心気弄
「現実と創作で、何が一番違うのかと聞かれれば、俺は命と尊厳の価値だと思う」
未だ神薙は笑っている。
それはクリスマスプレゼントでゲームを貰った少年が、付属してある説明書を一言一句逃さぬような、きらきらとした目であった、
しかし理性がなくなっているといわれれば違うだろう。
これからの発言は理性がなければ出来ないことだ。
大人としての責務を果たそうとしている。
「人を二人殺したら死刑だが、二人犯したところで精々懲役。人の命の方が尊厳よりも重い」
最近までは何を言っていると反論しただろうが、『物語』を理解した私は反論できない。
言っていることが分かってしまう。
「だがこっちだと違う。俺が何人殺そうが誰も文句言わないが、犯しでもしたら総スカンをくらうだろうぜ。少なくとも人気投票の結果も変わっていた。俺はそう判断している」
まさかそんなこと言うために人気投票なんて始めたんじゃないだろうな。
「魂の殺人の方が、人殺しよりも罪は重い」
異存はない。
「そこでお互いの罪とやらを振り返ろうか。確かに俺はあいつの名を描写できなくなるようにした。この世すべての悪になった描写をしなかった。もっともそれにともなって悪がなくなるよう調整はした。総和の観点で話をするなら俺は善い行いをしている」
異論はないし、否定はしない。
「だが、衣川早苗。マイナス面だけを見ても、俺はそこまではしていない」
【……」
これまで使ってきたのはここにはいない人のシンボルだった。
だが、実際にいる○○のシンボルを最初に使うのは、神薙ですらやらなかった悪行。
「一回使った能力の模倣。これならまだいい。お前がそういう能力であり、一度本人が開示した能力、他人が使ってもそれは本人の能力だ」
喩えるなら、主人公の卍〇や領〇展開をお披露目する前に使うかの如き危険さ。
「しかし、自分の秘められた能力をネタバレされる。あまつさえ他人が使う? これがどれだけの大罪なのか、分からないとは言わせないぜ」
真百合もこのことは事前に指摘していた。
だから、出来るならやらない方針だった。
……神薙相手には無理難題かというのはお互い分かっていたが言わなかったが。
【悪いが分からんと言わせてもらう。名誉なんてものは生きて回復するほかあるまい。それが出来ない状態にした時点で、お前の方が悪い」
出来れば避けたかった行為だった。
創作と考えればそうだろう。
だが私はこれが現実だと思っている。
お前たちの誰もが創作だと認識するのは勝手だ。
だが衣川早苗はこれを現実として生きている、だからこそ名誉よりも命の方を大事にする。
【そもそもの話として、お前が○○を解放すればいいだけの話だろ」
「――――」
この間は長考、になるのだろう。
私達に神薙の隙を見つけることは出来ないのだから。
ただ理屈として起こりえる、最後の確認作業。
そうして導かれた結論は、果たして。
「確かに。それを言われるとおしまいだ。結局は俺がどう判断するかだ。衣川早苗がそうしたからではない。俺がそれを止めなかった、それだけの話だ」
その言い方は私達にとって悪い回答だというのを示していた。
「続けていい。所詮人気投票で一票も入らなった奴だ。お前が心気弄を使うことを赦す」
【ならば、戻せ。あいつの名と名誉と心と身体を、元に戻せ」
「全部は無理だ。一部最終傀を使った以上、最終傀を使わなければ俺は完全に戻せない。」
【ならば使えばいい。言っておくが、私は最終傀を使うなと言ったが、使ったら私の勝ちやお前の負けなんてものは言っていない」
変に意固地になって○○が戻されないなんて展開はごめんだから、あえて明言しなかった。
戻してくれるなら勝ち負けはどうでもいい。
その期待を込めての発言だったが、神薙は刹那によくわからない表情をした。
「その必要はないぜ。確かに俺は最終傀で名を描写できないようにした。あれをこの世すべての悪ということにもした。だが、存在そのものを消しているわけじゃない。あれは確かに未だ存在するし身体はある。だから、お前の涅槃如安緋想天國は有効だ」
出来過ぎるのもよくないのかもしれない。
もう少し私の心が弱ければ、それを理由に交渉できただろう。
「シンボルは精神や魂なんかに紐づくが、名前には紐づかない。だから、衣川早苗がやろうと思えばできる。俺が保証する」
分かってしまう。
神薙が嘘をついていないことを。
出来るといわれた時点で、出来るであろうと思う自分がいることを。
