鮮血の聖女と群青の魔女 7 append 紅蓮の帝王
「能力のクラスやランクについて補足する前に、俺の趣味の話をしようか」
帝王様の出生の話とその謝罪を聞いた後、まったく関係のない話をしだした。
普通、周囲を強者に囲まれ、殺気すら立てているのに、呑気にそんな発言をするのはあり得ない。
唯一の判例は、それが全く意味のなさない存在であるだけ。
これだけでも、おれたちは目の前にいる存在が、神薙信一であると確信している。
が、唯一先輩だけがそれを否定する。
相変わらず、黒いドレスをなびかせ、美しく麗しく佇んでいる。
本当に、構造として同じような遺伝子を持っているかどうか、人類がここまで美について造形を深めることが出来るのか、疑ってしまいそうになる。
そしてふと衣川の方を見る。
ここまでおれが衣川に対して何も感想を抱いてこなかったのは、特段特別と思っていなかったからだ。そして一度も印章を持つような動作をしていなかったからだ。
だがここにきてようやく少し、気持ち悪さを感じる。
サイズがあわなくなった靴下を履いた時のような違和感だった。
あいつは、これまで一度も音を出していない。
それは先輩からの指令だったかもしれないが、ただの一度も音を出していない。
代わりにしていることは、直視である。
ただ、神薙信一を見続けている。
これまでで、一度も意見をせず、一度も異論を出さず、一度も動揺せず。
ずっと見ていた。
血のように赤い袴すら硬直させて、微動だにしない。
波風な静寂、鉱石の沈黙。
どちらも同じように異質。
ここにきてようやくこの感情を取得できたのは、やはり衣川が神薙さんに挑もうとしたことだろう。
衣川の言う通り、おれたちは『物語』を理解ができない。
そして『神薙信一』も同じように理解ができない。
挑む、その発想は抱けない。
「俺は体を動かす趣味とか何かを作る趣味は、できない」
出来ないというのは能力的な意味ではない。
あの人が持っている、そこそこの人間が考えるモラル
それ故にできないと言っている。
あの人が趣味としてスポーツでもしたら世界がいくつあってももたないし、同じように何かを作れば、それも世界がいくつあっても足りない。
つまり、おれたち全員の力や技術はたまた妄想よりも、神薙信一の方が強い。
誰も神薙信一の理解ができない。
「故に、出力が他者依存の趣味をたしなんでいる」
例えば、ゲームとかだ。
正直ゲームのキャラよりもできることが多いおれにとって、なんでそんなことするんだ、リアルで遊べばいいじゃないかと思っていたが、この人の場合は別枠になる。
出力を相手が決めてくれないと、楽しめない。
「特にこだわりを持っているのは、コレクションすることなんだ」
…………
あー。あれか。
あれかー
あれかー。
コレクションと言われて、失笑が出てしまう。
「何を、しているの」
珍しく、おれが知っている情報を先輩が尋ねた。
おれがなぜ知っているかというと、普通に見せてもらったことはあるからだ。
「標本にしてるんだよ」
あの人の言う標本というのは蝶やカブトムシではない。
「神と名乗る豚共を」
神神神神神神神神神神神神神神神神神神神
神神神神神神神神神神神神神神神神神神神
神神神神神神神神神神神神神神神神神神神
神神神神神神神神神神神神神神神神神神神
思い出す。
あれを壮観といっていいのだろうか。
十字架に張り付けられた神の骸が、隙間なく壁に敷き詰めている光景
奥には神以外にも人類に唾を吐いた生命体が並んでいると聞いたが、全部を見ることはしなかった。
だってさ、神薙さんはそう見えないから良いと思うが、おれからすれば人型のもののわけで、やっぱそういうのがそういうことをされているとなると忌避感があるわけで。
本人は死んでいる状態と生きている状態を内包させているなんて言っていたが、どうでもよかった。
「ゲームで言うところの開放要素だ。勲章やトロフィがあれば、100%にしたい。だが、それだけで満足か? できることなら色違いや二つ名を全モンスターに用意したいとは思わないか? おれはそう思う」
おれはそんなことする時間はないし、そのつもりもない。
だが漫画を全巻集めたいか、歯抜けの巻があると腑抜けないか
