鮮血の聖女は取り返す 2
「え、やだ」
明確な拒絶だった。
「せこいな。人数差の程度の不利くらいどうということなんだろ」
「ああ、だからだ」
見え見えの挑発に、神薙は少しだけ落胆したように告げる。
「俺個人の意見として、1対3であっても、1対5億であっても構わない。だがそもそも、人数を増やせば勝てるなんて発想は愚かすぎるぜ」
もっともな意見だった。
「だったら問題ないわけだろう? 変わらないわけだから」
「だとしても、増やすにしても、あれはないだろ」
「私はそうと思わない」
「ゼロを何回足してもゼロだろ」
○○の強さをゼロと断じられる。
「衣川早苗。お前は良い。お前は俺に勝てる要素がある。だから、ある程度の自由は認めている。
宝瀬真百合。お前も良い。お前は俺を殴った実績がある。もう当てさせないと俺が決めても殴った実績がある以上、要素になりえることは否定しようがない」
私達に賛辞を贈る。
だがそれは、完全に慢心しているわけではないということ。
かつて真百合がそれを出来たのは、神薙側の油断慢心があってこそで、今それはないという。
「だがあれは違う。持っている力は全てギフト。つまるところ俺の能力。シンボルがなければ超悦者の先の能力も使えない。戦力にはならない。だからいくら足したところで変わらない」
神薙の常識からすれば、当たり前だろう。
「つまり、勝つために必要ならば俺も受け入れていいが、衣川早苗のそれは勝てない相手に報酬を懇願する行為。いくら俺でも、そこまではサービスしないぜ」
そういうだろうと真百合は言っていた。
「そうじゃないのだ。私には、私達にはあいつが必要だ」
「何ゆえだ」
「言えない。言ったら勝機がなくなる」
「そんなものは最初からないのにか? もうダメだ。話が平行線である以上、より強い方が優先される」
……
「分かった。ひとまずここは引こう。だがもう一度申請する。その時ほんのわずかでも変わるかもしれないと思ったのなら、○○を返してもらう」
「ああ。いいぜ」
まあ、正直私もいきなり返してくれるとは思ってない。
重要なのは、返す取決めを作ること。
どんなに僅かでも、そう思わせたら返してもらえる。
「それで、勝負のルールを決めた。衣川早苗が勝った時の報酬も決めた。これ以上はないな」
「いいや。神薙、お前が勝った時どうするかの話をしていない」
「タダでくれるのか。サプライズとは気がいいじゃないか」
神薙が勝った場合の報酬。
こんなの誰も提示しない。
事実上ただのプレゼントに、誰も本気で賭けない。
「で、何をくれる」
「私達を鍛える権利」
「………………ほう」
この一瞬で神薙はどこまで考えただろう。
既に私達の策略を読み切っているかもしれない。
それでいい。
私は勝つ気でいるが、これは真百合の策。
負けたらいけない勝負は決してしない。
どうしてもそれをやらないといけないにしても、負けてもいい勝負になって初めてテーブルにつく。
私にはない、上に立つものの考え方だ。
「お前は私達の子に空亡惡匣を倒させようとしている。それを一世代早めないか」
「……」
「直球で言おう。私達で空亡惡匣の討伐に挑戦してみないか?」
神薙は未だ黙る。
私のプレゼンを待っている。
「次の世代がいくら優秀だといえ、不安じゃないといえばウソになるのであろう? どんな子が産まれるかは知っているだろうが、確定はしていないわけだ。それに人物評価は苦手だろう」
神薙信一は人の愚かさに対して、認識を誤る。
自分がそうだから周りもできるだろう、周りが出来ないから自分も出来ないだろう。
そんな悪癖がいまだに抜けていない。
「自信はあるか? ギフト使って次の世代が最高だと判断しても、それが本当に実現すると思うか? 私達がちゃんと育てられるか? 何も問題なく育つと思うか?」
これは神薙信一の主観の話。
何人たりとも動かすことは出来なくても、神薙信一は信じないだろう。
確かにある弱点の一つ。
人物評価は苦手。
未来を見ても全知で知っても、その手札を信じることはしない。
スペードのロイヤルストレートフラッシュですら、レイズを行わない男だ。
「だったら今確かにいる私達で、ハートのロイヤルストレートフラッシュで妥協して勝負するのも、一興ではないか?」
「ジョーカー5枚だぜ。σφは」
無法の存在だが
「そうか。実は私は白紙のカードで、53枚すべてになれる」
「いうじゃねえか」
どう思う。どこで妥協する。
その折り合いをここでつけさせる。
「それにこれは万が一お前が勝った場合の話だ。受ける受けないは、勝った後に決めればいいだろう」
「そうだな。それもそうだ。だが一応確認させてくれ。それは強いられていないか?」
神薙の確認の意図はすぐに理解できなかった。
「いくら私でも、分からないことや出来ないことがあったら教わるわよ」
「そういう話じゃなくてだ」
「つまらないこと考えるのね。それとも読者に対する配慮かしら」
真百合は理解しているようだった。
ならばいい。
私は予定以外の策は真百合に全投げすると決めている。
「まず、いくつか認めておこう。
俺にとっての最優先は俺以外を用いたσφの討伐。故にお前達がそれをなしたら許す。これまでの狼藉もこれからの悪態も」
どこまでいっても、神薙を倒すより別の何かを倒す方が容易い。
真百合の案というのは、神薙に勝てないのだからお使いクエストとして空亡惡匣を倒そうという案だ。
