黒白改め白狂の悪魔 1
みてみてこの明るい章タイトル
9章を思い出すね
「おかえり。一樹」
「……………………ただいま」
酷く冷たく暗かったが、不快ではない監獄にいたのだと思う。
このまま溶けて永遠の眠りにつくのではないか、そう思うほどに眠い場所にいた。
彼女の声が聞こえたとき、この寒暖差で死んでしまうのではないかと感じるほど寒かったし、彼女は熱かった。
こういう時知らない天井というのが一種の礼儀なのだろうが、知っている雪空だった。
しんしんと雪が降りそそぐ空の半分を、よく見た彼女の頭で覆っている。
そうだ。早苗だ。彼女の名前は衣川早苗。
それは間違いないのだが、俺の知っている早苗とは何かが違う。
ただそれが何なのか、はっきりとは分からなかった。
歴史を知るギフトがあったから、どっかで調べるか、それかもっと直接月夜さんに聞くって手もある。
「身体はどうだ? どこか痛いところはないか?」
「へーき。色が見えない以外は健康優良児だ」
「そうか。よかった」
感極まったか、握る手がより強くなる。
砂糖菓子のようにどろりと溶けた。
「あっ、いぃっ」
「す、すまん!」
あまりの痛さにのたうち回る。
完全に油断した。超悦者を防御に回してなかった。
とはいえ身体が溶けた程度いくらでも……あれ?
なんで俺今ダメージが入っている?
人形にダメージを押し付ける能力と、同時破壊しないと壊れない能力により俺は実質無敵なはず。
「まさか早苗、壊しちゃったか」
ずっと思っていた。早苗のシンボル、速攻発揮正宗なら攻略できると。
「いや、あれはポーズだけで実際は一切狙ってなかったぞ」
「あれ?」
何のことかわかってない。
寝起きなんだからこそあど言葉が伝わるとは思わないので欲しい。
「呪いっぽいからでしょ」
気持ち的にはY軸上、現実的にはX軸上の先から聞きなれた声がする。
「真百合か」
「本当にお久しぶりね。久しぶりに声を聴けて嬉しいわ」
「久しぶりって…………」
言われてみると数時間寝た程度じゃないほどの深い時間眠りについていた気がするのだが、具体的な日数までははあくできない。
ま、まぁ今は目下の状況把握を優先しよう。
「呪いって、ギフトは呪いじゃないだろ」
「その通りよ。でも、ダメージを人形に移しかえたたり、特定のモノを破壊しないと始末できない能力。それって、凄く呪いっぽいでしょ」
「そ、そりゃそうだけど、実際それがどうした? だって」
ギフトと呪いは関係ない、そう言おうとした時だった。
「私の超悦者か!」
早苗が何やら天啓的なものをひらめいたようなリアクションをしたがすぐさま俺が否定する。
「いや、超悦者はあり得ないだろ。だって、超悦者が出来るのは『論外』以上『時間』未満で、俺はそれ以上で防いでいるから」
「そっちじゃなくて、もう一個先の話だ」
「それ以上って……」
答えは一瞬で出ていた。
でもそれは、本当に限られた人間しかできないという事実が回答を妨げる。
だってそれは本当に限られた人間にしか使えない超悦者。
あの人も、真百合も、帝王も、見ただけで分かる圧倒的素質がある。
それが早苗にも……いや、あるのは明示されていたが、俺の知っている早苗は違っただろ。
超悦者を覚えるのにも時間がかかったりする劣等生で、相手を見下すことが出来ない優しい彼女だから耐性も結局取得できなかった。
そんな彼女が、そんな早苗が今遠い場所にいる。
「超悦者の先に、踏み込んだのか?」
「そうだ。聖なる超悦者と名付けた。私の超悦者だ」
