閑話 神薙が神薙にいたるまで 戯曲
まとめサイトにいろいろ投稿させてもらっているので
出来れば今この瞬間、ブクマや評価をお願いしたいです
だから頑張った
「……激戦だったというべきなのだろうか。それとも蹂躙してやったというべきだろうか」
{……ッ}
何もない真っ白な空間。
その頂にいたのは2つの存在。
立っているのは1人。
伏せているのは1。
「どっちがいい? 最終傀はどちらも対応している」
{…………}
立っているのは神薙
伏せているのは空亡
「黙ってないで口を開いたらどうだ。それとも口を開くことすら、もうままならないのか」
{そう……ですね。開いた口が塞がらないですよ}
結論を言おう。
これまでと同じように、これからと同じように。
神薙信一は勝利した。
この盤面に到達する過程をすべて破棄し
空亡惡匣を遂に討伐するその直前までたどり着いた。
{なぜ私を殺しきらなかった。最終傀なら出来たはずですよ}
「答えは分かっているだろ。散々苦しめられたから無様なσφを見たかったからだ」
神すら恐れられた存在は、もはや霞にも劣る。
それでもなお、神薙に届くよう悪意を込めて言い放つ。
{悪ぶらなくても結構。聞いておいてなんですが分かります。私と同じなんですから}
「はぁ? 頭に蛆が湧いてやがる。まさかまだ気づいていないのか」
{それこそまさかです。シンボルが何なのか分かってますよ。私からではなく、『全て』から外れるなんて思いもしませんでした}
空亡惡匣は全ての存在である。
総じた命を保有し
全ての力を束ね
あらゆる知を持っている
故に、シンボルに対して何もできない、はずだった。
{でも……だからといって、お父様と私は異なる存在にはならない}
「いい加減、その気持ち悪い呼び方はやめてもらおうか」
{…………まあいいでしょう。敗北したのはこっちですので、一旦はひっこめましょうか}
ぐずぐずと崩壊する顔面を笑わせ、最後の悪あがきを実施する。
{当てましょう。今何を思っているのか}
「また訳の分からないことを。今俺にあるのは達成感だ。勝利する喜び。解放。2日ぶりの溜った糞をしたかのような幸福を――」
{恐怖}
空亡が掠れた声で言い放った言葉は、確かに一度神薙の時を止めた。
{あなたは恐れている}
「……確かに恐れ入った。俺を笑い殺す気か」
傲岸不遜に笑い返す神薙。
「今の状況を見て、お前の何を恐れないといけないのか」
{分かってるくせに、どうせここには私達しかいないのに、何を恥じているのでしょう}
「質問をしているのはこっちだ」
踏み潰されながら、かつて天頂に君臨したものとして、嘲笑いながら答えた。
{「神薙信一が空亡惡匣を恐れていない。」ということを恐れている}
「………ッ」
この何もない真っ白な空間に、正常も異常もありはしない。
それでも、敗者が笑い、勝者が顔をしかめていたこの場は、異常と表す以外ないだろう。
{もう一度問いましょう。なぜあなたはこうしている。なぜ私の存在を許している}
「――――確認が、必要だろう」
神薙の視線は確かに空亡惡匣のみを捉えていた。
そこに油断はない。
持てる神経を総動員して、警戒を行っている。
「俺にとっての勝利とは、お前を殺すことじゃない」
吐き気のような情動を抑え淡々と口にする。
「人類が笑って過ごせる世界にすること。お前を殺すだけだと、俺以外のすべてが道連れになる可能性があった」
ありとあらゆる存在だから、殺してしまうと道連れがありえる。
「何かあったらすぐに介入できるように、最後の一手前で小休止を挟んでいるわけだ」
{なるほど、お優しい。でもそれは愚かでもあります}
「----」
{なぜ、「これまでの流れや設定を無視して、空亡惡匣を倒す。またそれに対する影響は発生しなくなる」という描写をしないのでしょう}
双方に答えは出ている。
「まだ、そこまではできない」
「できないと、思っているからではなく、できないと思い込もうとしてますね」
「そこまでできるとは思えなかった」
{そこまで? 「どこまでもできる」の聞き間違えでしょうかね}
「ぶっつけ本番だ。自分の限界がここまでできるとは思っていなかった」
{手段は知らんが勝てると言い放ったのに?}
同じ条件で、対等な話をするなら舌戦であっても勝っていただろう。
シンボルを使用するという精神的負荷、そしてそれが初めてであるということがなければこうはなかっただろう。
事前に精神を克服するという描写を挟んでおけば、この展開はなかった。
神薙信一は自分を過小評価している。
自分が理不尽であることを、まだ理解しきれていない。
「そうだ。思い出した。事実としてそうだとしても、観測し他者と共有しなければ証明にはならない」
{なるほど。良い言いわけですね}
