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苦境

グリフォンは徐々に高度を下げているようだった。雲を突き抜けると地表が見えてくる。青々とした平原や森、山の間を流れる川が陽の光を反射してキラリと輝いた。住宅街のような景色も見えたが、グリフォンが向かったのは人里離れた山麓にポツンと佇む屋敷だった。


屋敷に近づくにつれてグリフォンのスピードも緩くなっていく。最終的に屋敷のすぐ傍まで近づくと、グリフォンはリオを投げるように放り落とした。


ドサッと花壇の上に投げ出される。土が柔らかいおかげで、それほど大きな衝撃は無かったが、制服が泥だらけになってしまった。


グリフォンが近くに着地すると、あっという間に人の姿に変わった。


これがポレモスに違いない、とリオは内心で呟く。油断するな。敵の親玉だ。


予想はしていたがポレモスも銀髪で赤い瞳をしていた。端整な顔立ちだが、村長とは全く違う。村長には圧倒的な荘厳さや高貴さがあった。この男はどこか野卑な印象が拭えない。


屋敷の中から見覚えのある男が出てきた。ミハイル・ブーニン元侯爵の執事セルゲイだ。嫌な予感しかしない。


セルゲイがポレモスに話しかける。


「さすがポレモス様、あんなに苦労していた小娘をこんな簡単に捕まえられるとは」

「見張りや監視役は?」

「全員殺しました。ポレモス様の部下がほとんど片付けて下さいました」

「メフィストか」


ポレモスの言葉にセルゲイが頷いた。


リオは心の中で悲鳴を上げた。


(ここはミハイル・ゲス元侯爵が幽閉されている屋敷?!見張りを全員殺すとか・・・。酷過ぎる・・)


セルゲイはリオに向かってニヤニヤしながら近づいてきた。


(気持ち悪い。寄るな!)


セルゲイはリオを無理矢理立たせると


「あんな小娘が立派になりましたね。国家療法士になったそうで。一度は騙されましたよ。今や公爵家ご令嬢ですか。シモン公爵家に取り入るとはさすがですね」


と嫌味っぽく言った。リオは完全無視、完全黙秘だ。


顔色一つ変えない無表情なリオに苛ついたのだろう、セルゲイが舌打ちをした。


「生意気なっ」と言う独り言が聞こえる。


セルゲイは乱暴にリオの腕を取り、屋敷の中に引っ張っていった。


屋敷の扉を開けた途端に強烈な血の匂いがする。


床に多くの騎士たちの死体が転がっていて床が血だらけだ。血液はまだ凝固していない。ついさっきまで生きていたはずなのに、と思うと、強い怒りと悲しみがこみ上げる。


(人の命を何だと思っているのか?許せない、許せない、許せないっ)


床が血だらけなので、制服の裾にも血がついてしまう。制服をくれた時のセリーヌたちを思い出してまた哀しくなった。


(お母さまに会いたい・・・。レオン様に会いたい・・・。みんなに会いたい。どれだけ心配しているだろう。本当にごめんなさい。何としても生きて帰らないと・・・)


ルイーズが生き返る前のカールの瞳を思い出す。何も映さない真っ暗で虚ろな目。レオンにあんな目をさせてはいけない。


セルゲイがリオを連れて行ったのは屋敷の奥にある大広間だった。


二度と顔も見たくなかったミハイル・ゲス元侯爵が得意気に立っている。


(ああ、吐き気がする。気持ち悪い・・・人相もますます悪くなって、最悪だ)


ミハイルと向かい合うように豪奢なドレスを纏った六十歳くらいの女性が立っていた。美しいが高慢そうな横顔が誰かに似ていると考えて、エレオノーラに似ていることに気がつく。これがエラに違いない。悪党勢ぞろいだ。


(これって私、詰んだってこと・・・?)


落ち込む間もなくリオは大広間の床に転がされた。


ミハイルがニヤニヤしながら近づいて来る。


(来るな、ゲス!)


「ほぅ、久しぶりだな。フィオナ。髪が短くなって。上手く髪の追跡子で誤魔化したもんだ。今はリオと呼ばれているんだってなぁ。随分出世したって聞いたぞ」


と言いながらリオの顎を掴む。気安く触るな、とゲスの顔に唾を吐きかけた。ミハイルの顔が怒りで真っ赤になる。リオを平手打ちしようとするのをエラが止めた。


「お止め。見苦しい」


ミハイルがたじろいでエラを振り返った。


「その娘には重要な仕事があるのだ。その前に傷をつけるのは許さぬ。仕事が終わったら好きにするがいい」


『エラがリオの力を使って若返りを目論む』というレオンの予想が急に現実味を帯びてきた。そんなことできるはずないのに。


ミハイルがリオを小馬鹿にするように鼻で笑う。


「お前の仕事が終わったら存分に可愛がってやる」


あまりの気持ち悪さに一センチくらいのさぶいぼができそうだ。


足音が聞こえたので扉の方に目をやると、ポレモスとフードを被った得体の知れない男たちがゾロゾロと大広間に入ってくるところだった。それに続いて入ってきた集団にリオは声を失った。


その男たちは全員大柄マッチョで顔が動物だった。犬というか・・狼なのかな?彼らが獣人なのだろう。ブーニン地方の獣人は人狼が多いと聞いたことがある。全員プロレスラー並みにガタイがいい。そして、精悍でカッコいい。


