奪うもの 奪われたもの
エマージェンシー、エマージェンシー
急展開注意
「やっはろー。僕ちんだよ」
その中学生はブロンズ色の髪の毛をしていた。
それ以外は平均的な顔だ。
典型的な日本人の顔。
それなのに誰に似ているか、そう聞かれたら俺はこう答えるだろう。
神薙信一に似ていると。
目鼻口、似ている所なんて一つもない。
ただ一つ、雰囲気が同じだった。
存在するだけで圧倒される何かがある。
人間相手では決して感じる事の無い何かが。
「まあまあ。そんな緊張しなくても君には何もしないからね」
「…………何者だお前」
「神様だよ」
中学生は答えた。
「神なんているわけないだろうが」
「いるもん。ここに」
「もう一度聞く。お前は一体何者だ?」
「だーかーら、神様なんだって。正確にいえば柱神なんだけど君にはどうでもいいかな」
話が通じない。
「おっけ。じゃお前が何者なのかはひとまずおいておくことにしよう。ここは男子トイレなんだが」
「知ってる」
「お前男か?」
「一応女」
「ここは男子トイレなんだが?」
「だから?」
「頭わいてるのか?」
「女が男子トイレに入っても問題ないよ。逆はアウトだけど」
「知ってる」
「だったら問題ないんじゃないかな?」
「じゃあなんでここにいる?」
無駄な会話に見えるがこれでも戦闘態勢というのはとっている。
相手がどんな存在なのかを見極めないといけないからだ。
しかしどうみても中学生だ。
強そうには見えない。
「君と二人きりで話がしたくてね」
笑顔。
「悪いが俺はロリコンじゃないんだ。愛の告白なら受け取らないからな?」
「いや、そういうキモいジョーク良いから」
笑い飛ばされた。
割と普通の反応だが、俺がこのジョークを使うと本気で気持ち悪がられるか、なんかいい雰囲気になったりするのと大体二択なのである意味新鮮。
「じゃ、なんだ?わざわざ、うる笑しきもとい麗しき乙女が男子トイレに入ってまで話したいこととは何だ?」
「えっとね」
なんだ?
「茶番長いんだよ」
「は?」
「君さ、3章終了してから何か月たっていると思ってるの?終わったのが9月で、この話を更新した時はもう2月。今時の週刊誌ですらもっと中身があって展開が早いよ」
「だからお前何言ってんだ!?」
神薙さんといい、この女といい訳の分からないことをいうのが流行ってるのか?
「『物語』持ちはメタ発言できるんだ。知らなかったの?」
「だから!」
「本当は君も出来るんだ。いや、出来ていたというのが正しいかな」
「おい話聞け」
「ギフト・シンボル含め『物語』の能力をある程度でも使えこなせていれば、できるようになっているんだ」
「…………」
どうやらこの女子中学生は自分の話だけをしてこっちの話なんて聞く気はないようだ。
「それじゃまるで俺が能力を使いこなせていないみたいな言い方だな?」
「そう言いたいんだって。君は本来の力を封印されているんだから仕方ないというのはあるんだけどね」
本来の力?
「そんなことはさておき、こっから大事な話だ。よく聞いてほしい」
中学生は俺に向かって人差し指を突き出した。
「誰でもいいからさ、君のクラスメイトから一人殺してくれないかな?」
「はあ?」
本気で理解が出来ない。
わけが分からない。
まるで意味がわからない。
つまりどういう事だってばよ?
