黒白の少年VS灰色の青年 1
クソバエと共に懲罰を受けることになった。
げせない。
「てっめえ」
クソバエが文句言ってる。
今六月なのに五月蠅い。
「大人なら自分の責任はきっちりつけろよ」
なお、俺は反省しない。
もし次同じようなことがあったても同じことをしただろう。
懲罰室に行くのにもこのクソバエと一緒に行かないといけない。
当然二人での行動は出来ないので、後ろに看守が銃を構えて俺たちを監視してる。
懲罰室と書かれたプレートが扉の横に貼ってある。
実はまったく関係の無い部屋だったら笑う。
「入れ」
入った部屋に、2種類の人間がいた。
黒と白の服を着た囚人と、ベージュの看守服を着た看守。
その看守の中に一際目立つ人がいる。
神薙さんほどではないが身長190クラスの大男。
深く帽子を被っているが髪の毛が見当たらないので被る理由は分からない。
二重あごには剃れなかった髭が残っている。
そしてそんな特徴を凌駕して俺が一番気になったのは化粧をしていること。
女用の。
「……」
ひょっとしてカマの人ですか? と答えたい気持ちをぐっと堪え
「失礼ですがゲイですか?」
ナチュラルに質問をした。
これなら傷つかないだろう。
「そうよ、それがどうかした?」
この様に円滑に会話を進めれる。
「まず自己紹介しておいた方が良いわね。アダシここの所長をやってるの。名前は諸事情により伝えないけれど別に構わないでしょ? ここでは所長は一人しかいなくてあなたは一生ここで暮らすのだから」
「そうですね。所長」
上っ面だけの返事。
「120822番、何でここに呼ばれたのか分かってる?」
「はい、ですがなんで悪いのか分かりません」
正直に話す。
「懲罰をしたいのなら従います。ですが俺は早く与えられた仕事に戻りたいんです。出来るだけ手短にお願いします」
「安心して。10分で終わるから」
それは助かった。
それにしても何でわざわざ所長が俺なんかの懲罰に立ち会うのだろうか。
「取りあえず君たち、殴り合って、それが懲罰」
指さされたのは俺とクソバエ。
「いいんですか?」
「いいの。ただしどちらかが気を失うまでやめないこと」
それ最早ボーナスステージじゃ?
「……」
クソバエは何か考えていたが
「仕方ないですね。バディーですから」
納得したようだった。
「それでギフトの使用はありですか」
「ありでいいわよ、ただし3回まで」
3回か……そりゃいい。
「もちろん、攻撃していいのは相方だけアダシたちや他の囚人に一切の危害を加えちゃいけません」
言われなくてもあなたに加える気はありません。
「あと新たに手錠をかけさせてもらうわね。逃げ回ることが出来ない様に」
一人の看守が長い鎖付きの手錠を持ってきた。
これをお互いがつけることにより逃げることはできない。
いわゆるチェーンデスマッチだ。
なるほどと思ったがこれはおかしい。
そんなことしなくても俺たちには手首に爆弾が仕掛けている。逃げることはできない。
爆発したら周囲に大きな被害があるのでそれを防ぐためと無理矢理納得する。
看守は俺とクソバエに鎖をつけた。
で、そのまま歩こうとしたら
「おっと」
つまずいてこけた。
白々しいんですが……
「すみません。手を貸してください」
クソバエの手を握り立ち上がって
「おっとっと」
俺の方にこけた。
抱きかかえるように受け止める。
「ありがとうございます」
「……いえいえ」
これなんか仕掛けられたな。
多分この看守ギフトホルダーで俺が他者の能力を使うのにキスが必要なのと同じ、ギフト発動に条件があるタイプなのだろう。
その条件は恐らく対象に触れる。
しかもただ触れるわけではない。
同時に触れる必要があると見た。
ただ俺は黙っている。
もし指摘してこの懲罰が中止になったら嫌だから。
俺はこのクソバエ、全力で殴りたかった。
理由は知らん。
ほぼ初対面だから私怨なんて無いはずなのにね。
「最後に一つだけ、死んだら事故として処理するから」
忠告をお構いなしに俺はどんなギフトを使うのか考えていた。
まず鬼神化は確定。
身体能力の上昇、回復能力等自身のスペック底上げはこのルールにマッチしている。
しかも体力が持つ限り解除しなければ使用は一回。
むしろ使わない理由が無い。
あと2つ。
回廊洞穴は接近戦ではほとんど効果薄いのでパス。
雷電の球も同じく優先度は下がるか?
