最終傀 一弌1①Ⅰ
チート戦線、異常あり。という作品において
最大のネタバレで伏線回収(なお数話かかる模様)
「俺は自分のシンボルを、一度歪曲して話す。最終傀はいわばチートとバグを掛け合わせた能力。能力の内容だけなら漢字含め6文字で終わるが
どういう方向性の能力か理解していなければ正しく理解できない。二重の意味で言ってもわからない」
静寂の間、父の息子しか存在しない。
「断っておくが、この能力は最強の能力ではない。どうしても勝てない存在がいたからそいつに勝つための禁じ手。先ほど俺はシンボルを使ったが、それはどうしようもない事情があったが故。本来は使う気はなかった」
「……」
ハヤテからすれば理解できない。
目の前の最強が真っ当な手段では勝てないと明言したことに、彼の常識で彼の全知で理解は及ばない。
「とはいえ、発想の発端は最強の能力を手に入れることだった。問おう愚息よ。最強の能力とは何か」
ハヤテは考える。
それでも答えに届かない。
そんな能力があるなら、自分が身に着け父に挑む。
「やはり神が混じるとこんな単純なことにも分からないか。ならばアプローチを変えよう。人間と神の違いは何か?」
ハヤテは考える。
始めに思いついた解答は全知全能か否か。
しかし目の前の父にそれを言ったところで否定されるのがオチだ。
人間という種族は、種の頂点に君臨してしまっている。
「それは出来る出来ないの扱い方だ」
「……」
解答は似たようなものだが、真実からはまだ遠い。
「神はどんなことでもできる。時間の操作も、運命の支配も、世界の創造も、理の改竄もやろうと思えばできるだろう。そしてそれは多数の人間からすれば荒唐無稽で崇め奉るような行為なんだろう」
言わんとしていることは正しい。
正しいが、目の前の存在はその先にいる。
「だが俺のようなマイノリティから言わせてもらえば、そんなこと俺でもできる。ギフトなんて言う異能を使わなくても、早く動けば時間は狂うし、騙せば運命は欺けるし、飛べば世界は切り替わるし、力を籠めれば理だって引っ込む」
そんなことできるのはこの世でただ唯一。
「そしてこんなこと俺でなくてもできる」
こんなことを思うのもこの世でただ唯一。
「言わせてもらう。この世のすべての行いはやろうと思えば誰だってできる。初動の力がなくたって他の何かで代用すればいい」
時には機械で、偶には気力で、稀に協力して
「そう。人はやろうとすればなんだってできる」
始めは淡々と。
「人はやろうとすればなんだってできる」
終いは粛々に。
神薙信一はこの世の事実を語った。
「人も神も全知全能だ。これは俺がこの新世界を作る前から変わっていない」
「……」
「無論人と神でそこまでに至るまでの過程が多く異なっていることは知っている。現状の科学力だけでは星一つ作るのに5年ほどかかるが神だと一瞬だ。その差が人と神との違い」
「何か行動するのに、全知全能一つで片を付けるのが神。様々な手段で多くの工程を用いるのが人間」
「……」
ハヤテは自分の父の歪みを弱点を知っている。
この漢は、自分以外の人間に期待しすぎる。
己が頂点に君臨していることを知っているが、それがどれほど遠い物か分かっていない。
「ここまで言えば人間が扱える能力の中で最も強い力はなんなのか分かるだろう」
「…………」
「人間が、いや、この世のどんな存在よりも強い力。それは火力でも膂力でも斥力でもない。努力だ。努力が全能だ。努力こそが神通力を超える」
誰よりも才能があった男の結論。
ーー才能は努力に劣る。
「努力にできないことはない。できないことがあってももっと努力すれば出来るようになる」
力なき者からすれば暴論なんだろう。
力ありしものからすれば弱者を操る甘言なんだろう。
こんなバカげた言葉、心の底から信じる人は人類でただ一人。
神を薙ぐ、ただの一。
「神は出来る出来ないか。出来ることは何でも出来るが、出来ないことは決してできない。神の行為はただ二つ可能か不可能」
世界を創ることはできても、誰にも持ち上げられない石を作ることはできない。
「できる、できない。それが俺が歪める前の神々の基準」
「………」
「では人間はどうだろう。持ち上げられない石を作ったとして、それを持ち上げるために努力をすればいい。持ち上げられてしまえば更に琢磨すればいい。簡単な話だ。人類の基準に出来る出来ないは存在しない」
神は能力差でできるかできないかがきまり
人は努力差でやれるかやれないかがきまる。
「つまり人の理はただ二つ
それは
ちょろい か
かったるい か」
これが神薙信一が逝きついた真理。
これが最終傀の始まり。
「錬金術も不老不死も技術も獲得した俺が到達できた真理。悟った時は感動した。俺の中で今でもその時の高揚は覚えている」
初めて、神薙と名乗るそれは正の感情をあらわにした。
それは大人が昔はよかったと語らんばかりの、愚かで儚い笑みだった。
「これが人間と神との違い。出来る出来ないの神と、やるやらないの人間。ならば新たに問いかけよう。