「聞こえなかった? もう一度言うね。『誰でもいいから君のクラスメイトから一人選んで殺して』」
「おい! 冗談はやめろ。最近の中学生は言っても大丈夫なことと悪いことの区別がつかないのか?」
「本気だよ。それに僕ちんは中学生じゃないって」
俺は掴みかかり、お灸を添えようとしたが、触れることすらできなかった。
俺の手は中学生の体とぶつからずにそのまま通り抜けたのだ。
「お前、幽霊か?」
「しつこい。神様だって」
チョップされる。
受けてもいいと判断しかわさなかった。
「さっきの話と繋がるけど、君の茶番のような日常なんて誰も興味ないから。さっさと異能バトルやってもらわないと色々と困るんだって」
「…………」
「長ったらしい茶番はもうおしまい。多少強引でもバトっちゃおう。みんな大好き異能バトル、それに戦わないと話にならないからね」
「…………」
本当にこいつは何を言っているのか分からない。
だが分からなくても解ってしまう。
危険だ、間違いなく。
「言いたいことは伝えたから。従うか従わないかは君の自由だ。精々頑張りたまえ。主人公代理」
呆然としていたが、俺は人を待たせていることを思い出す。
「わりい。ノロってた」
「大丈夫?保健室いく?」
心配してくれる八重崎。
「気にしなくていい。ピークすぎたから」
ただ俺の頭の中はあの中学生でいっぱいだった。
底が知れない。
敵かどうかも分からない。
言っていることを考えれば100%敵だが、あくまでも言っているだけだ。
「何か、あったんですか?」
俺の様子を心配したのか、月夜さんが声をかけるが
「いや、何もなかったよ」
結局、無視をするという選択をとることにした。
当然と言えば当然だが、逃げの選択は最悪に近い結果を生むことになる。
午後の部も終わり、体育館で来賓や校長の自己満足としか言えないスピーチを延々と聞かされる。
生徒会長の真百合が、売り上げの発表。
なんと我が2年10組がトップをとったのだ。
表彰式に八重崎。
一瞬、真百合がなんで俺が来ないのかという顔をした気がした。
いつも通りの気がしただけなので、そんな気持ちは考慮しない。
後片付けは、俺がある程度やっていたこともありすぐに終わった。
「みんなお疲れ。振替休日の時、売上で打ち上げやるから強制はしないけど来るように」
これにて2年10組の文化祭は終了。
ただ何か忘れている気がする。
思い出せない。
ただ俺にはまだ仕事があり実行委員として最後の報告がある。
その報告をしてもまだ思い出せない。
「うーん」
忘れるということは、どうでもいいことだったのだろうか?
「そういえば嘉神君」
真百合が俺に話しかける。
「喫茶店の時お義父様と何を話していたの?」
あ。
思い出した。
父さんと落ち合う約束をしていたのを。
やっぱり忘れるということはそこまで重要でもなかったのだろう。
ただいくらなんでも行かないと失礼か?
「真百合、屋上の鍵貸してくれないか?」
「いいわ、どうしたの?」
いつも思うのだが、こういうのは理由を聞いてから承諾するかどうかを決めるのが正しい受け答えではないのだろうか?
「父さん待たせているのを思い出した」
「そう。着いていってもいいかしら?」
「別に構わないが、そんな面白いことやるわけじゃないぞ」
「いいのよ。私の目的はあなたと一緒にいることだから」
本人がやりたいといって断る理由は特になかったので承諾することにする。
尚、最後の言葉の意味は深く考えないことにした。
今は6月なので19時でも、まだなんとか陽が残っている。
夕焼けをバックに父さんがいた。
地味にかっこいい。
ただし何時間もここで待っていたかと思うとちょっと哀れ。
なお俺は謝らない。何故なら父さんはロリコンだからだ。
「一樹、父さんはずっとここにいたわけじゃない。未来を知ることのできる『未来のその先』を使って、一樹がいつ来るのを知っていたから来たのはついさっきだ」
「おいこら、またあんたも地の文がどうこう言い出すのか?」
