沈黙の666 誤
過去編その1
神薙さんの口調が現在と違っているのはわざと
今からおおよそ200年前のこと。
支倉罪人があの男を初めて目にしたのは、最高学府の入学式であった。
本来は最高点を取った人が新入生を代表してスピーチをするのだが、その年に限って別の男に任された。
いわく、解答用紙に模範解答を書き込まず入学した男。
その男は数学の解答に全く関係のない計算式を記述し、それを提出したらしい。
もちろん採点をするならば0点であるのだが、詳しく見るとその当時数千万の懸賞金がかけられていた数式の証明を不備なく完璧に書き込んでいた。
そんなことを書かれていれば、入学させないわけにはいかないと、強硬手段で裏口入学させた。
学校としても箔をつけたいと、伝統を壊しその男に代表をさせた、そしてそれを最高点の男に伝えた。
この最高点をとった男が支倉罪人であり、測定不能の男が神薙信一である。
支倉罪人はよくできた男であった。
名前を付けた父親は蒸発、女手一つで育て上げた母に感謝し、誰よりも勉学の努力を怠らない、万人が認めた優秀な男である。
ただ自分が努力をしてきたがため、誇りはあった。
誰よりも努力をしてきたのに、誰よりも優れていたのに、なぜあんな男に評価が負けてしまうのか。
ある意味生涯初の挫折であり、それを払しょくする術をまだ持っていなかったため、彼は悶々とした心で最前列に座っていた。
そんな屈折した心を生まれて初めて持った入学式。そのスピーチに度肝を抜かれた。
遠目から見てもその男の体格はアスリートと同等か、それ以上。勉強をしに大学にいくはずなのに、そのふざけた体格に怒りすらこみ上げる。
しかしその怒りはその男のスピーチによって更に上昇した。
「日本最高峰の学府に入学することができたお前たちは、多少なりの誇りを持ち合わせているだろう。その誇りは才能だったり努力だったり父兄だったりするだろう。だがそのすべてに伝えなくてはいけない」
「お前達は絶対に俺に勝てない」
「努力しても才能を磨いても家族に頼み込んでも無意味だ」
「その理由は簡単だ」
「努力や才能だけでトップを取れるなんて大間違いだからだ」
「勘違いしてほしくない。努力は無駄なんかじゃない。むしろ俺個人で言わせてもらえば、努力する人間は大好きだ」
「だがだからこそ勘違いするんじゃない」
「努力は絶対じゃない」
「仮に努力という応答で成果という返答が100%もらえるなら、そいつは人間じゃない。ロボットだ」
「裏切られながらもそれでも歩みを止めないのが人間という存在だ。それが認められないのなら一生機械と会話してればいい」
「それに————努力が絶対だとしよう」
「何十億の人の営みの中、上下と言うのは必ず生じる」
「昔だったら良かったかもしれない。だが万物をデータ化できた今、努力だけで評価するのは危うい」
「成果や結果はどのような形であれ記録される」
「トップをとれたのは誰よりも努力したから、それはいい。だがそれ以外の輩はそいつよりも怠け者だったから、これが努力を絶対とした輩の評価だ。そんなことを努力だけで評価する輩は無意識のうちに言っているんだ」
仮に努力が絶対なら、1位じゃ無い奴は全て怠け者。
つまりは座っている全員に努力が足りない。
「それ即ち、他人や過去の人間に対する冒涜」
この世でもっとも冒涜的存在が、人を冒涜するのは許さないと説いた。
「俺は誰よりも努力した。誰よりも才能があった。だからこそいまここに立っている」
「選び抜かれて鍛え抜かれて、やっとこの壇上に立つことを許される。こんなことを言っても黙認してもらえる」
「残念なことにこれからお前達は挫折を味わうと思う。どの分野においても絶対に俺には勝てない」
「その時に屈折しないでくれ。自分が才能の無い存在だと卑下しないでくれ」
「間違っても産んでくれた親に、あんたが努力を怠ったから自分の血筋が悪いと言わないでくれ」
「トップをとることが人生じゃないんだから」
200年も生きた支倉罪人にとって忘れることのない思い出であった。
無茶苦茶なことを言われ場内は騒然としたが、その男こそが無茶苦茶だと生徒教授含めいずれ知ることになる。
