は勿論ありますが、一番の理由として彼女が無能だからです。
こういうやり取りがあって6章冒頭に繋がります。