「まさか、父さんのギフトは『法則』ランク6でしかないからメタ発言なんてできない。やったのは他人の思考を読むギフト『醜見思考』を使っただけだ」
「あんたいくつギフト持ってるんだよ」
「50」
また増えてる。
「つうかランクってなんだ?」
「父さんがお前に会いに来たのはそれを伝えるためだ。ただその前にオレに聞きたいことは無いか?」
ちらりと父さんは真百合を見た。
「別に一人で来いなんて言っていなかっただろ」
「ああ。分かってる。来させるつもりで言ったんだから」
なんか少し怪しい空気。
「それより一樹、あるはずだぞ。オレに聞きたいことが」
そうだな。
「いろいろある。一つじゃなくてもいいんだよな?」
「ああ。ただ父さんが伝えたいことを伝えたらすぐに帰るから全部聞き切っておけ」
では。
「そうだな。まずは俺が一番聞きたかったことを聞こうかな」
「なんだ?」
「それはだな…………父さん、あんたはロリコンなんだよな?」
ずっこけられた。
「お前一番聞きたかったのがそれなのか」
「ああ。本人の口からきいておこうと思ってな。否定してもロリコン認定は解除しないから」
「答える意味ないじゃないか」
父さんは頭を抱えたが、まじめな顔をして答えた。
「そうだ、父さんはロリコンだ。だったらどうした?」
開き直られました。
「一樹、父さんは少女が好きだ、幼女が好きだ、発達していない女の子が好きだ、巨乳よりこれから巨乳になりそうなおっぱいが好きだ、大きい女より小さい女が好きだ、何よりくるぶしと母さんを愛している。で、だからなんだ?」
「「…………」」
まあね、少しは期待していたんだ。
実は母さんを愛しているだけで、それがたまたま小さい人間だったんだっていうオチを。
ただ現実は非常だった。
俺はすごく悲しい。
自分の父親が変態だというのを。
「ロリコン!! ロリコン!! ロリコン!! ロリコン!! 」
思わず全力で罵倒してしまう。
「かっこいい・・・嘉神君・・・かっこいい・・・・・・」
それに顔を赤らめて反応する真百合。
「はあ」
父さんはため息をつき、
「勘違いしているようだが、ロリコンは悪口じゃない。褒め言葉だ!」
「ッ!?」
「野球選手にプレイヤーといって怒られるか?怒られないだろ! それと同じだ! オレはロリコンだがロリコンにあることに誇りを持っている!! 言われて傷なんてこれっぽっちもつかない! むしろ心地よさすら感じるくらいだ!! 大体幼女が好きなくせにロリコンと言われて嫌がる人間はただの犯罪者予備軍だ! だからオレは臆さずにこう言おう!! オレはロリコンであると!! それを誇りに思っていると!!」
「「…………」」
「決まったっ……どうだ?今のなかなかイケていただろ?」
「え?あ、そうですね。もうお帰りください嘉神さん」
実の父親に敬語を使い始める。
「本気で気持ち悪い。なんでこんな奴社会にのさばらせているんだ? 死刑でも極刑でもしておくべきだろ」
「ええ。失礼だとは思うけど、一度病院に行くことをお勧めするわ」
やはりロリコンは悪だ。
異論なんて認めない。
「他には何かあるか?」
「ロリコンを死刑にする方法」
「それ以外」
実に使えない親だ。
「というか人の思考読めるなら質問させる必要ないだろ」
「10年ぶりにまともに息子と会話する機会だ。わざわざそんなことするなんて勿体ないだろ」
お、おう。
先ほどのロリコンの会話さえなければ、もっと親身に話せたのだろうな。
「そういや父さん神薙さんとはどういう関係なんだ?」
「あー。あれか」
割と困った顔。
「お金借りてるんだ。あの人に」
「知ってる」
「でさ、返さないといけないんだ」
「いくら?」
「秘密だ」
そうか。
「じゃ、父さんここからはまじめな質問。神薙信一の能力を教えろ」
「……は?」
「いや、聞こえなかったわけじゃないだろ」
「知ってどうする?」
「戦う」
父さんはオーバーリアクションで俺の考えを否定した。
「やめろ、あれは戦うとか戦わないとかそんなレベルの話じゃない。基本戦えないし戦った時点で負けだ」
「質問に答えてくれ。能力を教えて」
父さんは少し迷ったようだが
