表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
94/129

風都アウライア 前編

 雲の切れ間を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。


 銀白に光る風が三人の翼を包み込む。地上とはまるで違う、音のない世界。

 風の海とも呼べるその高空には、凛とした静けさが満ちていた。


 下には、うねるように広がる深い森。

 その先には、霞に煙るような霧の山脈。

 さらにその向こう、まだ目には映らぬ風都アウライアが、風に抱かれて眠っているはずだった。


 空はどこまでも高く、どこまでも澄んでいる。

 だが――その透明さの奥に、何か不穏なものが微かに滲んでいた。


 三人は一直線に、その空を翔けていく。

 先頭を行くホクトの背中には、竜を思わせる大きな羽が羽ばたいていた。

 その姿には確かな力強さがあったが、どこかに沈んだ影も見えた。


 やがて、ホクトがぽつりと口を開く。

 風を切る音に紛れて、その声は静かに、しかしはっきりと蓮とスミレの耳に届いた。


「……風の流れが乱れている。自然なものじゃない。何かが、都の中心を揺らしている」


 スミレが顔を上げる。


「サタンの仕業なのかしら……?」


 ホクトは短く頷いた。


「だが、ただのサタンじゃない。――もし予感が当たっているなら、そこにいるのは……ローレだ」


 蓮とスミレが同時に息を呑む。


「五大悪魔の最後の一人……」


「姿は見えなかったが、ずっと、感じてはいた。

 あいつは今も生きていて、どこかで力を押し殺している。見つけようとすればできた。でも……俺はそれを、しなかった」


 ホクトの声は低く、しかしどこかに棘を含んでいた。


「情に脆く、衝動的で……でも、誰よりも人間らしいやつだった。

 ガオスの暴走で騎士団が割れたとき、あいつは最後まで抗おうとして、結局……壊れた。あいつの暴走を、止められなかった。いや……俺は、見逃した」


 その言葉に、蓮の表情が曇る。


「……そのローレが、風都アウライアに?」


「確証はない。けど、あの風の乱れ方は、あいつの気配に近い。

 しかも、もう一つ、気がかりなことがある」


 ホクトは風の流れを読むように前を見据えながら、声の調子を落とす。


「……ミネルがそこにいるとなると、面倒だ」


 ホクトはわずかに視線を逸らし、低く続けた。


「あいつは、命令されればどこへでも行く。自分の立場も、疑わない。

 ただ、まっすぐに任務をこなすだけだ。……だからこそ、誰かに“仕組まれた”としたら、本人はそのことにすら気づかない」


 蓮が声を強める。


「……誰かに、嵌められたってことか?」


「可能性はある。……そして、もしもその“相手”がローレだとしたら……最悪の形で事態が動く」


 重たい沈黙が流れる。

 風の静けさが、余計に胸に響いた。


「なら……止めに行こう」


 蓮が言い切った。


「たとえローレがいようが、ミネルが利用されているなら、なおさら放っておけない」


 スミレも続けて頷いた。


「私たちで、ミネルを迎えに行きましょう。今度こそ、誰も一人にしない」


「ああ……そのつもりだ。何が待っていようと」


 ホクトは一瞬だけ目を細め、風の向こうを睨んだ。

 その瞳は、まっすぐに風を裂く先を見据えている。


 彼の羽が大きくはためいた。

 三人の身体が、風に乗って一気に加速する。


 空気が変わる。

 緊張と冷気が混ざる中、ホクトの目だけがわずかに陰を落とした。


「……竜の力が、削れてきてるな」


 ぽつりと、誰にも届かない声で呟く。

 その言葉は風にさらわれ、蓮にも、スミレにも届かなかった。

 まるで、ホクト自身の内側だけに響いていたかのように。


 しん、とした静寂が、風の中に長く尾を引く。


 やがて、空の向こうに揺らぎが見えた。

 淡い藍が、灰がかった翡翠へと滲み始める。


 気配がある。

 言葉にはならない、空のざわめきのようなものが、確かに近づいてきていた。


「……見えてきたな」


 ホクトの呟きとともに、眼前に巨大な空中都市が姿を現す。


 雲を突き抜け、天に浮かぶ岩塊。

 そこに広がるのは、風とともに生きる民の都――風都アウライア。


 白い岩肌に羽のような塔が林立し、その間を無数の鳥たちが旋回している。

 自然と建築が調和した、美しくも神秘的な街。

 しかしその空には、目に見えぬ“乱れ”が確かに漂っていた。


「……風が、弱ってる?」


 スミレが不安げに呟く。


「いや、違う。流れが乱されてる。都の中心……何かがある」


 蓮は目を凝らし、都市の奥を見つめた。

 羽を広げたような広場。その下に、空を裂くような黒い裂け目が見えた気がした。


「行こう。もう迷ってる暇はない」


 ホクトがそう言い、翼を強くはためかせた。


 風の緊張が肌にまとわりつく。

 鳥たちの旋回は落ち着きを失い、空の流れはどこかよろめいていた。


 高空に浮かぶ都には、過去と現在、そして未来を揺るがす“何か”が確かに潜んでいた。


 三人は、風の都の門へと舞い降りた。


 ――ミネルは、この中にいる。

 そして、その奥には……ローレがいるかもしれない。


 世界が、再び動き始める。


☆第5章の主要人物


カリュア

第81話 初登場。

鳥人族の女。蓮とミネルがイシュタルへ向かう際、助っ鳥として登場し手助けをしてくれた。ピンクの肌に黄緑の髪と瞳が特徴的。


ローレ

五大悪魔の一人。

風都アウライアにいるかも……?


ラミア

下半身が蛇の女。蓮の前に姿を見せては、不可解なことを言って行方をくらます。妙な圧力もあり、蓮は彼女を怖いと感じている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