チート戦線、異常あり。
この状態で口火を開いたのは真百合だった。
(よくよく考えると司会進行は真百合や月夜がやっている気がする)
「シンボルがどういう仕組みなのか私達は理解していない。でもどうしてできたかは教わったわ】
シンボルは空亡惡匣の対抗策。
“全て”に対する徹底的な殺意。
「シンボルは空亡惡匣を倒すために作られた。それも、地球に被害が出ないよう、たった2年で作り上げた。しかも形になると空亡惡匣に気づかれるから完成までは一気に実装しないといけない。テストをする余裕はなかった】
今の真百合は群青の魔女ではなく、一人の経営者として話をしている。
「使ったフェーズは要件定義と研究開発。テストは一切やらずに実装までこぎつけた。これがどれだけキモいことなのか、まともに働いたことがあれば誰だって分かる】
私では到達しない、真百合にしか分からない理不尽がそこにあった。
「でもあなたは成し遂げた。空亡惡匣の対策として完全で文句なく必要以上に勝利した。能力としてじゃない。知能として上に立つものとして言わせてもらう。私では無理。私の知っている限りでも無理。でもあなたは出来た。それだけであなたは他の誰よりも優れていると確信できる】
非常に短納期なのは人命や世界が危険な故、急がなければいけなかったのと、完成に近づくと空亡惡匣が勘づく可能性があったから。
骨組みを作らずビルを建てる。
情報が不足していながら、想像できるパターンを全部考慮して結論を組み立てる。
200年前の神薙がやったことなのだが、私ですらおかしいと思えた。
「でも同時にこうも思ったわ。もしもあなたが本当に人ならば、こんなのどこかでミスるに決まっていると】
神薙ならできることを、私達は出来ない。そう思っていた。
あいつがしくじることはなく、完璧な回答を用意できる。
それは正しい。万全の状態だったらそうだろう。
「それだけじゃない。今私達はシンボル持ちが何人もいるけれど、本来はあなたが使う一つだけだったはずよ。それを何人にも使えるようにする】
自分が人間だと確証を持つため、シンボルの在り方を変えた。
シンボルは本来の、在り方を歪めた。
「短納期、人員不足、仕様の変更。こんなのどこかで異常が出るに決まっているわ】
神薙が優れていることなど誰も知っている。
奴が間違えないとみんな分かっているつもりだった。
神薙が作ったものだから、間違えはなく完璧だと、皆がそう思っていた。
ただ一人、真百合という例外を除いて。
彼女だけは、表裏の2択ではなく神薙信一が人間であることを、根拠あるものとして知っている。
だからこそ、可能性があると交渉できる余地があると判断したのだ。
その戦略は今こうして形になる。
「これが最果ての絶頂の攻略法か」
自分の能力が制圧されたというのに、自分にとって不利になる状況だと分かっているのに、人生を賭けた博打に最高の出目を出した如く、三日月を越え、湯呑のように口を歪ませている。
【そうだ。これが私達の答えだ」
臆することはない。
いま、私達は今、立っているのだから。
「まだ、足りないぜ」
意地の悪い採点者は、漢字の止跳払の誤りがないか血眼になって探す。
何が言いたいのか分かっている。
真百合は神薙の考えていることがある程度わかると言っていた。
これをやられた次にやることは、指摘修正。
涅槃如安緋想天國の仕様上の欠陥。
心を変える。
ぼくぁは小物の大社長。
敗北こそがぼくぁのシンボル
「鬼竿夏 制覇するリミット
中西大 敗北させるリミット」
敗北はしなかった。
ぼくぁは敗北させるシンボルの持ち主だからね。
ただ制覇されてしまう能力を防ぐことが出来ず、ついに一画引かれてしまう。
「これが欠陥の1つだ。俺が一度に複数のリミットを使用すれば、同時に2つのシンボルを持つことがあり得ない以上、衣川早苗は能力と感情の紐づけが間に合わない」
今こうして一画書かされるだけで済んだのは、神薙が2つしかリミットを使わなかったからで、一度に5つ以上のリミットを使われたらこの時点で終了していた。
「その通りだ」
この欠陥を私達は把握している。
現時点での回答はできない。
「もう一つ。あえてもう一度言うが紐づけが間に合わないぜ」
本当にあえて言っているぞ。
何を言われるか事前にわかる。
「全ての能力を無限に持っている能力、定義できる能力は全て持っている上、更にそれらに強化、反転、耐性、無効なんかを数珠繋ぎで続いていく。それこそ無限の分岐を加えられるわけで、持っている能力は文字通り無限を優に超える」
無限個の個数ではない。もっと上の能力を神薙は持っている。
「衣川早苗。シンボルは1人1つだ。これに裏技はあっても例外はない。1人1つのシンボルで無限回能力を紐づけようが、最果ての絶頂にはちっとも足りない。薄すぎるぜ」
+1を無限回繰り返せば、私は全ての能力を持つことは出来るだろう。
だがそれだと最果ての絶頂ではたりない。
私の限界値ではなく、仕様上の限界を神薙は言っている。
「いくつか言いたいことがあるけれど、その前に1つ確認させて】
「今あなたは前にシンボル化した能力は使えるの? 例えば今は敗北させる能力になっているけど、勝利する能力が使えるかを聞きたいわ】
私がシンボル化した能力を今使えるのか?
