伍ノ弐 林田稟と完善懲悪
シングルレート1900いきました
真百合に手配してもらった飛行機の中で稟のことを考えていた。
狩生武、坂土素子をこの手で消した時良心は痛まなかった。
クズと死者だからだ。
ただ林田稟は違う。
完全に善人。
俺の一番の友達。
東京の全寮制の高校に上京している。
理由は主に豊穣町にいることが難しいからだ。
本当に最低な奴らだった。
唯一稟だけがまともだったのに……
「やってらんねえよ」
俺は今までに何人も人を殺してきたが、生まれて初めて悪く無い奴を殺すのだ。
愚痴りたくもなる。
早苗の為……という言い訳はしない。
俺が決めたんだ。早苗と稟どちらが大切かを。
早苗は優しいし稟は正しい。
優劣をつけることはできない。
だから俺は別のところ家で決めた。
衣川組は暴力団だが本当に、奇跡的に、今でも信じられないがそこまで悪く無い。
法律的にグレーゾーンなことはしているが私利私欲のための行いはやっていない。
実は小説の話だと言われればそっちを信じてしまいそうな話だ。
で、その一人娘の早苗がいなくなった時衣川組がどうなるのか考えた。
確証はないが普通の暴力団に戻る。
言葉ではうまく説明できないが、香苗さんがトップをやっているが実は早苗が裏で糸を引いているような……。
裏で糸を引くなんて早苗に最も似つかわしくないがな。
そういうことで最終的に選んだ理由として早苗だからではなく衣川だから選んだわけだ。
プライベートエアポート?を降りると一斉にスタッフが出迎えてくれた。
そういえばここは宝瀬の本拠地だった。
23区以外は全て宝瀬の私有地、ここじゃ有名すぎる名前だ。
「「「嘉神様、我々に何かできることはありませんか?」」」
軍隊のように整合の取れた動き。
「えっと……今取れる宿を探してもらうことは出来ますか?出来るだけ安いところで」
行き当たりばったりの行動だ。宿の予約をしていなかった。
スタッフたちは一斉に携帯電話を取り出しどこかに連絡する。
5秒たって
「でしたら、不肖羽田が紹介させていただくのは、帝国ホテルの最上階。お値段1000円で泊まれますよ」
「ファ?」
「待ってください。そんなところに御泊めなんて出来ません。こちらの東京グランドホテルが今だけ何と無料なんです!! 」
「ハァ?」
「いえいえ。こちらのオークラホテルに泊まれば3万円がついてきます」
どれも最高級のモノなんですか……
宿泊施設ってそんなに安かったっけ?
「あ、あの……」
「この松永が」
「いえいえ。長峰が」
なんだろう。自己アピール激しくないか?
最高級というのは分かるが一番いいのがどれか分からない。
庶民だからね。
というわけで適当に選ぶ。
「かしこまりました。あなた様のお役に立てたのはこの鮎川だというのを宝瀬お嬢様にお伝えください」
「は、はい」
なんだろう。死んで二階級特進になるか生きて二階級特進になるかその境目を生還した目をこの人はしていた。
「ぽかーん」
間抜けになるくらいホテルの部屋が広かった。
なんだこれ?