「世の中には知らない方が良いものというのもある。あの能力はその類。知ってしまったらオレたちのやっていることが茶番になってしまう。本当にあの能力は話にならないレベルであれなんだ」
質問した内容を答えない親だった。
「あとはそうだな…………あ、そうそう。思い出した」
「なんだ?」
「○×○×○×○×○×○×○×」
「それ先聞け」
この後もいろいろと教えて頂いた。
「こんなところだ。で、父さんの方の用事はなんだ?」
「その前に、宝瀬の娘さん。反辿世界の『世界』を止めるバージョンを使ってくれないか?」
「…………」
「……一樹からも頼んでくれ」
「頼む真百合」
「反辿世界」
いつも通り色が反転している|停止した世界。
「何秒なの?」
「限界まで」
20秒経過。
「あれ?真百合って限界20秒くらいじゃなかった?」
「ええ。そうだったはずよ。自分でもわからないわ。それに使って疲れるという感覚が全くないの。寝ながらでも使い続けることができそうなくらいよ」
1分経過。
「もういい。ありがとう」
真百合は全く疲弊したようには見えない。
父さんはその結果を予測していたようだった。
「父さんが今から話すのはランクの話だ。そんなに重要な話じゃないから頭の片隅にでも入れておくレベルで聞いてくれ」
「おっけ」
「神薙さんからクラスについては話を聞いたことがあると思う」
「『時間』だの『物語』だのだろ?」
「そうだ。あの人の説明通り『時間』系の能力は、どうあがいてもその上の『運命』、『世界』に勝てない。『運命』は『世界』や『法則』に勝てない。それがクラスの上下関係。父さんがするのはその続きだ」
「続き?」
「ああ。同じクラスの能力が対峙、『時間』vs『時間』、『運命』vs『運命』の場合どうなるかだ」
「どうなるんだ」
「わからん」
「おい」
何しに来たんだ。
「場合によるとしか答えられないんだ。そうだな……例えば雲迷路を覚えているか?」
「ああ。一応は」
対象を決めその対象が近いうちに死ぬ『運命』になるだったはず。
「神薙さんの嫁の一人に確定未来で、自分で『運命』を決める人がいただろ」
「覚えてる」
「その二つの能力がぶつかる、死の『運命』とそれを否定する『運命』どちらが適応されるかという話だ」
「で、答えは分からないと」
「ああ。だが基本的にランクが上の確定未来が勝つ」
「その基本的以外は何があるんだ?」
「精神状態、その場の流れ。使っている人間の価値。その他もろもろいろんな要素がある」
「それ最早ランクの意味ないだろ」
「だから最初にあんまり気にしなくていいと言ったんだ。ポケ○ンで例えるなら、クラスが優先度、ランクが素早さなんだ。上昇補正やスカーフ、すいすいや葉緑素でいくらでも変えようがあるのがランク。爪が発動しても問答無用で先を行くのがクラス」
ポケ○ンを長い間やっている俺には分かりやすいところだったが
「?」
やり始めて間もない真百合には余計に分からなくなっているだろう。
「とりあえず今は気にしなくていい。『物語』持ちなんてほんの数人と神様しかいないんだから。ただ一樹が、神殺しをし始めるときは、重要になってくるぞ」
神殺しねぇ。
そういや、あの中学生のこと聞くのを忘れてたな。
まあいいや。
「で、一旦一樹相手の話は終わり。次はお前だ」
「え?」
面と向かうのは真百合。
「言っていただろ。オレは未来を知ることが出来るって。来ることくらいわかっていたし、来させるようにしたんだ」
「そう、それで何の御用かしら。お義父様」
父さんは苦笑い。
「二つお前に言いたいことがある。一つ目はオレの息子をどうかよろしく頼む。頭のネジどころか歯車が数個ぶっ飛んでいるが悪い奴じゃないんだ。最後までこいつの味方をしてやってくれ」
斜め四十五度で頭を下げた。
「い……言われるまでも無いわ」
クールにふるまおうとする真百合だったが、やはり彼女も驚いていたようだった。
顔を上げ、少しうれしそうな顔をしたかと思うとまじめな顔になり
「二つ目、ごめんなさいだ」
父さんは強引に真百合とキスをした。
「「え?」」