恐らく予想が正しければ……
「最果ての絶頂として、今は使えない。使えるようになるためには色々消去しないといけないものがある。これは俺が片手間で出来るものではない。満足か?」
奇跡的に私達の予想が当たってくれた。
だが真百合は少しだけ浮かない顔をしていた。
仕方ないと話をしたのに、まったく。
「じゃあ次に言いたいことを解決するわ】
言われることは分かっていたが、私には分からないことだ。
賢い話は真百合に任せる。
「まず1つ目の間に合わないについて。複数の能力使用に対してシンボル化が間に合わないって言っていたけれど、回答は単純よ。早苗は事前にやればいいわ。シンボル化する行為が足りないだけで、あなたが待ってくれればいい】
事前に無限にやればいい。
そうじゃないなら、今待ってもらえばいい。
多分神薙はそれくらいなら聞いてもらえる。
一方で私の心に限界はない。
幾らだって誰だってなりきってみせるぞ。
「で、もう一つの“間に合わない”についてだけれど、あなたわざと言っているわね】
「何のことだか」
椿さんも帝王様もわかっている。
「確かにあなたの言う通り、現実問題今の早苗に最果ての絶頂を完全に攻略は出来ないわ。今の早苗が1回ずつ、人と紐づけているからそうなっているだけで、練習すればもっと早くなるでしょう」
私達は皆分かっている。
「でも理論値はどうかしら?」
これがどういう意味なのか。
「全ての能力を無限に持っている能力、これって幾つあるのって話。折角だからまじめに数えてみましょうか】
こっから先は私分かんないから適当なこと言うぞ。
「全ての能力、定義できる全ての能力。おそらくこれだけで∞は越えるでしょう。でもそれでも私達は数えることができる。
一般的に能力は「炎を出す、水を生む、雷を発生させる」みたいに「AがBする」という表現で表される。AもBももちろんあなたは任意の単語を入れることが出来るわ。日本語上入り得るのは70万文字らしいけれど、あなたは別に日本語だけとは指定していないので、思い切ってAとBには無限の単語が入ると仮定する】
数学の話をしているのか英語の話をしているのか。
どちらも日本語ではないので、日本語の話をしてもらっていいぞ。
「AがBするだけで定義上は∞×∞通り。更に助詞の数を一旦nと仮定して、n×∞^2個の能力がある。助詞の数も同じ∞と定義するのはどうかと思うけれど、これも一旦nが∞だとして∞^3個の能力があるわ】
「あなたは更にそこから無効化する、強化する、という修飾語をいくらでも追加できる。これは素直に無限通りが無限回続くと解釈できるわ。これはnCnDnEと無限にね。つまりあなたの持っている能力の個数は∞の2×∞-1乗。全ての能力を無限に持っている能力、は∞^(2×∞-1)個の能力を持っていると言い換えてもいい」
まるでわけが分からん。
無限なのだから無限でいいだろ。
実は存在しない宇宙言語をしゃべっているぞ。
「こんな数越えられるわけないだろ。この地球上には40億人しかいないんだぜ」
「あぁ、こんなの越えられるわけないわ。無限に異世界があったところで全くたりない】
白々しい……
「「新世界」】
私は最初から聞いていたから何も思わないが。
「人の想像によって世界が創造される。その作られた世界は下位世界にも引き継がれる。無限に、無限に】
私達が本を読んだり妄想したりするだけで、その世界が作成される。
その作成された世界の中の人々も同じ……違うか、上の世界の創造内容が組み合わさって創造される。
無限に繰り返される世界、それだけじゃない。
そのことを私達が知っているからこそ、それが引き継ぐ。そのことも知っている。
故に私の世界は爆発していく。皆がそういう世界を持っている。
「果たしてその中にいる人の数は、どれくらい?】
新世界は、神薙の強さの証明だと誰もが思った。
違ったのだ。これは、糸口だった。
「こんなの私じゃなくてもわかるわ。無限の世界が、無限に分岐し、無限に組み合わされ、無限に繋がり、無限に連鎖し、無限に発散し、無限に内包する。もうこれは、言葉で定義できる数よりも多い】
∞の∞乗が、誤差になる。
そんな理屈が、狂気が、私の目の前にいる。
「実際の人数は問題じゃない。今出来る個数も重要じゃない。最果ての絶頂として定義できる能力の個数と、新世界下に存在する人数は、後者の方が圧倒的に多いってこと】
誰もが到達しえなかった考えるだけであほな能力が、今こうして正規の攻略手段が確立された。
「何ならもっと、面白いことを言ってあげるわ】
「この物語は初めからチートであふれている。
空亡惡匣という、外道
神薙信一という、無敵
シンボルという、最強
ギフトという名の、詐欺
超悦者という名の、誤魔化し
新世界という名の、改造】
ん?
