報告
翌日、レオンとサンは村長の話を全員に報告した。特にサンの村長のモノマネは圧巻で名人芸レベルだ。
出席者は、リュシアン、セリーヌ、イチ、サン、パスカル、マルセル、アニー、エディ、カール、ルイーズ、レオンにリオ。
秘密を共有できる、つまり心から信頼できる人がこんなに増えたことが素直に嬉しい。
しかし、村長の話には驚愕の事実が多く、参加者の間に動揺を巻き起こした。
ポレモスに唆されて別世界に逃げようとしたセイレーンの夫婦の話を聞いて、セリーヌの目尻からポロリと涙が零れ落ちる。
リオもその話を聞いた時に、これはセリーヌのことに違いないと思った。帝国の追っ手に殺されたのが彼女の両親で、獣人に助けられフォンテーヌに保護された赤ん坊がセリーヌだったのだろう。
リュシアンがセリーヌを抱きしめて、背中をさすっている。セリーヌの両親が村長に願った加護は『危機を避けられる能力』だった。それが預言の能力に繋がったに違いない。胎児だったセリーヌに誤って複写された記憶が日本の女子高生のものであったのだと納得もした。
リオが複製、つまりクローンである事実も衝撃だ。しかし、リオがクローンということよりも、もうフィオナの意識について気に病む必要がないことに、みんな安堵しているようだった。
全員、リオに変わらぬ笑顔を向けてくれる。クローンだからと態度を変える人がいないことにリオの胸が温かくなった。
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一番恐慌を引き起こしたのは、ポレモスが動物や虫だけでなく、細菌や真菌にも化けられるという事実だった。そして、そのポレモスにリオが命を狙われていると知ってセリーヌたちの顔色が悪くなる。
みんなが呆然として「人間以外に化けるなんて聞いたことがない・・・」と呟いた。
(そうか、動物にも化けられないのが普通なんだ。不思議・・・、獣人はいるのにね)
レオンがリオに質問する。
「別な世界について知っているポレモスは、我々の常識外の魔法もイメージできるのかもしれない。リオ、以前君がいた世界ではファンタジーという文学の分野があって、そこでは魔法使いが猫に変身できると言っていなかったかい?人間以外に変身できる魔法が多く描かれていたとか」
そういえば昔レオンにそんな話をしていた。リオは真面目な顔で頷いた。
「私が居た世界では、魔法使いの物語が沢山ありましたが、動物に化ける話も沢山ありました。猫だけじゃなくて、蜘蛛に変身して夜中にお姫様の寝言を盗み聞きするという童話も読んだことがあります」
「しかし・・・この世界ではそんな魔法が可能なんて聞いたことないぞ」
唖然として呟くカールの言葉にルイーズが
「リオが使った魔法だって聞いたことないわ。世の中には不思議なことが沢山あるのよ」
と訳知り顔で答える。さすが元霊魂だ。
「アリか‥‥くそ、殺虫剤を撒いてやれば良かった」
とリュシアンが悔しそうに歯噛みする。
「文字通り今度こそ虫一匹出入りできない強固な結界を張ってやる」
とリュシアンはやる気になっているがセリーヌは不安そうだ。
「でも、細菌や真菌なんてどうしたら侵入を防げるのかしら?」
という言葉にリオは自信をもって回答した。
「お父さま、お母さま、魔法を使う必要はありませんわ。必要なのは徹底した殺菌消毒です。例えば、ポレモスでもシモン国家療法所には侵入不可能だと思いますわ。徹底した清掃、除菌、殺菌、消毒のおかげです。それと同じことを公爵邸でも行えば大丈夫です。虫は燻蒸殺虫剤で何とかなります」
この辺りは前世の知識が役に立ちそうな気がする。リオのおかげでセリーヌは少し安堵したようだ。
「・・・ポレモスは地下牢から逃げた振りをして、屋敷に潜み情報を集めていたんだな」
リュシアンが険しい顔で話を続ける。
「ああ、地下牢から逃げれば我々の意識はそちらに向かうだろう。わざと騒ぎを起こして捕まったんだと思う。敢えて捕まって取調べを受けることで、こちらが何を探っているかも分かる。狡猾な男だ」
レオンが吐き捨てるように言った。
「エラは、全ての情報を掴んだと想定した方が良いだろう。エラは特にルイーズやアベルを狙うだろうな。身辺に気をつけて、できたらこの屋敷から出ない方がいい。アベルは引き続き療法所に通うのは問題ないだろう。直接公爵邸から転移できるからな」
リュシアンの言葉に、カールとルイーズは頷く。
アベルについては、カールとルイーズが孤児院の院長と話し合いをした。正式に二人が引き取ることになり、アベルも今は公爵邸に住んでいる。アベルが最後に孤児院を訪れた時は、涙涙のお別れだったそうだ。
「問題はリオだ。ポレモスに命を狙われているだけでない。エラはリオが神の力を持つことも知っている。エラは若返りに執着しているから、リオなら若返りが可能だと考えてもおかしくない」
レオンの言葉に一同が頷く。
(若返りなんて、そんな不可能を期待されても・・・)
「リオは、ポレモス、エラ、ミハイル、帝国に狙われる存在になった。どれだけ警戒しても足りないくらいだ。もう髪の毛の追跡子を使った眼くらましは効かない。敵は直接公爵邸を狙ってくるだろう。療法所のこともバレていると想定すべきだ。臨戦態勢を取るべきだと思う」
レオンの言葉に全員が拍手喝采をした。
(・・・臨戦態勢・・・怖い。私は診療を続けられるんだろうか?)
「本当は診療も休んで欲しいところだが、リオは嫌だろう・・?」
リオはうんうんと必死に頷いた。
レオンは諦めたように
「療法所の警備はイチたちのおかげで強固だ。細菌になったポレモスも近づきがたいだろうし、診療を続けるのは大丈夫・・・・・・・だと思いたい」
と、深い溜息とともに言葉を吐き出した。
他の参加者も複雑そうな面持ちである。
(・・・心配かけてごめんなさい。でも、私から診療を取ったら何も残らないというか、診療が私の生き甲斐というか・・・)
膨大な情報の整理と今後の対策を話し合うために、リュシアン、レオンとカールは三人で別室に消えていった。
セリーヌ、エディ、ルイーズも何か用事があるらしく三人で部屋を出て行く。アニーも三人の後を追いかけた。
パスカル、マルセルの騎士兄弟とイチは療法所の警備のことで忙しそうに議論している。
残ったサンが
「しけた顔してんなよ。俺が部屋まで送ってやっから。俺じゃ不満か?」
と言うので、少し安心した。
突然独りぼっちになると、昔日本で感じたような寂寥感に襲われそうで怖い。