全員が入ってくると広いはずの大広間が急に狭く感じる。


リオはその中心で床に座り込んでいた。敵に見降ろされリオは恐怖を覚えたが、それを表情には出したくない。唇をきつく嚙んで俯いた。


エラがリオに向かって


「そこの娘。お前は神の力を持っているとポレモスから聞いた。あの愚かなルイーズを若返らせただけでなく不老不死にしたのであろう?わらわも若返らせ、不老不死にするよう命じる」


と偉そうに命令する。


「・・・恐れながら、私はルイーズ様を若返らせた訳ではありません。ルイーズ様が亡くなった時の姿を再現させて、そこにルイーズ様の意識を入れただけです」


リオの言葉にエラがニヤリと嗤った。


「若い体さえあれば、意識を移すことが出来るのであろう?」


リオが沈黙しているとエラがポレモスに何か合図をした。


ポレモスが呪文を呟きながら掌から魔法を出すと、リオの目の前に大きな光の輪が現れた。光の輪の中から何かが具現化してドサリと床に落ちる。


そこに倒れていたのはエレオノーラだった。


リオは意味が分からずエラを見上げる。エラの嗤いが醜く歪んだ。


「エレオノーラの体に妾の意識を入れればいい」

「っ・・・無理です。既に誰かの意識が入っている体に別の意識を入れることはできません」

「意識がなければ良いのであろう?」


と邪悪な笑みを浮かべるエラの顔を見て、リオは恐ろしい可能性を思いついた。


「あ、あなたは・・自分の娘を殺して体を奪おうと言うのです・・か・・・?」


エラは哄笑した。


「それの何が悪い。妾は内心エレオノーラが憎かった。娘の分際で、こやつは年を取らない。永遠に若く美しい姿でいられるのだ。妾が年を取り醜くなる一方でエレオノーラは同じ姿のまま永遠に過ごす。そんな不公平があるか?娘が親のために尽くすのは当然。最後は死んで役に立ってもらおうぞ」


リオは鳥肌が立つのを抑えられなかった。


(恐ろしい・・。そんなこと許されるはずがない)


リオは状況も何もかも忘れて、思わず言い返してしまった。


「あなたは狂ってる。人を犠牲にして永遠の若さを手に入れて何になるんですか?私はあんたなんかのために絶対に協力しない!」


真っ直ぐにエラの顔を見据えて大声で怒鳴りつける。


エラはしばらくリオの顔を見たまま沈黙していた。


「・・ほぉ、面白い。大人しいだけの従順な娘かと思っていれば、思ったより気が強そうじゃ。一晩かけてミハイルに調教してもらった方が良いかものぉ」


エラがミハイルに微笑みかけると、ミハイルは嬉しそうに舌なめずりをする。


(うぇ、気持ち悪い・・・。やばい・・・。もっと戦略的に振舞うつもりだったのに・・どうしよう?バカなことをしてしまった・・後悔先に立たず・・)


ポレモスは我関せずという雰囲気で立っていたが、彼が指を鳴らすと床に横たわっていたエレオノーラが消えた。


(どういう仕組みだろう?)


リオはついポレモスをじっと見つめてしまった。そんなリオを完全に無視してポレモスはエラに告げる。


「貴女が若返った後は我がその娘を貰う。宜しいな」

「妾が若返った後は好きにするがいい。ミハイル、その娘を少し従順になるように調教しておけ」


と言い捨ててエラは転移して消えた。


ポレモスは、にやつくミハイルとセルゲイに向かって「絶対に娘を逃がすな」と命令した。


ミハイルは下卑た嗤いを浮かべながら


「今夜はずっと僕がベッドの上で押さえつけておくから大丈夫だ」


と請け合う。


(うげ・・最悪。キモ)


「いいな、セルゲイ?」


ポレモスはセルゲイにも念を押した。


「ブーニン領の獣人たちは長年ブーニン侯爵家に忠誠を誓っております。獣人の誓言は代々受け継がれ、決して裏切ることはありません。逃げ出しても獣人たちは鼻が利きます。すぐに見つけられるでしょう。それに明日の朝にはもっと安全な場所に移動しますから」


セルゲイの言葉に「そうか」と言いながらリオを見降ろしたポレモスは、何かに気がついた。


リオの制服を掴んで「追跡子だ」と言うと、その場に居た全員が動揺して騒めいた。


(追跡子?!お母さまが制服に付けておいてくれたのかも。もしかしたら、助けが来るかもしれない!)


しかし、リオの希望はすぐに打ち砕かれた。ポレモスは忌々しそうに制服の胸元を剣で破り、ミハイルに着替えを持ってこいと命じた。


リオの胸元をねっとりと見つめていた気持ち悪いゲスは慌てて侍女のアンナを呼び、着替えを持ってこさせる。簡素なドレスを手渡されたリオは出来るだけ肌を露出させないように手早く着替えた。


ポレモスは苛々しながら


「場所を変えるぞ。ここは既に見つかっている」


と言いリオを失望させた。


せめて追跡子の付いている制服の一部でも持っていけないかと考えたけれど、ポレモスはリオの制服を取りあげて投げ捨てた。


ここを離れてしまっては手掛かりがなくなってしまう。レオンはきっとここに来るに違いない。何かレオンに伝えるメッセージを残せないだろうか。せめて生きていることだけでも伝えたい。


しかし、ポレモスはそんな隙も与えてくれなかった。


その場ですぐに全員が転移した。床にはボロボロになった制服だけが残される。あんな状態の制服を見たらレオンは余計に心配するだろう。レオンを苦しめるのが辛くて堪らなかったけれど、リオには為す術がなかった。


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