彼女が今、どこにいるのか初めてそれを考えた。
今早苗は俺が何人いても相手にならない。
指一本、髪の毛一本で制圧される。
釈迦の手のひらで踊らされた孫悟空の気持ちがわかる。
「でもだからそれがなんだっていうんだ。確かに呪いっぽいのは否定しないけど、実態はギフト何だから関係ないだろ」
「呪いじゃないから祓えないのは道理。でも呪いっぽいから祓えるのが先に進んだ超悦者」
言われたら思い知らされる。
周囲全体を言い訳にする超悦者ではない。
如何なる条理にたいして己の理屈を優先する、超悦者の先。
「呪いっぽい能力だから、軽く握るだけで浄化した。早苗側の理屈としてはそれだけよ」
俺が他人に対してやってきた理不尽を、早苗にやられた。
「とりあえず、これ治んないわけ?」
「いや、だったら私の血で治るだろう」
聖人の生き血。その効果は言うまでもないだろう。
鬼の血は自分の生命力を使用した回復であったが、これはただの奇跡。
一瞬で痛みが消え、逆に心地の良さが俺の右手を包んでいる。
「すごく、強くなったんだな」
「分かるか! これでやっとお前と共に戦えるのだ」
「…………は?」
言葉の意味が分からなかった。
日本語なのはわかるのだが、文法的なものもあっている意味もあっているのだが、ただその言葉が成立する状況が思い当たらない。
「誰と」
「うーん。言われてみれば」
かつては足手纏いでしかなかった早苗だが、今は俺の方が足手纏いになる。
シンジもメープルもいなくなった今、この早苗と俺が共闘して意味がある存在なんていないだろ。
「そうだ! あの時はハッタリだったが、一樹も空亡という奴と一緒に戦うというのはどうだろうか?」
「誰だよそれ」
聞いたことある名前だし、知っている名前だが、覚えがない。
「原初の存在で、宇宙が生まれる前に存在して、全ての存在がそいつの一部にしかならないという神。めっちゃやば強」
「馬鹿じゃねえの」
「私も同じ考えだ」
勝てる勝てないの次元じゃないだろ。
存在というかエンカウントしたらいけないたぐいの敵。
そんな奴に挑むな。
「あとはもう、神薙相手しか」
「 」
「おーい。一樹?」
「あ、ああ、ごごおgごめん。なmなだ¥っけ」
海の底のような寒さではなく、光も音もの届かない真の暗黒
根源的恐怖
出会ったら終わり。近づいても終わり。
死の向う側の悪意。
「……すまん。軽率だった」
ぎゅっと胸に抱きしめられる。
やんわりとだが、ぬくもりを感じる。
「あ、いやいい。その……うん。ありがたいんだけど、その恥ずかしいし」
「そうか。気分が悪くなったらいつでも言え」
「…………軽率、低能、恥知らず。どこまでいってもあなたは最低のクズね」
真百合が何時ものように早苗を罵倒する。
それだけが唯一俺が知っている日常だった。
「…………」
声に出さなかったが、ここでやっと今の状況がただならないことに気づく。
(約一名を除き)世界の圧倒的猛者たちが俺を囲んで、それも明確な敵意を持って戦闘態勢に入っている。
「そろそろいいですかね。こんな茶番」
先陣を切ったのは、天堂御々。
日本きってのエリート
犯罪者を私兵にして動かせるSCOの実質トップ。
総理大臣よりも給金を貰える最強の公務員。
「聖女さまと魔女さまの目的は分かりました。悪魔を出しにする神薙信一への攻撃。その策略は見事と言っておきます」
そんな人が意味の分からないことを言っている。
「ですが依然問題ない。ぼくらがやることは変わらない。黒白の悪魔を討伐する」
そんな人が、俺を殺すだと?
