過保護
リオの懐胎が確定し、リュシアンとセリーヌに報告すると、二人とも小躍りして喜んでくれた。
「初孫!初孫!」と盛り上がっている。
安定期に入るまでは油断できないと伝えても、セリーヌは「大丈夫よ!」と言いつつ何だかもう張り切っている。
結婚式の日取りもまだ決まっていないから、下手したら赤ちゃん連れの結婚式になるかもとリオは頭を抱えたくなった。レオンは「それもいいな♪」なんて頭が完全にお花畑になっている。
他のお仲間にも報告すると全員がめちゃくちゃ喜んでくれた。
サンだけはちょっと複雑そうだったけど、
「大事にしろよ」
と笑顔でデコピンされた。
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しかし、レオンの過保護度合は加速度的に高まった。
歩いているだけで「転んだら大変だ」と抱きかかえられる。
毎日やっていた筋トレや剣術の訓練も全て禁止になった。
理由を聞くと「危ない」と一言。
いや、妊婦にも軽い運動は必要だよ、と主張するも全く聞く耳を持たないレオン。元々多くない外出予定を全て白紙に戻したいと言い出した。
外出禁止の危機再び。ヤンデレの危機再びである。
リオは定期的に村長のところでイーヴの治療を続けているが、それも止めた方がいいと言う。最終的に療法所での診療も辞めた方がいいのでは、と言われてリオは呆れかえった。
大公を診察するためにシュヴァルツ大公国を訪問するのは外交的にも重要な任務だが、それにも黄信号が灯った。
密かにシュヴァルツ大公国に行くことを楽しみにしていたリオはガッカリした。仕事だけど、それでも初の海外(コズイレフ皇宮と村は除く)と期待していたのだ。いつかはブーニン地方に旅行に行きたいとも思っている。
体調には気をつけるし、大公の診察は三国同盟にとって重要だとレオンを説得したが、頑なに「大事なリオの体に何かあったらどうする?」と引いてくれない。
思いがけない援軍はセリーヌだった。
夕食の席でも言い争っていたリオとレオンを見て、セリーヌが
「純血種のセイレーンは妊娠しにくいけど、一旦出来てしまったら、その子供はとても丈夫なのよ。流産はしにくいってどこかの文献に書いてあったわ」
と言い出した。
(え!?そうなの?レオン様がそれを知らない訳ないわよね?)
リオは半目でレオンをジトっと見つめる。
レオンは気まずそうに視線を逸らした。
そんなレオンを放置して、セリーヌに妊娠中の注意を聞いてみる。
「うーん、私は悪阻もそんなになくてね。ラッキーだったわ。アンドレはお腹の中に居る時からいい子だったのよ。基本的に赤ん坊はお母さんを守ろうとするの。胎児だけどものすごい魔力を持っているのは、自分と母体の両方を守るためなのよね。だから、多少動き回っても問題ないし、逆に運動した方が良いと思うわ。エネルギーを使わないとかえって体に良くない気がするもの」
セリーヌの言葉にレオンは溜息をついた。
溜息をつきたいのはこっちだ、とリオはちょっと文句が言いたい。
リュシアンは苦笑しながら、
「せっかく赤ちゃんが出来たんだ。喧嘩するなよ。特にレオン、お前は極端に走りすぎるから気をつけろ」
とレオンに注意してくれる。
夕食後、部屋に戻ってもリオはレオンと口をきかなかった。
もう閉じ込められたくないし、筋トレだって剣術だって習いたい。
寝る支度をしてレオンには「おやすみ」だけ言って、背を向けて勝手に寝ることにする。
レオンは何か話をしたそうだったけどリオは一切無視をした。
大人の男の人なのに、レオンはしょぼんと肩を落としている。
(・・・可哀想)
・・かもしれないけど、レオンにはちゃんと分かって欲しい。自分にだってやりたいことはあるんだ。
「リオ」とレオンがそっと呼ぶ。震える声にリオは我慢ができなくなって振り返った。
「何?」
レオンは「君が怒っているのは私が過保護だからかい?」と消え入りそうな声で尋ねる。
「過保護すぎるし、私は普通の生活がしたいです。勿論、狙われているから気をつけなくちゃいけないのは分かってます。でも、妊娠したからってどこにも行けなくなるのは辛いです」
