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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
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鳥人族のローレ 中編


 風が揺らぎ、空がざわめく。

まるでこの世界そのものが、少女流した血にざわついているようだった。


空に浮かぶ二つの影──翼を裂かれたスミレと、彼女を抱きかかえる蓮。

彼の腕の中で、スミレの身体は小さく震えている……ように見えた。

それが生の証か、それとも──ただの錯覚か。


重たい沈黙を引き裂いたのは、誰よりも早く空を見上げていたミネルだった。


「スミレ……!」


ミネルが走り出す。風をかき分けるように、崩れかけた大地を駆け抜けていく。


息を切らし、蓮の元へとたどり着いたミネルは、スミレを見て顔色を変えた。

その目に宿るのは焦りと恐怖──冷静な彼女には珍しい、生々しい感情だった。


「スミレ、お願い、目を開けて……っ」


そう呟くと、ミネルはすぐにスミレの胸元に手をかざし、魔法の光を灯す。

ふわりと花びらのような光が舞い上がり、傷口に吸い込まれていく。


「……深すぎる……傷の修復がどれくらいかかるか、分からない……」


その声は震えていた。

ただの動揺ではない。

仲間を守れなかったという痛みが、彼女の理性を確実に蝕んでいた。


 スミレの白い翼は、無惨に裂けていた。

 風に舞う羽根が、まるで彼女の命が散っていくように見えて──ミネルは必死に魔力を注いだ。


 一方で、カリュアはただ立ち尽くしていた。

 目の前で自分を庇った少女が、紅い風に吹き飛ばされた。

 自分のせいで、あの翼が──

 手も、声も、伸ばせなかった。

 それでも、目だけはローレを追っていた。

 まだ彼を止めなければという思いが、胸を締めつけていた。


(どうして、私なんかを……)


 呆然とつぶやくことすらできず、ただ息を詰める。

 目の奥に焼き付いていたのは、スミレが庇う瞬間に見せた、迷いのない瞳だった。


 その光景を、ローレが見つめていた。


スミレの翼が裂かれ、血が空に舞う──その瞬間が、彼の視界に焼き付いていた。


見慣れたはずの紅い風。けれど、その風が“血”を連れてきたとき、ローレの中で何かが静かに崩れた。


「……血……?」


ぽつりと落ちた声は、自分でも気づかぬほど小さかった。


風が止まる。

自分の周囲を取り巻いていた暴力の渦が、まるで手を引くように静まっていく。


ローレの爪が、だらりと下がった。

その目は何かを捜すように彷徨い、けれど何も捉えられない。


「……あれは……俺じゃない……」


声が震える。

自分に言い聞かせるように、否定するように、言葉が溢れる。


「違う……違う……俺はそんなつもりじゃ……」


思考が混線する。

何を言っているのか、自分でも分からなくなっていた。


「俺は……ただ…………!」


どこかで聞いたはずの叫びが、今は自分の口から漏れていた。


ローレは両手で頭を抱える。

耳を塞ぐ。視界を閉ざす。

自分という存在そのものを、今すぐ掻き消したくて。


「やめろ……やめてくれ……!」


それでも、胸の奥からはっきりと突き上げてきたのは、たったひとつの願いだった。


「……俺を……殺してくれ!!!!!」


その叫びは風よりも鋭く、世界に亀裂を走らせた。


暴風が崩れ落ちる。

何もかもが壊れたように、空が深い沈黙に包まれる。


それを見届けたホクトが、ぽつりと呟いた。


「……悪い、ローレ」


その目には、獣のような鋭さはなかった。

ただ、深い痛みと迷いが、にじむように宿っていた。


「……俺がお前を、止める」


呟きと同時に、ホクトの背にある翼が静かに開いた。

竜の血を継ぐその翼は、ただの羽ではない。

無音のまま、空気を震わせ、風を巻き、空そのものを支配する。


次の瞬間、重く、鈍い音とともに魔力が解き放たれた。

まるで地を割るかのように、空間にひびが走る。


大剣が呼応するように唸った。

鍔から柄へ、柄から手へ、手から全身へと、魔力のうねりが這い上がってくる。

それはまるで、剣が意志を持ち、ホクトの“迷い”を見透かしているかのようだった。


(行け。今しかない。終わらせろ──)


何度も、この剣で仲間を斬ってきた。


そのたびに、心は少しずつ削れていった。

けれど、誰かがやらなければならなかった。


それが自分の役目だと思い込んできた。


「これ以上……苦しませたくない」


ホクトは、そう言った。

だがその声には決意ではなく、どこかで途切れそうな哀しみが滲んでいた。


空を駆ける。


魔力が尾を引き、剣が軋む。

けれど、その勢いとは裏腹に──心は、鈍く、重い。


風が抜けた先に、ローレの背中があった。

崩れた肩。塞がれた耳。恐怖に震える背中。

あれは、かつて「仲間」と呼んだ男の姿だった。


剣を構えた腕が、震える。

この剣で終わらせることが、救いだと思っていた。


だがーー斬れない。


足が、止まる。


背に広がるはずの風が、音もなく揺らいだ。

剣は、震えを持ったまま動かない。


目の前のローレが、何かを呟いた。声にはならない。


ただ、その震える肩が全てを物語っていた。


ホクトは、ゆっくりと剣を下ろす。


(──俺は、もうこれ以上……)


次の瞬間、彼は剣を逸らし、まっすぐローレを抱きしめた。


重い魔力が、一気に収束する。

大気が、静けさを取り戻す。


剣ではない。

この手で、救う。

たとえそれが、自分の存在を否定するような行為だったとしても。


そうするしかなかった。


それが──今のホクトにできる、唯一の“答え”だった。


「……ここでしまいにしよう」


 その声は、まるで自分自身に向けているようだった。

 その代わりに、ホクトはローレを強く、強く抱きしめた。


 ホクトの表情は見えなかった。

 だが、その背は、まるで──戦いよりも、救いを選んだ男のように見えた。


 “あのホクト”が、斬らなかった。


 それだけで、何かが音を立てて崩れた気がした。

 ゆっくりと、ホクトはローレを抱えたまま降下していく。

 静まり返った空のなか、ただ一人の仲間を抱えて──


「……これで裏切り者じゃあ、ないだろう」


 その呟きだけが、風の中に溶けていった。


スミマセン昨日更新忘れちゃいました……

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― 新着の感想 ―
スミレの歩くって言葉の重みに涙腺が... ローレとミネルの関係も切なくて尊い... そして蓮。 何も知らないはずなのに、誰よりも誰かの隣に立とうとする。 正義に悩みながら、それでも手を離さないで、前…
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