最終傀で出来ないものがあるとするなら、それは証明といったものだろう。
証明なんてもの本来は事実に何の関係もないものだ。
証明できていようが出来ていなかろうが、世の中は何も変わらない。
ただ誰かが納得するだけの行為。
意味のない存在だからこそ、言い訳にちょうどいい。
{あなたは私が死んでも世界が消えないことを観測する。そのために、私をまだ殺さない}
「ああそうだ。俺は人間だ。お前とは違う。世界は滅びちゃだめなんだ。そうならないよう、確認調整しないといけないだろ」
人間として世界の滅びに立ち向かうのだと神薙は言った。
{ぷぅぅふぅ}
我慢できず空亡は嗤った。
{ぷぅぐぅぅ、うあああ、はあああ きゃっあ ふぁあッ ひひぃい むりぃ……}
空亡惡匣はこの先死ぬと分かっていても、嘲笑はやめなかっただろう。
そうすることが攻撃だったわけでも、せめてもの意地でも何でもない。
怨敵が滑稽だったから笑ったのだ。
{嗤い殺す気ですか。死んじゃうます。ほんとわらっちゃう。ごめんなさい。嗤うべきじゃないのはわかってるんですけお、でもジョークがうますぎる――振り返れ}
水を打った静けさ、なんていうのは適切ではないだろう。
そもそもこの空間に音も温度もない。
そんな空間に、しんとなるという表現は不適切だろう。
それが分かったうえで、言わせてもらう。
確かにこの場の空気は凍り付いた。
{あなたが私から視線を外し、背後を見ると良いでしょう}
もう空亡惡匣は嗤わない。
確実な死が数刻後に襲うことが分かっていた。
本来死にたがっていた空亡惡匣はそれを歓迎するところ。
今も死にたいという気持ちは変わらないが、これに殺されるのは拒否したい。
その一点で、空亡惡匣は生存戦略を行っている。
「おいおいUFOでも見たというつもりか。引っかかる以前にまかり通ると考える方がおかしいだろう」
{どちらでもいいんですよ。ただ、今振り返らないと後悔する。それを伝えてあげたんです}
得体のしれない頂上種は、存在して初めて心理戦らしきを行った。
{好きなだけ考える時間はあります。空亡惡匣を殺す前に振り返るか否か。どうぞご自由に選択を}
全ての知識を持ち、全ての心を持ってるが、シンボルという例外は本来それを阻む。
ただ奇妙なことに、空亡惡匣は分かっていた。
自分のことのように分かっていた。
「――――」
神薙信一は悩んでいる。
こんなあからさまな罠を、誰が踏むのか。
だが同時に、振り向かないといけないという警鐘が鳴り響いているのも確かだった。
空亡惡匣は確信している。
神薙信一は疑心している。
神薙信一は空亡惡匣に悪意があることは分かっている。
分からない。
振り向いたところで視覚情報が変わるだけ。
警戒を怠るわけでも、力の向きが変わるわけでもない。
何も変わらない。と結論付ける。
そのうえで、乗る乗らないは別の話。
空亡惡匣は確信している。
目の前のこれが、どちらを選んだとしても、神薙信一は後悔すると。
神薙信一は決心する。
どっちを選んでも変わらないのなら――――
世界分岐、ターニングポイントがあるとするなら、大木は2つ。
1つは神薙信一が父親に捨てられたかどうか。
もう一つはこの瞬間。地球の暦が2022年2月22日を指した日
神薙信一は――――振り向いた。
「ぁ……ぁぁッ」
{お父様。私あなたのこと大嫌いなんですけど、シンボルを作ってくれたことは感謝してるんです}
やめろと言われたお父様呼び
神薙はそれを気にする余裕はない。
{私にとってこの世すべては無価値なもの。全てが点にしか感じ取れない低俗なモノ}
{そんな私を仁君は差異を教えてくれた}
神薙仁
神薙信一の最初の息子にして、最初のシンボルの実験体。
プロトタイプのシンボルを手に、空亡惡匣に見初められた哀れな赤子。
{初めて他人というものを認識できた。愛という存在しない概念を初めてあるものだと受け入れることが出来た}
「ッッゥ!」
{いっぱい愛し、一緒になった。そして自分がほんの少しだけ好きになれた}
声にならない咆哮を、人ならずの雄たけびを、空亡惡匣のみが聞いていた。
「ですがね、それ以外のものが一層つまらなくなった」
踏み潰されながら、怒りの熱によって溶かされながら
今にも消え去りそうな状態で
空亡惡匣は見下した。
{問いましょう。ありえないはずの、私の天敵}
神薙信一に、シンボルにもしもはあり得ない。
この場に声をかけられたそんな存在はいない。
それでも言わずにはいられない。
{あなたにとって人は、恋人は、友人は、家族は――――}
もしも、
もしも、
もしもこの場で彼が振り向かなければ!!!
人狂いに、ならなかった。
{どう見えます?}
答えはなかった。
つまらないという真実が、2種の中で一致した。