「それを踏まえて再度確認するが本当にいいのか? 宝瀬真百合」
「だから何の話」
「俺から教わるのに抵抗はないのか」
明らかに必要以上に気にしていると私でも感じ取れる。
「横から入ってすまんが、何を気にしている」
真百合に神薙が何を気にしているのか確認した。
こういうのは私より真百合の方が詳しい。
「ほぼマンツーマンで教えることになるけど、いいのかってことでしょ。そんなことを気にするくらいならこんなことしないでほしいのだけど」
本当につまらんことを気にしていた。
つまらん漫画の読みすぎだ。
「あなたはちゃんと教えられるし、教える時はまじめに教えることは知っているわ。ふざけるのも生徒が気を張り過ぎないようにあえてだということもね」
時雨がうんうんと黙って首を縦に振る。
「私があなたを殴れた実績があるように、あなたもちゃんと教えられるという実績があるのよ」
「……実績はすべてに優先されるわけか。俺が言ったしな」
これはお互いに勝っても負けてもいい勝負だ。
私達が勝てば神薙として1000%の目的達成。
私達が負けてもその後空亡惡匣に対抗できる存在になれば、神薙として100%の目的達成。
どちらも、○○を返してもらうために十分な理由になる。
「いいぜ。それでいこう。俺が勝ったら諸々全部戻す。お前達があったら俺がお前達を鍛える」
これでようやくスタートラインに立った。
「他にはないな」
「ない。だがその前に、ただの事実確認をしたい」
これはルールの取決めではなく、
「これは当たり前のことだが、ちゃんと言葉にしておきたくてだな」
「なんだ」
「最終傀は使うな」
これから勝負をしようとするのに、勝負外からの干渉をしないという宣誓の確認だ。
「おいおいおいおい。衣川早苗と宝瀬真百合はシンボルを使うのに、俺は使うなってか。不公平じゃないか」
「使わずとも勝てる気でいる癖に」
「そんなことないぜ。俺は場合によっては使ってもいいと考えている」
最も強く最も速い、最強より強く最速より速い。
当たり前だが、私達に最終傀の攻略法を見つけ出すことはできない。
いや、そもそもがないのだ。
背理法として、あると仮定してもそれは描写。
帰納法としても+1が成立しないから否定される。
何があっても勝てない道理。
だからこそ神薙側が使わないという選択をさせないといけない。
ただの戦闘ならそれすらも無理だが、今回に限りこの主張は通る。
「前提として、最終傀を使えばお前は確実に空亡惡匣に勝てる」
「だろうぜ」
「そして現状最終傀を使わないといけない存在は空亡惡匣だけだ」
「必勝に拘るならば、そうなるだろう」
ならばである。
「ならばお前が最終傀を使うような状態になるということは、間接的に証明になるのではないか。私達が空亡惡匣に匹敵する存在であると」
お互いの殺し合いならこういう状況にはならない。
神薙信一は空亡惡匣に匹敵する人間がいればよく
私達は○○を取り戻せればいい。
この差が私達の交渉
真百合の交渉術で勝っても負けてもいい状況にしたが、最終傀はそれすら上書きをする。
絶対にこれだけは使わせてはいけない。
「いいぜ。この試験で俺は最終傀を使わない」
「そうか。当たり前だがそう言ってくれると助かる」
他の全てが受け入れられてもこれをNoと言われてしまえば、策は全て破綻する。
真百合は絶対に首を縦に振ってくれると確信していたようだが、一発即死の危険がなくなったことは素直に安堵する。
「他に何か縛っておいてほしいのはあるか?」
「いい。リミットでも超越者でも好きに使ってくれ。そうしないと試験にならないだろう」
最終傀以外の神薙信一に挑む。
そして、あいつにリミットを使わせる。
これが私達の勝ち筋。
「じゃあ、真百合。始めるか」
「ええ」
既に内部のパーツは交換していたが、外部から指摘される可能性があったのでこのタイミングまで見える範囲内では、交換していなかった。
シンボルや認知の共有等のため、お互いの腕と眼球を相手に投げ渡す。
真百合の四肢を受け取った私は、渡すために外した部位をそのまま結合する。
一方の真百合は作った部位を溶かすように融合する。
これで私は私だが、真百合も私である。
真百合も同じ認識だろう。
「それだけか。こんなものを俺に見せたいのか?」
神薙は変身前に攻撃をする無粋な奴ではない。
「まさか」
やれることは全部やる。
そのための練習はやってきた。
最初に切る手札も既に練習済。
「獄景」
魔女が腕を広げると世界が堕ちる。
群青の水に雪の大地が沈んでいく。
皆々息が出来ない苦しさで、誰もが狂気に藻掻き苦しむ。
堕ちた先に、二人になりたい閉じてしまいという渇望。
跪く大地もなければ、ただ水母のように浮くしかない。
やがては溶けてなくなっていく、それまでのわずかな時を、胎内で待つ執行猶予の空間。
「獄景」
身体が燃える。
精神が燃える。
痛みはなく、痒みもなく。
あるのは一念の思いのみ。
燃やせ燃やせ、灼熱に熔かしてしまおうよ。
堕ちる狂気は焔で照らし皆々を救ってしまおうか。
輪廻の環も行きつく先の楽園も
皆燃やして再誕しようぞ。
そのために、もっと乾けと望むのだ。
「始めてみた」
これは混じることのない獄景で
ここは火と水、炎と海の私の世界
存在しえないからこそ
ありえないことを引き起こす。
「お前に、敗北を見せてあげるわ】
【あなたに、敗北を見せてやる」
これから、お前の予想を超えて見せる。