と言うと、レオンは「すまない」と小さい声で謝った。
そして、少し躊躇しながらリオの手を握る。拒否されたらどうしようと不安そうな顔をしているので、拒むことはできなかった。
「私は、リオに会うまで『失うのが恐ろしい』という感情をこれほど強く感じたことがなかった」
訥々と語るレオンの声色が切ない。
「私は怖いんだ。リオと過ごす時間が幸せすぎて。こんな幸せが長く続くはずないって思ってしまう。一度幸せを知ってしまった私はそれを失うのが怖くて堪らないんだ」
「レオン様・・・」
レオンは自嘲した。
「情けない。大人のくせに、と自分でも思う。だけど、君のことになると冷静でいられない。しかも、君は私との子供まで身ごもっている。私にとっては奇跡以上の出来事なんだ。これが夢でいつ消えてしまうかと思うと怖くて堪らない。だから、君を閉じ込めておきたくなる。いつも自分の手の届く安全なところに居て欲しいんだ」
リオはレオンの気持ちが痛いほど分かる。リオも同じ恐怖を感じているからだ。二人とも過去の経験が悪すぎたのかもしれない。それでも強くならなくてはいけないとリオは思う。
「レオン様、あのね。私が日本にいた頃、外国からのお医者さんと仕事をする機会があったの。名言を言うドクターがいてね。例えば『Lasting love is built on shared experiences』って言葉を良く覚えてる。『愛を長続きさせるには、色々な経験を分かち合わないといけない』ってことだよね。経験を分かち合いながら、お互いへの思いやりとか愛情を育んでいくんだと思うの」
レオンは黙って頷いた。
「私は色んなところに行ってみたいの。沢山の経験をしてみたい。今まであまり外に出たことがないから自分でも世間知らずだと分かってる。でも、一人じゃ嫌なの。全部レオン様と一緒に経験したい。レオン様となら絶対に楽しいもの。そういう経験を通して、私たちの絆とか愛情も深まっていくんじゃない?危ないからって閉じ籠って、何の経験も共有できないのって勿体ないと思うの」
「私はこれ以上深まりようがないくらい、既に君に夢中だけどね」
苦笑しながらレオンはリオの頭を撫でる。
「いや、そうじゃないな。昨日より今日の方が確実に君のことを愛している。こんなに愛せるなんてあり得ないと毎日思う。でも、明日になると、昨日よりもっと愛してるって思うんだ。リオへの愛には限界がないな」
レオンは思案気に独り言ちる。
リオはレオンの胸に顔を埋めて
「私も同じ気持ちなの分かります?」
と尋ねた。
レオンは我慢できなくなったかのようにリオを掻き抱いて、深く口付けする。
そのままベッドに押し倒された。
「だ、大丈夫ですか・・ね?」
「運動した方がいいんだろう?」
とレオンはニヤリと笑う。
リオは頬がカーっと熱くなるのを感じながらレオンに身を任せた。
***
リオはレオンの腕の中でウトウトしてしまったらしい。
ふと目覚めるとリオの頬を指で優しく撫でている。
「すまない。起こしてしまったかい?」
リオはレオンの頭に手を回してサラサラの黒髪を撫でた。気持ちいい。現在のレオンの髪はちょっと長めで肩の下くらいまである。いつもは無造作に束ねているが今はおろしていて、リオはそれにじゃれつくのが好きだ。
「先ほどリオが言ったことを考えていた。確かに二人で色んなところに行けたら楽しいだろうな。リオには村長の羽根があるし、必要があれば私は左手の巾着袋に入っていられる。私は元々心配性だが度が過ぎていたと反省している。すまなかった」
そう言って深く頭を下げたので、リオも酷い態度を取ったことを謝った。
レオンはちょっと照れくさそうに、
「今度の休診日に日帰りでブーニン地方に旅行に行こうか?」
と言った。
「ホント!?」
レオンは頷いて
「護衛付きだけどな。リオはずっとブーニン地方に行きたがっていただろう。ベルトランドにはリオが無事に戻ったことは伝えたが、実際に会った方が安心できるかもしれない」
と笑った。