ーーーー出来ないことを出来るように能力は必要か?」
空を飛ぶ能力。
火を吐く能力。
言われてみれば確かにそうだ。
能力なんて自力で代用できる。
簡単なことだ。
「そうだ。意味がないんだ。異能力なんてそんなのは普通にできることの延長線。つまらんし役割がかぶっている」
火を吐きたきゃ放射器で放てばいいし、飛びたきゃ飛行機に乗ればいい。
それをわざわざフィクションでわざわざやる意味がない。
「気づいただろ。愚息のその可能性操作だってそうだ。定義できるのならなんだって起こせる? あたりまえだろ。普通に定義に沿うようにやればいい」
文法に誤りがなければ、無条件で引き起こす。
空を緑にすることも、鼠を百獣の王にすることも。
それが如何なる不可能であっても、それは出来る出来ないの基準。
神薙の基準は、塗ればいいし、育てればいい。
能力を使う必要性がない。
無駄な能力。無意味な能力。無価値の能力。
暗に、だが確かにそれは息子にそう投げかけた。
「できることは当たり前なのだから、人間はその逆を手に入れようとした。出来ることを出来ないようにさせようとした」
「……………」
「納得いかない、まだ認められないような顔をしている。ならば歴史から紐解こう」
「人類史の文明として、欠かすことのできない火について考察してみるがいい。
言葉もまともにしゃべれず武器もまともに持てなかった時期、自然から火を借りた人間が優れていた。
始まりはただ火を持っただけ。次に始めたのは火の操作。調理として武器として火を操ってきた」
火を吐く能力。
水を湧く能力。
風を吹く能力。
確かにそれは強かった。
原始時代のころはそれで最強だった。
「火を操り人類は瞬く間に星の支配者となった。だが種が頂点に君臨した時、とある事実に直面した。
火が自分に襲いかかったとき、対抗する術がなければないと即死すると。
ただ純粋に広がるための種なら考える必要はなかった。だが君臨者として、受けることを考える必要があった」
出来ることを極めたあとは、出来ないようにさせることが必要。
異能力として、能力の無効化。封印。厳禁。
既に屠られた弟も、終焉として能力の使用を止めていた。
「しばしば異能力バトルモノに能力の無効化能力が出され、強キャラ扱いにされるだろう」
右手で、悪魔の実で、鎮魂歌で、瞳で、カードで。
「好みや扱いはともかくそれらの能力が強いのは正しい。出来ることを語るよりも進歩している」
人類史から見れば、正しい。
何が出来るかなんてより、何をさせないかの方が、高みに君臨している。
反論はあるだろうが、事実として言わせてもらう。
出来ることより、させないことの方が、強い。
「能力の無効化、封印、禁止。前世代のシンボル持ちが強いのはこういった能力を携えていたから」
母が父がそして王が最強である所以はそれだ。
他の大多数が、出来ることを出来るようにする能力に対して、この3人は出来ることをさせない能力。
一歩先に進んでいるのは自明。
「だがこの考え方はあくまで中世。火を恐れレンガの城や石造りの家を作っていた時代の話。今は現代。現代のものの考え方で能力を紐解け」
「……」
ハヤテは思考する。
現代、まず火は使わない。
タバコは電子に、料理はIHやレンジに、武器は銃に。
火は使わない。
ーーーー使わない。
「使わない? やらない?」
「そうだ。それが現代の考え方だ」
初めての正解だった。
そして瞬時に理解した。
最終傀の大枠を。
「あ、ぁぁああ」
「まだ最奥まで到達していないだろ。この程度で絶望するんじゃない」
ハヤテはもう声を出せない。
目の前にいるそれが、本当にどうしようもないと、真に理解してしまったから。
「これが本当の意味での能力だ。人間やればなんだってできる、出来る上で障害になるのはただ一つ。
かったりい。という事実」
火を出すのも空を飛ぶのも、この世のありとあらゆるもの全部全部、できないのではなくかったるい。
「だから人間はありとあらゆる進化を用いて、かったるいことを排除した」
人は火を産むために、火起こし、火打ち、マッチ、ライターと、ありとあらゆる楽をする手段を産みだした。
人は情報を得るために、言葉、粘土、紙、ネットと、あらゆる楽をする手段を産みだした。
人は人を殺すために、素手、鈍器、利器、銃火器と、あらゆる楽をする手段を産みだした。
どれもこれも、楽をするためだ。
人は出来ることを極め、出来ないようにすることを修め、そして今現代は
楽をすることに、重きを置いている。
ならば我々も真実に目を背けてはいけない。
「努力が最強だ。努力さえすればありとあらゆるものが出来るようになる」
出来る能力よりも、させない能力の方が優れているように
させない能力よりも、楽をする能力が優れている。
「だからこそ」
その頂点として、人間が扱えるもっとも偉大な力を
「『努力をしない能力』 があれば」
努力を愚弄できるようになれば
「それを最強と呼ぶんだろうぜ」