ほとんど使ったことないが氷結の女王でこいつの行動を縛るのもありか。
それか占里眼もありだが、そういう使い方をすると効果は似たり寄ったりだな。
複数ギフトがあると似たような能力もあるのが悩みどころ。
それぞれメリットデメリットがある。
氷結の女王は動きを止めることができ、一方的に殴れるし俺自身の消耗も少ない。
しかし、相手の動きは止めてもギフトの使用は出来る。
占里眼は動きを制限するだけだが視認できるギフトを発動できなくすることも出来る。
それにこっちは『運命』の能力。
例えば万が一こいつの能力が『時間』関係。例えば【過去の自分の動きを追体験できる】みたいな能力持ちの場合『論外』の氷結の女王では行動されてしまうが、占里眼では制限できる。
これはもう今考えても仕方ない。
その時になったら決めるがどっちかは確定としよう。
反辿世界は今回お休み。
俺が持っている全ギフトの中で継続使用可能時間が最も短い事、クソバエがどういう顔で殴られるのか見れないのが主な理由。
犯された聖少女は……殴るという目的に反しているのでパス。
考えた結果、ラスト一つはその状況にならないと分からないとの結論に至った。
初めは鬼神化で殴り、頃合いを見て他の二つのギフトを使おう。
「準備は良い?では、はじめ」
所長が開始の合図。
当初の予定通り鬼神化を発動。
鎖を手繰り寄せ、躊躇なくみぞおちにジャブを入れる。
クリーンヒット。
五臓六腑の半分はつぶれただろう。
「「がっ」」
しかし何故か俺にもダメージが。
「言い忘れてたけど、あなた達のダメージはお互いが足して2になるよう調整されているから」
なるほど、それがあの看守の不自然な行動に繋がるわけか。
ダメージの共有。
発動条件は同時に触れることだろう。
良いギフトだ。
「おい、あいつら何か仕込んでいるの気づかなかったのかよ」
「気づいたうえでやったんだ」
でもよかった。
想定していた範囲内、否、むしろずっといい。
ダメージを共有したところでこっちには鬼神化がある。
すぐさま回復。
観察するに自分が回復しても相手が回復するわけじゃない。
共有はあくまでダメージだけ。
「卑怯じゃね、それ」
「卑怯もクソもあるか。これが一つのギフトだ」
しかしこいつもそこまで堪えちゃいない。
回復系のギフトだろうか?
ならばそのまま攻め続けよう。
「おっらあ」
鎖を引っ張り力ずくでクソバエをこっちへ手繰り寄せる。
鬼神化の力に抵抗できず空中飛行。
拳を強く握りしめ歯を食いしばる。
左足を前にだし、全力で右の拳を殴りつけた。
顔面にクリーンヒット。
慣性の力により鎖はちぎれクソバエの顔面はミンチになる計算だった。
「がっ」
取りあえず、ダメージは与えたことは確かだ。
俺の頬に激痛が走る。
しかし、それだけ。
俺が治すため脳は傷付けないように殴ったが、それでも歯や骨は粉砕できる威力なのにただの激痛。
お互いの口から軽く血が流れる。
そしてそれ以上に俺を驚かせたのは
「(右手の鬼神化が解除されている?)」
全身鬼神となった俺だが、そのうち右手首から上が普通の人間体に戻っていた。
この能力と似たようなギフトを俺は知っている。
柳動体
最近は触れることのできる能力に出会えずご無沙汰だったが、今でも十分強いギフトだと思っている。
触れた超常現象を吸収できる。
だがそういう能力と分かれば対策は容易い。
要は触れなければ問題ないわけだ。
「氷結の女王」
クソバエの動きを止めた。
ここで終わらせる。
触れるという条件持ちならば、服の上から殴ればいい。
こいつの腹にドでかい風穴を入れる。
今度は一度深呼吸をし、右手を十分引く。
これで終わり。
右手を突き出す。
狙いはあばら家の中にある心臓以外の臓器。
何も考えずただ一撃を加えるため最短距離で真っ直ぐ拳をふるった。
だがここで邪魔が入った。
クソバエと俺の拳の間に看守が一人割り込んだ。
「やめてください!!」
「ちょっ!?」
当然ながらいきなり拳を止めることはできない。
このままでは看守に俺の拳が当たってしまう。
ほぼノータイムで重力を操作し、俺の体を無理矢理地面に叩き付けた。
しかしこれで俺は3つ能力を使った。
「これで3つ、もうお前は能力を使えない」
鬼神化はもう解除してしまった。
その状態のままだと重力を10倍にした程度で動きを止めることができなかったから。
そしてあまりにも力任せで俺を押さえつけたため、氷結の女王が解除されてしまう。
3つまでという約束でもう3つ使ってしまった。
クソバエは地面にひれ伏した俺を思いっきり蹴り飛ばす。
「ふざけんな! てめえ看守に何をした! 危害を加えるなってルールがあっただろうが!」
「いやいや、この看守が勝手に飛び出したんだ。だよな?」
「…………はい」
「だからオレは無罪」
右親指を立て逆さにする。
恐らく看守が割り込んだ原因もギフト。
これに似た能力も俺は一度であったことがある。
それと確実に言えるのが吸収するのと操るのは確実にベクトルが違う。
間違いなくこの二つの現象は異なるギフト。
ギフトは例外を除き一人1つ。
早苗は鬼人化と鬼神化の2つのギフトを使えるが、それは鬼人化の成長過程、フォームチェンジだ。
真百合の反辿世界は元々『世界』を巻き戻す能力しかなかったが、応用をきかせ3つの能力みたいなギフトになったと聞いている。
しかし、それらは基準となるギフトがありそこから派生して様々な形になっていったものだから、ギフトが一人一つのルールは守っている。
今こいつは確実にそのルールを違反した。
だが俺はその例外を知っている。
間違いない、確証はないが確信した。
こいつは……俺や父さんと同タイプの能力者。
他者の能力を自分のものにする他力依存型のギフトホルダー……!!