この話は予定していた会話じゃなかったが。
「これはあなたがやったこと、あなたたちはチートをし続けた】
何か忘れているのではないかと振り返るがどうしても思い出せない。
「これまでは何も問題はなかった。正常の範囲内だった。でも今、23世紀の今。宝瀬真百合というチートと、衣川早苗というチートにより発生した異常によって起こされた、この現象は」
「チート戦線、異常あり。 と言えるのではないかしら】
…………
…………
…………
これ今しがた思いついたからいっただけだろ。
作者絶対そんなこと考えてタイトルなんて作ってないぞ。
修学旅行の頃もそうだったが、真百合たまに独特の感性持ってないか。
「た、確かにそういわれると無下には出来んな」
爆笑とは程遠いが、ガクガクと肩を震わせながらも笑っている。
今の神薙は笑いの沸点は低い。
あ、なるほど。そういうことか。ようやく理解した。
多少?無理矢理でもタイトルコールしておけば、幾ら神薙といえども無下には扱わないってことか。
なるほど、賢い。
背後の真百合の顔を確認できないのが残念だ。
「なるほど、なるほど。いいね。すごくいいよ。将来、未来、可能性。素晴らしい。過去の報いから導き出した優勢というのも俺好みだ。それを見せてもらえるだけで、俺の気分は晴れやかだ」
あんなに笑って見せておいて、そうじゃなかったらどうかと思うぞ。
「それで、ここがゴールなのか」
まだいけるのか。まだいくのか。
期待と狂気を含んだ問いかけだ。
「認めるぜ。確かにその手段ではσφに対して有効打になる。愚弟のとった手段と違ってだ。経験を積めば更に先に行くことも、もっと言うならば俺が衣川早苗を鍛えれば愚弟を超え俺の次に鎮座することも、簡単に否定できる話じゃない」
神薙の発言は作者の発言よりも強い。
とはいえ発言そのものは大体適当なことを言っていたりするわけで、真に受けるのは違う。
「衣川早苗、お前は見せてくれた。お前のプレゼンは期待以上だ。そして俺はそれに応える用意がある、これから俺はお前を鍛え、事が済んだら解放する、それでいいか」
ついに、ついに。
私は○○の解放の約束を引き出した。
「文句ないなら、これから勝つぜ」
あの神薙信一相手に、僅かながら意思を通した。
これは他の誰もできなかった快挙といってもいいだろう。
椿さんはパチパチと拍手をしてほめたたえている。
長年付き添った彼女ですら、ここまで抗った存在は記憶にないらしい。
歴史は私を称える。
伝説の一人として迎え入れられることすらありえるのだろうぞ。
でも、それでもまだ、
私個人の我儘として言おう。
トレースした人の意思ではなく、衣川早苗として言わせてもらう。
あいつに今すぐにでも会いたいと。
【まだ、出来ることはある。私はまだ抗える」
ここまで前置きはやったが、こうなることはお互いに分かっていた。
ここから先は境界線を越える。
【つまり、経験不足、実力不足、練度不足。お前は私にそういうのだ」
「そうなるぜ」
【ならば次に私がやるのはそれを補うシンボルを手にすること」
通常の勝負だったらこの時点で負けている。
私が経験を積むことを、待ってくれるわけがない。
だが奴は待つ。享受する。
人生最良とは言い過ぎかもしれないが、アルバムに残す程度には楽しんでいた。
こんなに楽しいことの続きを、奴は認めないわけがないのだ。
「いいね、やれよ。待ってる」
【そうだ。だからやるために」
これが策の最終地点。
理屈と心理の交差点。
今から奴に伝えるのは、お願いではなく、交渉。
神薙がこっから先を見るために、道理と原理を合わせた交渉。
私が借りる悪魔の一手。
神にして、悪魔の一手を告げる。
【私が経験を得るために、そして効果を十分に得るために、○○のシンボル、心気弄を使いたいから○○を解放しろ」
まさかタイトルコールするなんて思ってなかった