しかしそれはあくまでいずれの話。現在進行形で納得のできない支倉罪人は、自由時間になると神薙と名乗った男を捕まえ、ただ思いを打ち明けた。
「あんたは努力だけで評価すると過去の人間に対する冒涜だと言った! だがそれは違う! 人々は成功と失敗から努力をより効率化する。成功は新たな成功を生み、努力の価値はより増大する! 努力こそが人が人であるための最重要項目だ!!」
「一理ある。だが、それだけだ。努力の価値を証明するとして果たしてお前に何が出来る」
「僕があんたを超える!」
破顔。
三日月のように口を歪ませ、満月のように目を大きく見開く。
後にも先にも支倉がそのような顔をした神薙を見たのはこれが最初で最後であった。
「いいじゃないか。理想を語ることのできない輩の現実論など、所詮は誰かの理想に抑圧された妥協案にすぎない。だからこそここで俺に理想を告げられたお前は優秀だ」
幸か不幸か、所為かおかげか。
支倉罪人と神薙信一は、この一件で仲良くなった。
仲良くなったというより、勝手に懐かれたが支倉にとっての感想だが。
わざわざ明言することでもないが、あの男は口だけの男ではない。
六大学野球のすべての試合で81球完全試合+全打席ホームラン
サッカーでは史上初の3桁得点
数学オリンピックに全問正解で余裕の金メダル
教授の論分を(勝手に)添削し、10年先の理論を提唱
3日で完成したチェスプログラムを0から創作
ありえない異常。
周囲を巻き込む自然現象。
神薙の願いと裏腹に挫折した人間は大勢いた。
それでも支倉罪人は食らいつくことに必死だった。
むろん神薙が支倉の得意分野では遠慮したこともある。だが喰らいつけた、それはこの男の価値を疑いようの無い証明とし、のちの世に皮肉ながらも広まることになる。
その生き方は傍若無人というよりかは無鉄砲であった。
「なぜおまえは万人を敵にするような生き方をする」
「万人が挑んでやっと俺に敵うんだぜ? 戦って負ける願いを叶えるためには必須だろ」
「頭がおかしいのか」
「おかしくないと思っているのか」
「それもそうか」
負けたがり。
それがこの男の本音。
誰よりも負けることを望んでいた。
しかし世界はそれを許さない。
いいや、その逆。
世界すらこの男を負かそうとした。
「宇宙人が攻めてくる」
荒唐無稽な虚実すら、現実に引き起こす。
世界の意思が、この男を敗者にしようとする。
「だから、この星をお前に任せたい」
そうして不死の薬を口にした。
地獄の晩餐。
黄泉竃食い
逃れられようの無い絶望に落ちることを、神薙ですら知る余地も無かった。
支倉罪人がおおよそ20になったころ。
神薙信一が持っていた全ての財産は、彼の名義に変更され、またその研究や成果をすべて支倉に受け渡された。
同時に神薙信一は失踪する。
この時何をしていたか、それは未だに支倉は知らない。
数か月経過。
本当に謎の飛行物体が天から降ってきた。
神薙が指示していた通り先制攻撃は地球側が行い、大幅な損害を与えた。
神薙が用意していた通り彼が準備した武器のみが宇宙人に被害を与えた。
全て彼の計画通りに事が進む。
全て彼が考える最悪の展開に事が進む。
無論、侵略者も黙って指をくわえるわけではない。
彼らが初めに生身で攻めてこなかったのは、地球上に存在する空気や微生物に適応する為。それが終われば生身で攻める。
コストがかからず、確実に攻め込んでくる。
その姿を人類は目撃した。
人と何も変わらない。
2足で歩き、口で会話し、目で何かを察知した。
人と変わらない。
人型のそれが、人を殺す。
破壊、蹂躙、淘汰。
仮に侵略者が一目で人外だと分かればよかった。
兵隊がそれらを殺すのに、心など痛まない。
だが人だった。
人型の何か。
だから疑心暗鬼になる。
近くにいる人間は、ひょっとしたら侵略者ではないか。
最初に提唱したのはテレビ局を密かに乗っ取っていた侵略者だったが、一度その風潮が広まればあとは勝手に広まっていく。
侵略者は人類というモノをよく理解していた。
手を組んだ人間は恐ろしい。ならば猶更、その手を破壊しないといけない。
力ずくで侵略するのではなく、戦力の半分を工作に使った。
その効果は絶大であった。