誰も神薙を理解できないかもしれないが、私を把握できるのも神薙しかいない。
「……………」
【…………」
今度こそ、長い長い沈黙。
私達に秒で数えれる時は流れない。
「やれよ。俺に人の真価を見せてくれ」
交渉は失敗した。
失敗した原因は交渉相手の冷静さを欠かせてしまった。
【俺は悪を許さない」
私が愛した、可哀そうな男をエミュレートする。
【失うのが怖いから。負けて死ぬのが怖いから。悪から奪われるのが怖いから、もう二度と奪われたくないから。それを思い出すのが辛いから。俺を愛さないでくれ」
○○の本質。トラウマ。
正義なんてものは後付けだ。
かつて悪に奪われた経験から、そうさせているだけの逃避。
発散することが出来ない怒りと恐怖。
神薙の後継、世界の中心、毒親の教育、ひび割れた心。
ぐずぐずに煮詰まって出来上がった歪な器。
全部終わったら、休ませてあげたい。
私の罪は、逃げた○○を追わなかったこと。
私達は間違えた。
臆病で幼稚で脆弱なあいつに、向かい合わないといけなかった。
それを伝えるまでは、まだ負けられない。
【心気弄」
過去が変わる。歴史が変わる。経験が変わる。思いが変わる。
「心気弄は経験操作をする能力。人として生きた経験や思い出を操作できる」
思いは消えない。努力はなくならない。
そう主張する創作物は多いが、それならば私達はそれを使う。
【私は、お前と戦えるよう努力した。時間が足りない部分はそういう部屋に入って最高率で努力した。そういうことにする」
努力は裏切らない。
5億年ボタンを連打して、その中で更に50億年ボタンを連打して
神薙と戦えるよう努力した。
神薙と戦えるよう土台を作った。
【努力を否定する、人間の頂点に近い能力だとわたしは思う」
神薙によってレールを引かれ、親と悪意によってそれを歪まされた男のシンボル。
最低で最悪な能力。
今ここに宣言する。
確かに今ここに在る中で、私が二番目であることを。
勝利条件が一撃を入れることは変わらない。
だから純粋な努力による一撃。
「当たらねえなぁ」
「新技引き下げたのだから、少しは忖度しろ」
「何度も言わせるな」
そりゃそうだ。
よほどのことがない限り新技なんてものは付け焼刃の努力不足の力不足。
届くなんて思ってはなかった。
何も変わらない、第一者、第二者視点でも。
「……見えなかっただと!?」
「すごい。ご主人様以外でそこまで到達した人は初めて見ました」
「………」
能力としてではない。純粋な手段として、時を抜き去り因果を無視し世界を切り裂き理を無下にし物語に到達する。
分子は無限 数多の世界ですら、数えることは叶わない。
分母はゼロ 最小の世界ですら、刻むことは許さない。
一手で神話や伝説の終末を告げる煌の合掌
だがその一撃一撃は決して当たりはしない。
いなしもしない。何しろ火力不足で手数不足。
奴が笑うだけで弾かれる。
前人未到、という言葉は死語だ。
神薙がいる時点で、踏破されていない領域は存在しない。
だから、この言葉ではなく別の言葉で今の私を表すなら有史以来になるだろうか。
神薙は笑っている。
ただその笑みは、赤子が遊ぶ玩具を見つけた笑みから、幼児が遊ぶ玩具を見つけた笑みに変化している。
「気張れよ」
来る。
予測可能回避不能、必中必殺の超域。
「ターンバトルに切り替わるリミット 竜偶像
内政の成果が簡単に出るリミット 算酷使
合戦が想定通りになるリミット 第六天野順
タワーディフェンスを行うリミット 悪の騎士
玩具の勝負で勝敗が決定するリミット 駒独楽
じゃんけんで結末を決めるリミット 岩鋸神
カードの強さで決闘するリミット 優義王
しりとりで勝ち負けを決めるリミット 竜尾蛇頭
代理戦争するリミット 一吾
議論で決着をつけるリミット |汝は猿也や(SARU)
デスゲームを開催するリミット 今際の祭事
コイントスで決着つけるリミット 表裏一体全体
スポーツを超次元にするリミット 終焉護
デッキ作成するリミット 戦奴隷の一生
異なるルールをミックスするリミット 池ポチャOB
料理がうまくて何事もうまくいくリミット 絶対食戟
VRMMOにするリミット 剣刀士
宝を見つけた男が勝者になるリミット 麦酒
頂上決戦までもつれるリミット 柔術回線(ロウパワー5)
種族の特性を獲得するリミット 血白剤
100万課金したときと同じ成果が得られるリミット 肩付