俺達はこの流れを理解できずに固まってしまい
「反辿世界」
真百合の物だったギフトを使う。
俺は動けたが真百合は止まっていた。
「よし、計画通り」
「おい! あんた今何やった!! 」
「一樹は父さんのギフトを知っているだろ? 口盗め。奪ったんだ。ギフトを」
確かに俺は父さんのギフトが口盗めで、キスした相手の能力を奪うというのを知っている。
だがそれは敵に使う能力だと思っていた。
味方に使っていい能力じゃない。
「勘違いしているようだが、オレは一樹の味方であって、一樹の仲間の味方というわけじゃない。さて、さっきの話の補足だが反辿世界は『世界』のランク9つまりは最高ランク、手に入れない訳ないだろ」
「そんな話をしているんじゃない! 人の物を勝手に盗んで何とも思わないのか!!」
「思わない」
即答された。
「なあ、俺はな、あんたが殺し屋だと知った時きっとゴミの掃除人だと思っていたんだ。どうしようもない奴を殺すため社会を捨てたんだってそう思ってたんだ」
「それで合ってる。完答じゃないが」
「なのに、何だ!! 自分勝手に人のギフト奪っていいと思っているのか!!」
「そうか。じゃあ一樹。オレの代わりに謝ってくれ」
何なんだよ、結局の所父さんも敵なのか?
「分かっていると思うが、反辿世界は『世界』口盗めは『法則』やり直すのは構わないが、奪われたギフトは返ってこない。オレの用事は終わったから前に言ったとおり帰る。1分後解除するからあやしてやれ、あばよ」
それだけ言い残してその場から消えた。
瞬間移動だろう。以前もやっていたから。
止まった『世界』の中、俺は立っていることしかできなかった。
そういえば父さんは早苗の母親の香苗さんのギフトを奪っていたな。
あの時はずいぶんと過去の話だったので笑い話にすらなっていたが今回は勝手が違う。
何て俺は謝ればいいんだろうか。
そろそろ一分経つ頃合いか。
『世界』が活動し始める。
「あ…………」
「えっとだな真百合――――」
取りあえず謝る。
謝る前に真百合の口が動いた。
「違うの嘉神君! あれはあなたの父親が無理やり私を襲ったのであって私は全然認めていなかったの。知っていればもちろん私は全力で回避していたわ。確かに嘉神君のお父様に嘉神君のことを任せると言われて若干自分の妄想にトリップしたのは事実だけど、それはあくまで嘉神君のお父様がわたしたちの関係を認めてくれたことに嬉しくなったってだけであって嘉神君に対する浮気じゃないの。その所為で油断もあったわ。もちろん私にも落ち度があるのだけどそれでもそれは不慮の事故であって決して故意じゃないことを嘉神君も分かって貰えると思うけど。いいえ、言い訳なんて聞きたくなかったわね。私が取るべき行動は第一に謝るべきだわ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ねえ? どうしたら許してくれるの? 土下座や靴舐め程度じゃ許してくれないのは分かっているけど何でもするから許して。お願いよ、何でさっきから何も喋ってくれないの?もしかしてさっきから何も喋らないのはすぐに泥水で口を洗わなかったのが原因なの?だとしたら気がつかずにごめんなさい。今からだと泥水までたどり着くまで最低二分以上はかかるわ。そんなの意味ないでしょ。そうだわ! 今すぐ舌を噛み切って自分の血で償えばいいのよ! それでもまだ許してくれないのなら一体私は何をすればいいの!? ねえ嘉神君無視しないで何か言ってよ!!!!」
この女めんどくさいです。
それにしても俺は生まれて初めて女が本気で泣き崩れるのを見た気がする。
いつもなら適当にあしらったり、話を変えたりするのだが今は状況が状況、親身に対応するべきだろう。
泣き崩れている真百合と同じ目線に立ち
「俺の父親がすみませんでした」
謝罪した。
「いいえ。謝るべきは私の方で―――――そんな嘉神君頭下げないで、あ ああ」
舌が回っていない。
「本当に申し訳ございませんでした」
土下座。
「何でもするんで許してください」
「ん?」
ん?
