決勝
いよいよ、最終決勝戦の幕が上がる。
第1試合、第2試合を見事に勝ち抜いたスミレと――
あまりの圧倒的な実力により、準々決勝からそのまま決勝入りを果たした、美穂。
まるで対照的な二人が、いま、中央の広場で相まみえる。
観客席の蓮は、思わず息を呑んでいた。
どちらも、何度も見てきた仲間のはずなのに――
この瞬間の彼女たちは、まるで別人のように、眩しく見えた。
美しい、と思った。
白と青。静と動。月と太陽。
相反する二つの存在が、今、同じ舞台の上に立っている。
その姿はただ戦っているのではなく、何かを届けようとしているようだった。
スミレの白い髪が風に揺れ、柔らかに笑みを浮かべている。
美穂の海色の瞳がきらめき、鋭く前を見据えていた。
どちらも美しく、どちらも強く――それでも、全く違っていた。
リリスは腕を組み、少し身を乗り出して呟く。
「……これ、女の戦いってやつじゃん」
「え?」
「蓮をめぐって、女同士の情がバチバチに飛んでんの。あんた、少しは自覚しなさいよね……」
「え、俺……関係あるの……?」
「めちゃくちゃある!!」
リリスの叫びも届かぬまま、静寂のなか――笛が鳴る。
「美穂ちゃんと、決勝なんて……少し、信じられないわね」
スミレがぽつりと、いつもの穏やかな声で言う。
その声には、どこか柔らかな驚きと嬉しさが混じっていた。
まるで、昔の記憶をそっと振り返るような優しさ。
「私もよ。あなたがここまで残るなんて、思わなかった」
美穂の返答も、どこか冗談のようで、でも本気だった。
少し口の端が上がって、けれど瞳は真剣だった。
彼女の瞳には、波立つ感情が隠れている。
エルフらしい透明感を持ちながらも、彼女は――誰よりも「今」を生きていた。
二人は、同じように微笑みながら、距離を詰めていく。
だがその歩みには、一切の油断も隙もない。
微笑みの下には、確かな意志があった。
スミレは微笑みながら、すっと足を前へ出した。
その仕草は、まるで舞のように優雅で、余裕を感じさせる。
風に揺れる髪、袖の先、足運びの柔らかさ。すべてが一枚の絵のように洗練されている。
「美穂ちゃん、きっと私はあなたに勝てないわ。けれど、この機会、無駄にはしない」
スミレの声は、どこまでも穏やかで、それでいて真剣だった。
美穂はその言葉に眉を寄せる。
「当然よ」
風が舞う。二人の周囲に魔力が立ち昇り、火花が走る。
スミレの放った水の精霊が、美穂の光の障壁に弾かれる。
それはまるで、水面に落ちる陽光のように、儚くも鮮やかだった。
「ねえ、スミレ。あなたには、好きな人っている?」
後ずさるスミレの眉が、ぴくりと跳ねた。
「言ったでしょう?私はみんなのことが好きよ?」
スミレの花が舞った。
柔らかく、けれど確実に、美穂の周囲を囲む。
それは戦術というより、芸術だった。
火と水の精霊、花の魔法――繊細で温かく、守るための力に満ちている。
蓮の目には、まるで花園の中心で舞い踊るようなスミレの姿が映った。
幻想的で、どこまでもやさしい。
ただ強いだけではなく、包み込むような美しさがそこにあった。
「そう。じゃあ、蓮のことは?」
そう言いながら美穂は魔法陣を展開する。
彼女の動きは、スミレと正反対だった。
鋭い。速い。鋼のように一切の揺れがない。
光と闇の魔力が直線を描き、スミレの精霊たちと交錯する。
その軌跡は、まるで夜空に線を描く彗星のように鮮烈だった。
スミレは悪びれもせず、白い指先で髪を払う。
「私、まだ自分の気持ちが全部わかってるわけじゃない。でもね――
蓮の隣に立つ時、恥ずかしくない自分でいたいって思ってるの。それが何なのかは、まだ分からないけれど!」
「……!」
美穂の魔力が揺らぐ。
それは、怒りでも憤りでもない――嫉妬だ。
スミレのまっすぐさが、胸を刺す。
「……あなたって、ほんと余裕そうに見せるのが得意ね」
美穂が一歩前に出る。瞳に、はっきりとした意思が宿る。
「でも私は、……誰にも譲る気なんか、ないから!」
その言葉と共に、光と闇が交錯する魔法がスミレに向かって走る。
スミレは花の盾を展開し、軽やかにかわす。
盾が弾けると同時に、色とりどりの花弁が舞い、闇と光を一瞬、飲み込んだ。
蓮の胸がどくんと鳴る。
まるで舞台のラストシーン。
ヒロインともう一人のヒロインが、それぞれの想いを剥き出しにして戦う――たぶん、もう二度とこんな光景は見られない。
「……すごいわね」
スミレは、少し驚いたように呟く。
「こんなにまっすぐ、誰かを想えるなんて……」
そして――ほんの一瞬。
彼女の中で何かがほどけた。
まだ自分の気持ちに気づいていない。でも、きっと――
“この胸のあたたかさ”が、答えになる日が来るのだろう。
花と光が交差する、華やかな戦場。
まるで舞台のような美しさに、観客席は静まり返る。
やがて、ふっと風が止んだ。
スミレの防御が遅れた――その一瞬。
美穂の光の魔法が、彼女の足元を穿つ。
スミレの体が、ぐらりと揺れる。
次の瞬間――笛が鳴った。
「勝者――美穂!」
大きな拍手が広がる中、スミレは軽く笑って頭を下げた。
美穂は一歩近づき、手を差し出す。
「ありがとう、スミレ。……私、あなたのおかげで、ちゃんと自分の気持ちと向き合えた」
「そう……よかったわ」
二人は握手を交わし、静かに微笑み合った。
観客席で、リリスはため息をつく。
「はぁ……やっぱ女って怖い」
蓮はまだ、状況を呑み込めていない。
「俺、なんか……見られてた?」
「バッチリよ。あんたの心の持ち主が、いま争われたの」
「……なんだその物騒な表現……」
こうして騎士団員の試合は幕を閉じた。




