悪魔と魔女と、時々天魔
本当は2話前に入れたかった話。
群青の魔女。
恐らくは今現在地球上に存在する中で最も強い生物の異名。
ロードする能力(好きなものになれ、好きなものにする能力)に対抗できる知性体は、ただの人間には不可能。
その凶悪すぎるシンボル故、一度でも使うと精神に異常をきたすほど。
そのため、毎日薬を飲ませることと使用を出来るだけ減らすことを神薙さんに言い渡された。
いわば介護である。
当初はかなりめんどくさかった。
「ねえねえ。あーんして。あーん」
「お水、お水は口移しで」
「やーだ。はぐしなきゃのまないー」
めんどくさかった。
ただ、この涙ぐましい努力の結果
「……ほんと忘れて」
だいぶ平常心を取り戻すことに成功した。
御覧のとおりいつもの個人食堂にぐったりと顔をうずめて倒れていた。
「別にあれが嘘だっていうことをいいたいんじゃないの。ただ。物事には段階というものがあって、それをすっ飛ばすことは最低な行為。あんな思慮がない行動はシンボルの所為とはいえ私がやったことにしてほしくないの。今すぐ忘れるべきでしょ? だから忘れましょ。そうよ、よくよく考えてみれば記憶していない嘉神君をロードしてしまえば、万事解決……ダメ。結局それ振り出しに戻ってしまう。ああ、もう私のバカ!! あの女神の甘言にのらなければよかった……」
ごらんのとおりである。
ちなみにめっちゃ早口でいってる。
ちなみにちなみに顔は真っ赤である。
つまりこれって誘ってるって意味だな。
ボイスレコーダー ぽち。
『ねえ、先っぽだけでいいからー一緒に』
「きゃっぁっっ?」
真百合らしからぬかわいらしい悲鳴を上げたかと思いきや、同時に持っていたレコーダーを取り上げる。
「もう。もう!」
自分の責任なので暴力をふるうわけにもいかず、ただつんつんとつつく。
「ほかにもここに介護ビデオが――ありま――した」
最初のダッシュでビデオが破壊され、ありますで再現し、二度目のダッシュで愛の超悦者で根本を破壊された。
『物語』の能力は卑怯だが、真百合のは効果が永続なのがずるい。
「やめて。脅迫したいならシャワーシーンとかトイレのシーンを盗撮するとかもっと健全なものにして」
「あ、そうなんだ」
逆にその2つがOKな理由が分からん。
「正直卑怯だと思うわ。早苗と時雨君はほとんど問題なかったじゃない」
この話をどうしてもここで終わりにしたいらしい。
これ以上引っ張るのも意地が悪いし、やめておいてやろう。
今は。
「まあ、あの2人は」
早苗のメンタルは化物だし、シュウは神薙さんの管理の元使用していた。
それに真百合のシンボルは『物語』
負担が尋常じゃないんだろう。
「というか精神安定剤があるなら、シュウに渡せばよかったじゃん」
そうすれば、使用制限抜きでシンボルが使えたのに。
「――――多分やらなくて正解だったと思うわ」
「そうなの」
「シンボルって使い方が悪いと狂うと思っているでしょ」
「まあ。そう聞く」
でも実際俺が使ったことはないから、今一ピンと来ていない。
「個人的に狂うというより、堕ちるといった方が適切だと思うわ」
「精神が?」
「そう。使うとジェットコースターから落ちるように、精神がぎゅっーって締め付けられる。理性の皮がどんどんはがれて、だんだんそれが気持ちよくすらなって、気が付けば裸の心がむき出しになっている」
自制心が無くなる。
それが行き過ぎて、狂う。
「シンボルは唯一無二という特性があるけれど、加味してもギフトに勝っているとは言いづらいわね」
「でもなー」
言ってることは分かるが、正直。
「俺だけ持ってないのも寂しいし」
シュウも早苗も真百合も持っているのに、俺だけ無いのは疎外感を感じる。
「シンボルをそういう認識で欲しいといったのは、多分嘉神君が初めてよ」
「えへへ。褒めてる?」
「もちろん。私はいつもどんなときでもあなたを褒めているわ」
それはそれで問題な気がする。
「じゃあもうシンボルを使う気は」
「そうね。今私は愛の超悦者と、魔法を使う能力を持っているから、これだけで四天王だって相手取れるでしょ」
これでも過剰。
格闘では絶対に負けないし、能力戦でも魔法(自己申告)で何とかなる。
とは思うがやはり一回見てみたい。
群青の魔女の戦闘を。
「真百合、一回模擬戦しないか?」
「……ええ。私嘉神君に攻撃する気は一切ないのだけど」