「今なんでもするって言ったわよね?」
「言ってない!」
身の危険を感じた俺は顔を上げた。
未だに泣いているのには変わりはないが、この目はこの一週間ろくなものを食べていないハイエナと同じような目をしていた。
思わず後ずさる。
這いつくばって追ってきた。
「ひっ!」
そしてそのまま押し倒された。
そんなに力はかかっていなかったが全く抜け出せる気がしない。
「食われちゃう!!」
暴れるが全く動けない。
「ねえ」
「ナンデスカ?」
カタコトになってしまった。
「キスして」
「……あるぇ?」
「思いっきりして。息なんか出来ないくらいに力強くして。嫌なこと全部忘れるくらい激しくして」
どうやら真百合は泥水の代用として俺を選んだらしい。
「いいんですか」
何も言わず、しかし何度も頷いた。
俺はそのまま自分の舌を口の中にいれた。
いつもは甘い舌だが今日は鉄が混じっていて苦い。
咥内に舌をかき混ぜ苦い液体を舐めとる。
それに鼓動するかのように真百合も俺の口の奥に舌を伸ばしていく。
どちらも遠慮しない。
ぐちゃぐちゃと下品な音を周りに垂れ流そうがお構いなしにお互いを貪る。
陽が落ち切るまでその行為を続けたのだった。
俺達がキスを止めたのは真百合が倒れたからである。
なんかあったのかと思ったが、眠っているだけだった。
人とのキスの間で寝るなんてどうかと思ったが、以前も真百合が俺と話しているときに眠っちゃったのを思い出した。
思い出しただけで特に何も思い当たることなんてない。
だから俺はそれ以上彼女に踏み込むのを止めた。
それがお互いの為になると信じて。
文化祭の代休の月曜日、稼いだお金で俺達は食い放題の店でご飯を食べた。
参加したのは全体の三分の二、多くも無く少なくも無くといったところか。
その時酔った高峰先生が俺にキスをした。
修羅場った。
思い出したくない。
その後も二次会でボーリングやカラオケをした。
全ての予定が終わり
「嘉神くん」
八重崎が俺に声をかけた。
「なんだ?」
「ありがとね」
「なんのこと?」
「文化祭だよ。嘉神くんがやってから文句言えって言ってくれたから、わたしやりたいこと見つけた」
よかったじゃないか。
「なに?」
「経営」
「じゃ、二学期から理系に進むんだな?」
「嘉神くんも理系だよね」
「ああ。医者が第一」
「すごいなー」
「いや……金かかるし72でも結構危ないんだって」
厳しい世界である。
「よかったら今度数学教えてよ」
「いいよ。ただ今度じゃなくて明確に日時を指定した方が良い。そうしないと怠け癖がついてしまう可能性があるからな」
「あはは。厳しいね」
人間とはそういう存在だからな。
「じゃ、明日から家庭教師でもしても?」
「いいね。じゃまた明日」
「うん。また明日ね」
こうして俺は八重崎咲を見送った。
その翌日の火曜日、文化祭が終わり最初の授業。
いつも通り朝起きて、まずいご飯を食べ、登校し次はいつも通り朝のホームルームを受ける番だった。
「今日も全員居るな。終わり解散」
昨日のキスの件か、俺を見るとすぐに逃げ出そうとした高峰先生。
「いや八重崎がいません」
どうしたんだろうか。昨日はあんなに元気だったのに。
俺は終わったら昨日交換した連絡先でメールでも送ろうかとそんなことを考えていた。
「ん?どうしたみんな?」
誰も俺に目を合わそうとしない。
しかし、俺の言ったことについて違和感を覚えているようだった。
そんな中ただ一人だけ早苗が俺に、とんでもないことを言ってのけた。
「八重崎とは誰だ?」
試験があるので次の更新は遅れるかもです
あと分かっている方もおられるかもしれませんが『チート戦線、異常あり。』は異常者もいますという意味が含まれます。