訳が分からない状況、月夜さんに聞くのもいいが、今は聞けない気がする。
寧ろこんな状況で月夜さんが出てこないあたり、出しちゃいけない状況なんだ。
「この世すべての悪のからくりは、こちらの神薙信一という方がそうしたからということ。そういう偽装なら話は変わりますが、実態は改変。ならば問題なし。むしろそういう方が保証してくれるわけだ。違いますか」
天堂さんは俺じゃない方角を見た。
俺が決して見ようとしない方角を見た。
「そうなる」
「おえ゛ぇっぇ」
その言葉だけで、胃の中のモノと血液を吐き出す理由に十分だった。
怖い。怖い。恐ろしい悍ましい。
俺は何で、あんなのと同じ部屋に、同じ町に、同じ星にいれたんだ。
近づいていないのに、まったく届きもしないのに、理解が遠い存在。
ただただ恐ろしい。
自分から触れたわけじゃない。ただ触れられた被害者なのに。
俺が何をしたんだっていうんだ。
こんなのあんまりじゃないか。
「よしよし。大丈夫だ。怖くない怖くない」
「……」
赤子をあやすかの早苗の声と愛撫だけが俺の癒しだった。
そうやってくれることだけが、俺が人であることを認識できる。
俺は嘉神一樹。高校生。
「しかも今、このように弱り切っている。好都合です。第二ラウンドといきましょうか」
「断る」
ほんの一瞬の沈黙。
言ったのは誰か、その出所に皆の視線が注目した。
世界一位の最強の王様。王領君子だった。
「四天王各位に告ぐ。我ら帝国は黒白の悪魔の討伐に、下りる。これは決定事項であるが異議のあるものは聞く」
「な、?」
「馬鹿馬鹿しい。理解に苦しむぞ帝王」
「そうです! せっかくのチャンスなんですからここで責めないといつ殺すんですか」
「正気かっ!?」
「…………」
皆が納得しないその中で帝王様が続ける。
何の話をしてるんだ。
「正気を疑うのは王の方だ。お前達はこの状況で、勝てると思っているのか?」
「それは。やってみないと」
「計画として、王ら一同が力を合わせ倒すのが目的だっただろう。それが今、上2つが裏切った」
帝王が今、早苗と真百合が自分の上、それもはるか上空にいるということを暗に認めた。
でも何の話をしてるんだ。
「群青の魔女と鮮血の聖女があっちについた。それでどうやって勝つ」
「それは、今ここで襲撃しない理由にはならない!」
「なる。貴様らはこやつらの戦場を見えなかった。その錯覚での発言だろうが、観測していた王が断言する。絶対に勝てん」
俺達は超悦者であり、刹那の時間でも戦闘することが出来る。
最低でも『世界』能力者であり、『時間』を操作するなら踏み潰しで対応が出来る。
しかしどうして、一切消費しない完全なゼロ秒での行動は別の対策が必要。
それを持たない連中には、足切りが発生する。
それでもなんの話をしてるんだ。
「あの! 何言ってるんだ」
「「「……」」」
うっわぁ。なんだこの空気。
こいつがそれを言うかって嫌悪感を向けられる。
雪山で遭難したとき、非常食を一人で全部平らげた輩を見るような感じ。
その後、どう殺すかを建設的に話し合っている空間にいるみたいな空気。
「また俺何かやっちゃいましたか」
ふざけないとやってられない空気だった。
「安心しろ。お前は何もやっていない」
「そうか。よかった」
あぶねぇ。身に覚えのない罪で殺されるところだった。
「とりあえず、色々説明を省くが現状どうなっているか説明すると、一樹を殺せばこの世すべての悪が、消えてなくなるようになった」
何を言ってるんだ。
「どうやって」
「知らんが、知らんままで出来るシンボルがある」
……ああ。あるな。
最強最悪のシンボルが。
「かん……おい、話が違うぞ」
「何が?」
俺はその方を見ることが出来なかった。
顔を向けることも出来なかった。
出来るだけ頭を下に下げ、ほんの少しの要素でも情報を取り入れたくなかった。
「一樹を返すという約束だったはずだ」
「返した。だが、嘉神一樹がこの世すべての悪という真実を変えるとは言っていない」
「そういう言葉の綾は組み取れんのか」
「くみ取っているぜ。だから途中までだ。俺の用件が終わったら、戻してやる。1か月の辛抱だ」
「…………」
なるほど。
状況は最悪だが理解した。
たとえ状況が最悪だとしてもたったひとつの答えが明瞭ならば人は希望を持っていける。
絶対的な絶望は晴れ、たった一つの希望を胸にしていう。
俺が俺であるために、嘉神一樹という人間のアイデンティティの為に、できることをやろう。
「いいよ。殺しても」
俺が死ねばいいってことだ。
俺が悪であり、俺が死ねば悪がなくなる。
それは妄言などではなく、あれによってもたらされた確かなこと。
ならばそうしない理由はない。
「ちょうどいい。早苗が防御全部破ったんだし、あとは反辿世界だけ貫通する手段があれば多分俺を殺せる。簡単だろ」
ここにいる誰かはきっとできるはずだ。
色褪せたこの世界に、真っ黒な希望をもって俺は最後の時を望んだのだった。
4000ptありがとうございます。
これからも遅筆でありますが、更新を続けていきます。