「コンプリート要素が好きだから……最果ての絶頂なんて弱点を用意したわけだが」
もはや誰も弱点ということに突っ込まない。
以外にも、あの人はおれたちの理解を超えているだけで、言っていることは大体正しかったりする。
最果ての絶頂だけで人類の頂点だが、それをこともあろうに弱体化のために使っている。
シンボルの存在もそうだし、実際は自身の弱体化のために使っている。
益のある能力はおれたちに渡し、害のある能力を受け続ける。
「コレクションをする、そしてやるならきっちり埋める」
隙間なく、ぎっしりと。ずらずらに。
「それでだ。この話を踏まえた上で聞いてほしいんだが、ギフトにはクラスとランクってあるだろ」
心臓に氷柱がカビのように繁殖する感覚がする。
「長年」といっていいほど戦闘経験は長くないが、潜ってきた修羅場の質というものは大概の大人にも負けない自信がある。
「俺は確かにすべての能力を持っている。ただ、それで満足できるかというと、俺の血が、もとい精液が黙っちゃいない」
だからわかる。これは聞いてはいけないものだ。
これまでは、神薙さんのおふざけ、そういった側面が強い。
どれだけ理不尽であっても神薙さんだしで片づけられる。
これを聞いてしまうと「絶望」を認識してしまう。
「話が長いわね。何が言いたいの」
「ギフトは、クラスとランク違い。合わせて45種類存在する。そしてそのすべてを保持している」
「…………」
さらりと言い放った発言。
あの人にとってはなんてことのない物だがおれたちにとって、その発言は根柢を全部ひっくり返すものだった。
これまで整然としていた先輩ですら、嫌な顔をして睨んでいる。
「俺がお前達に貸し出しているのは適正なギフトだ。クラス詐欺はしていない。ランクだって影響範囲が広くなるほど強くなるよう審査した状態で貸し出している。シンボル化すると偽装はできない。だから、気にするな」
そうじゃないだろ。
例え他の人には関係なくたって、それがあるという事実がおれたちの尊厳を破壊している。
「後付けね。良くないわ。そういうの」
分かったうえでの否定程、空々しいものはない。
先輩だって分かっているのだ。
何か理由があってやってるだけで、この人が神薙信一であることを。
目の前のそれが、理不尽であることを。
「能力使った後、語尾に熟語が付いたことが合っただろ。あれはつまりそういうことだ。クラスやランクを偽装した能力を使った場合、ラベルが付くんだよ」
仮初とか、虚仮とかそういう言葉がギフトの後についたことがある。
ああ。分かっていたさ。
でも、知るべきじゃなかった。
知ってしまった。
絶対的な壁を、越えることのできない壁を。
「だから、俺が王領君子のシンボル絶対帝王制を防げた理由は分かるだろ」
もうどう理由を作ってもいい。
使った能力が鬼人化であっても回復できたし、雷電の球であっても分解できた。
「百生一生 見侭」
その上で選んだのは帝王様のギフト
101回生き、100回死ねる。そして死んだ死因に対して耐性を持つ。
その耐性によって、帝王の絶対破れないルールにあらがった。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。あなた、死ぬことなんてないくせに」
「おいおいおい。死亡童貞とか恥ずかしいこと言うんじゃない。淑女なんだからおしとやかに行こうぜ」
「……」
「だが問題なし。俺が死童貞でもこの能力は条件を満たす」
「ありえないでしょ。だって」
「『持ち主が』なんていってないんだぜ。これは」
えぇぇ そんなんありかよ。
「その能力を使ってモンスターを殺したことはあるだろ。それらが死んだ、その死因に対して耐性を持てる」
これが正しい使い方だった、なんて誰が言うのか。
こんな理不尽がまかり通るのはこの人だけだ。
百生一生だって、初めは文字通り100回死ねる程度の能力だったはずだ。
それを死因に対して耐性を持てるようにしたも並ならなぬ努力があったに違いない。
本当にこの人は、努力というものを愚弄している。
「ギフトもシンボルもまだ伸ばせる。まだ成長できるんだぜ。王陵」
それを言われて帝王がどうして笑ったのか、分からなかった。