過酷な勝負に挑ませるリミット 青赤前
テストの点で勝負するリミット 馬鹿と阿保と獣」
どれもこれも既存のギフトで抵抗しようとすればその格差と出力差で押しつぶされる。
だがそれはもう終わっている。
そのシンボルは私だ。
「私の名は――
リュカ・エニクス
ターンバトルに切り替わるシンボル であり
葬操
内政の成果が簡単に出るシンボル であり
光明
合戦が想定通りになるシンボル であり
Dr.後藤
タワーディフェンスを行うシンボル であり
流星天野川
玩具の勝負で勝敗が決定するシンボル であり
乳牛牛
じゃんけんで結末を決めるシンボル であり
武装結城
カードの強さで決闘するシンボル であり
ン・ダルカル・ダン
しりとりで勝ち負けを決めるシンボル であり
福沢諭
代理戦争するシンボル であり
ト銅表飛
議論で決着をつけるシンボル であり
宮廷軍
デスゲームを開催するシンボル であり
倉間渦
コイントスで決着つけるシンボル であり
福井竜馬
スポーツを超次元にするシンボル であり
アイアンクラウド
デッキ作成するシンボル であり
レイク・ライフル
異なるルールをミックスするシンボル であり
岡山清水
料理がうまくて何事もうまくいくシンボル であり
霧斬桐義理
VRMMOにするシンボル であり
陳藩璽
宝を見つけた男が勝者になるシンボル であり
シャムメクラ
頂上決戦までもつれるシンボル であり
玄木苺
種族の特性を獲得するシンボル であり
笑家城王
100万課金したときと同じ成果が得られるシンボル であり
ハゲ先生
過酷な勝負に挑ませるシンボル であり
吉小路清久
テストの点で勝負するシンボル であり
衣川早苗だ」
私に最果ての絶頂は通じない。
正のリミットは、既にシンボル化を終えている。
たとえ事実としてその人が存在しなくても、私の思いが存在を証明する。
万人が否定しようとも、思いの総量は肯定した。
なにも起こらない。起こさせない。
「確認だが問題ないか?」
【誰に言っている? 私は衣川早苗だ。どれだけ効率が悪くシンボルを使おうが、どれだけ心の中に別人格を作ろうが、問題ない。心に一片の傷はない】
強がりでもない。ただの事実だ。
これから何億、可算無限、その先無限大の人の心を所有しようが、私が私であることに変わりはない。
「普通じゃない。ああ、真っ当じゃないぜ、だが、良い。半端なく、完璧だ。これは俺も出来ない」
神薙以外の見えている輩の現状は、唖然愕然と評するがいいだろう。
故に、言葉を発せるのは神薙だけだった。
どんな形であれ、神薙の能力を防いだ。
しかもその神薙が手放しの賞賛をしたのだから、なおさら理解できないか。
「言うは易く行うは難し。思いの強さだけで、指紋DNA筆跡を誤魔化す、事実や道理をねじ伏せる。これの意味不明さが分かるか?」
「……」
「18年前、お前達が生まれることが確定したあの日、俺以外の奴らが否定した。俺だけがお前達を信じた。愚妹はバカなことはやめろと否定し、椿たちも肯定はしながらも本気にはしなかった。俺も、期待はしたが信じ切れてなかった。誰もが俺に近づけることに懐疑的だった。ああ、悪かった、あれには謝らないが、衣川早苗。お前には謝罪をする。俺達はお前を見くびっていた」
口早に言う神薙は、私の言葉を待たない。
あふれ出る感嘆に止める術を持たない。
「期待以上というのはこうも嬉しい物か。俺以外は、みんなこんな喜びを持てていたのか?! 恵まれていやがる」
これまですべてを予測できた、すべてが自分が出来ることの下位互換だった男だ。
生まれて初めて、自分が想像つかなかったことをする人が目の前にいる。
「ああ、いいね。賞賛と恐怖。こんな感情も初めてだ。気持ちがいい。滾る滾る!」
同値ではない。同族でもないだろう。
でも、初めて、歓迎できる同類が、ここにいる。
「負けるとか死ぬとかそういうよりも後に来るものと思っていたんだが、人生予想外続きだ。こんな感傷が芽生えるとは、ああ、喜べ早苗。俺が生涯これを言うのは最初で最後だ。その初めてを、お前にやるよ」
前かがみ、その意味を私は知っているがあえて言わない。
私が言えるのは、ここが文字媒体でよかったとだけ。
「怪物め、せーばいしてやる♡」
ちなみに例のアレの名前の元ネタは
かがみ→鏡→ミラー
樹→ジュ
合わせてミラージュ
あやふやな蜃気楼って意味合いでつけました