いつも大体賛同してくれるが、今日の真百合はワイルド?だ。
「せめて、鬼ごっこにしましょう」
正直良い提案だと思う。
最近は執行力に重きを置きすぎたところがある。
こういった機転や速度を図ることも必要かもしれない。
「わかった」
「時間は止めておくわよ」
「いつ時間止められるようになった?」
「魔法少女だって時間を止められるのだから、魔女の私ならそれくらい簡単でしょ」
「それいろんな意味で洒落になってないからな」
向こうで魔女って実質詰んでるからな。
「どちらが鬼役をするの?」
「交互にやろう」
「なら私から鬼をやるわ」
自分が本気で逃げたら、俺では捕まえられない。
傲慢でも何でもなく、真百合の方が強い。
「それと場所なのだけど」
そういうとガラス窓が透明から、光をすべて反射する鏡に変わる。
「鏡の中だったら、丸々一つ分同じ設定で動けるから、ここでいいわよね」
「それ知らない」
「私も知らないけど、魔法っぽいからたぶんできるでしょ」
魔女の概念が壊れる。
とまあこんな感じでやった。
結果は、ほぼ五分。
実力差がある真百合に、ある程度勝てた理由は、月夜さんが戦術指揮を出してくれたところがある。
一人だったら勝てなかった。
それくらい真百合の、群青の魔女の力はすさまじい。
これならば、もう安心していい。
この戦い、日本が勝つ。
「そうそう、嘉神君。先に謝っておくわね」
「ん?」
「私と彼の恋。」
Zzz
「久しぶりね。それとも初めましてって言った方がいいかしらね」
「嘉神さんの眠気をロードしたんですか。あと抱き着かないでください。気持ち悪いです」
「いいじゃない。せっかく嘉神君の体であなたと話せるのだから」
「良くはないですけど。主にわたしが」
「そういわないで」
「万力を込めて言わないでくれます?」
「じゃあ、私の相手になってくれるかしら」
「何ですか。内容によります」
「まず、本来は幸に言ってあげるべきだったことで、あなたになんか言うべき言葉じゃないんだけど……あなたのこと、嫌いじゃなかったわ。多分、そうね。嘉神君の前でこんなこと言うのは憚れるのだけれど、どちらかというと好ましく思っていたと思うの」
「あんなに罵倒してやったのにですか。どうしようもないマゾですね」
「どうしようもないマゾだから仕方ないわね」
「そうでした。わたしとしたことが。で、それだけですか」
「もう一つ。嘉神君と幸の行動論理が異なっているから、同名で呼ぶべきじゃないかもしれない。でもあえてそう呼ばせてもらうわ。多幸福感、あなた何をするつもりなの」
「……わたしがやるべきことはただ一つですよ。みんなが幸せになることの追求です」
「冗談を聞きに来ているわけじゃないの。幸のころは本人のスペック不足で出来ないことが多くあった。でも今は、嘉神君はできることが多すぎる。そんな能力をもって、何もしないは無いでしょう?」
「あってもいいでしょ」
「通常時ならともかく、神薙がいない今このタイミング、盤面を操作するにはここしかない。それなのに何もしないはありえない」
「……」
「本当に何を企んでいるの?」
「…………真百合さん。多幸福感は『物語』の中で最も弱い立ち位置です。対してあなたのシンボルは、『物語』の中でも上の方。その気になれば上から潰せるんです」
「『物語』の衝突は」
「空亡のことなら、大丈夫です。ランクが5くらい離れていれば質量差で潰されて解放されないので」
「……」
「それに、神薙さんはあなたの味方ですよ。最低な裁定であなた有利に捻じ曲げてくるでしょう。ならば、あなたは考えなくていい。何かあったら潰せばいい」
「それを、回数宣言がある私にいうのね」
「使いどころを間違えなければ、いいんじゃないですか」
「間違えるように誘導するでしょう。あなたは」
「なんてひどいことを言うんですか。悲しいです」
「嘉神君の顔で、幸の口調で、気持ちの悪い鳴きまねをしないで。ならば言いやすくしてあげる」
「なんですか」
「現に今日は1回使ったのだから、あと数日はシンボルを使えない。これから帝国に向かう以上、無駄使いは避けないといけない。だからしばらく、分かっていても多幸福感にシンボルを使えない。それをお互い共通認識として把握した。そのうえで、もう一度問うわよ」
「…………」
「あなた、何か良からぬことを企んでいたりしない?」
「もちろんしてますけど。今更それを問います?」
次回からやっと本編