ホテルというより城だ。
奥さんここ税込105円なんですって。
こんなとこ泊められたら逆に落ち着かない。
それに俺はここで宿泊しに来たんじゃないし、さっさと出て稟を探す。
しかしそこで鉢合わせ。
「ルームサービスはいかがですか? 100年物のロ○ネコンティを用意しましたが」
俺未成年だから飲めません。
この国の成人は17なのであと半年ちょっとかかります。
なんで誕生日1月何だろうな俺。
俺の記憶で稟は青銅高校という全寮制の男子校に入学していたはず。
ナビを頼りにまずはその高校を探した。
本当にここ交通の便がいい。
直通で目的地まで行くことが出来た。
初めて生でこの青銅高校を見たが酷い。
偏差値30台の末端中の末端。
名前を書けば受かる、それが比喩ではない。
当然そんなところにいる生徒はまともではないのは、有刺鉄線が張り巡らされている壁を見れば一目瞭然だろう。
何かあればすぐ駆けつけると約束したが一度も稟は連絡をかけてこなかった。
門も当然厳重に鍵がかかっており侵入は不可能。
回廊洞穴を使えば能力的には出来るが違法なのでやらない。
当たり前だ。
とはいえ合わないと何もできないので門番に頼んで入れてもらおうとした時
「イツキ」
その声を忘れたことは無い。
俺の唯一無二の親友。林田稟だ。
しかし、俺の知っている凛と様子は変わっていた。
記憶では時雨並みの150台の低身長だったが、今の稟は180ないし190はあろうかとする勢いだ。
俺じゃ無ければ間違えるだろうが間違えるわけがない。
「久しぶりだな。稟」
「…………うん。あえてうれしいよ」
何て声をかければいいか考える。
俺はこれから稟を殺す、そのために来た。
それを伝えなければならない。
「キミがここに来たということは彼女の方を選んだんだね」
「すまない」
「構わないよ。イツキがそう決断したんだろ?」
笑顔で俺を諭そうとするが、余計に辛くなる。
「ボクは抵抗しない。さあ、殺してくれ」
「…………あと四日」
「ん?」
「あと四日あるんだ。あの糞女神が提示した期限は日曜の午後7時。それまで俺はお前を殺さない」
「…………」
「だからそれまでなにかやりたいことは無いか? 俺に出来ることなら何でもするから」
例え存在が消えようがみんなが稟を忘れようが俺は絶対に忘れない。
「そうだね……じゃあさ、遊ばない?」
「遊ぶ?」
「ボクら中学時代は喧嘩ばかりだったじゃないか。ちょっとくらいなら、ね」
確かに俺達はまともに遊んだことは無かったな……
「おっけ。金なら任せろ。思いっきり遊ぶぞ」
例えそれがどれだけ無意味な行為だと分かっていても。
やってはいけないとわかっていても
引き伸ばさずにはいられなかった。
『時間』の能力を受けたと錯覚するくらいものすごい早く時が流れた。
なんと制限時間まで残り1時間。
俺と稟は河川敷に佇んでいた。
「…………」
「…………」
……………………
稟はなんだか少しだけ機嫌が悪そうだった。
そりゃ自分が殺されるのだから当然か。
「イツキ、あと30分だよ」
「なあ、今まで聞く機会なかったんだが稟はあの女神からどんな能力を貰ったんだ?」
「知らなかったの?」
狩生は並行世界に逃げ素子ちゃんは因果から逃げた。
あの女神が稟にどういう能力を与えても本人が使わないのならそれまでだと思っていた。
ではなぜこのタイミングで聞くのか。
少しでも伸ばしたいからだ。
「…………ボクは知っていると思っていた」
「え?」
「ボクはイツキが知っていてそれでもボクを殺しに来たのだと思っていた」
「何を言っているんだ? 稟」
「ボクのシンボルは戦闘向けじゃないよ。もちろん闘争向けでもない。かといってそんなのをはるかに上回るモノなんだけどね」
稟は希望に満ちていた。
絶対的な証拠を裁判官に提出する弁護士のように。
「ボクのシンボルはね、完善懲悪能力は見てもらった方が早いと思うよ」
稟は遠くの学生を指す。
そいつは未成年ながらタバコを吸ってその吸殻をポイ捨てしていた。
「おーい。そこの君!」
「……?」
稟が呼ぶのを聞いてこっちを見る。
なにやら因縁をつけて金を巻き上げようと算段を立てていそうな顔だ。
その顔を見て呆れるように稟は
「ねえ。自害して」
学生は持っていた煙草を全て口の中に入れ火をつけた。
「んぐぐぐぐぅうううう」
学生は吐き出そうとするが両腕がそれを拒否している。
数分悶えやがて沈黙。
死んだっぽい。
「ボクのシンボルは悪の支配。悪い奴を懲らしめ殺しめるそんなシンボルだ」