何より厄介だったのは素の姿が人型の上、彼らには変身能力があったこと。それを万人が見ている状態で使用したこと。
兵は友に背中を預けることができない。
親は子を命賭けで守ることができない。
男は女に愛をささやくことができない。
人が人であると証明する手段は無い。
侵略者は変身能力だけじゃない。
火を吐き、風を操り、落雷を落とせる。
まさに悪魔の証明。
人間である事は証明できなかったが、侵略者であることは証明できた。
そしてその証明手段こそ、異能力。
人智を超えた超能力。
それだけが判別の道しるべ。
能力があるものは外敵。
無論これは支倉罪人にも適応する。いいや、むしろ支倉罪人だからこそ増大する。
彼が最初に愛した妻や家族は侵略者によって彼の目の前で殺された。
死ななくなったとはいえ痛みはある。
片腕と両足をもがれ悶える姿を親の声で笑い、妻の顔で笑われる。
復讐と嫌悪と雪辱。
しかしそれがどこのどいつか分からない。
姿かたちが変わるのだから、復讐相手が固定できない。
だから侵略者への憎悪の矛先、悪意の矛先は能力に移行した。
これ以降支倉罪人にとって能力者とは、外敵であり恐怖の象徴になった。
数年が経過。
侵略戦争は混迷を極め、おおよそ全体の人口が最盛期の5分の1に減少。
誰もが気付かないふりをしていた。
この戦争は人類の敗北で終わる。
勝ち目は思いつかなかった。
しかし、その想定は否定される。
とある日、雪が降り積もる夜中、しいては夢の中、かつての友を見た。
{ふふ――――はは。初めましてお父様、確か——神薙信一でしたね}
対面しているそれはよく分からない。
ただ色が白金ということだけしか分からない。
「σφに名乗る名はない。そしてその穢れた口で俺の名を呼ぶな。呼んでいいのは人間だけだ」
黒銀と白金のコントラスト。
{訂正を。今は空亡惡匣です。一人の人間です}
「だれが貴様を人と認めるか」
{あらやだ、そんな顔をして。まるで親の仇を見るようです}
{「俺は親の仇なんぞとらない」ふふ、そうですね。とる気なんて無いんですから。この薄情者、恩知らず、産まなきゃよかった。お爺様とお婆様はそう思っていますよ}
{「黙れ」愛されなかったくせに、自分の子供の敵を討つんです? ひょっとしてそうしないといけないと知っているからそうしているだけで、実際は何も思っていなかったりするんです?}
{「黙れよ糞アマ」あらやだ。こっちはどれだけ生きていると? この国では年上を敬うんでしょう。ホラ、跪きなさい}
白金が黒銀を侵食する。
侵略者が人類を侵食するかのように。
{真実の愛を知らない癖に、人の恋路を邪魔しないでください。私の望みはただ一つ、健やかに死ぬこと。なのになんでお父様は邪魔をするんです}
{「まあそうですね。私が死ねばこの世全てが滅びてしまうんですけど、仕方ないですね。私の為です」}
純黒すらものみ込む無情なる白金。
この状況を覆すのはどれほどの能力があろうが、策があろうが不可能である。
「最終傀」
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{何をしました? どう頑張ってもいまのは防げなかったはずなんですけど}
「――――つまらない。こんなものか」
{…………ふうん。そうですか。なるほど、分かりました}
【悪母神σφ】はあれが何をしでかしたか把握する。
{これは――――さすがに洒落にならないですね。いいえ、むしろ洒落であってほしいです。というわけで、次それを使われるのはこっちとしても嫌ですのでお喋りはこれまでにしましょう。ですがその前に一言}
{大嫌いです。この○○○○}
この夢を境に、宇宙人は忽然と消えた。
しかしその傷痕は消えない。いいや、むしろここから広がっていく。
倒した実感なく終わるのだから
終わった実感もまた生まれない。
いつかまた現れるかもしれない。
その恐怖は当時すべての人間に植えつけられていた。
この星にとっての地獄は終わったとしても、彼の地獄はまだ終わらない。
悪母神σφ 人名 空亡惡匣 (そらなきおはこ)
白金ロリ魔乳、なお年齢は∞を超える(ガチ)
これ以上はこの章では語れません。




