準決勝
準々決勝が無事に終了した。
観客席に戻ったミネルは相変わらずの無表情だったが、それでもどこか、微かに――ほんの少しだけ、楽しげな雰囲気を纏っていた。
「ミネル、お疲れ様」
蓮が声をかけると、ミネルは眉間に皺を寄せながら言う。
「身体に“痛みに近い反応”が出ている。早く修復を済ませたい」
それでも、視線は訓練広場に向けられていた。
蓮の目も自然とそちらに向く。そこにいるのは、連戦で挑むタオの姿――
そして、その正面でふわりと笑ったのは、白い髪の少女だった。
「まさかタオと戦う日がくるなんて思わなかったわ」
陽光に揺れる髪。柔らかな微笑みとともに、スミレがタオの前に立つ。
その仕草一つ一つが、無自覚ながらも見る者を引き込む。
――準決勝、第1試合は、タオ vs シェリー。
広場にざわめきが広がる中、観客席ではリリスが息を呑み、蓮と目を見合わせた。
「ちょ、見てらんないんだけど……」
兎耳をしょぼんと垂らしながら、リリスがいじけたように呟く。
「なんか、ムズムズするのよ、あの二人見てると……!」
蓮も苦笑する。
「スミレ、自然に甘えるっていうかさ。あいつらって、信頼で繋がってる感じするよな」
リリスは頬を膨らませた。
「……純粋っていうか、悪気がなさすぎて。タオもあれ、満更でもない感じするし……」
そして――笛が鳴る。
スミレは一歩前に出て、朗らかに笑った。
「タオ、よろしくね。楽しみにしてたわ」
「お、おう……手は抜かねぇからな?」
そう言いつつ、タオはどこか目をそらす。
正面から向き合うスミレの瞳は、まっすぐで、濁りがなくて。
「タオは、私に本気では攻撃できないと思うの。……私も、できる自信ないけど」
「お前な……」
スミレはふわりと首を傾げて、悪気も駆け引きもなく、言う。
「だって私、タオのこと、好きよ?」
――観客席の蓮とリリスが、同時に叫んだ。
「「はあああああ!?!?」」
スミレが魔力を展開すると、ふわりと白い花が咲いた。小さな火の蝶、水の羽が彼女の周囲を舞い始める。
その所作は、まるで踊るようだった。
「頼むから、そういう誤解される発言やめてくれっ!」
タオが魔法をかわしつつも、足取りはどこかおぼつかない。
「あら? どうして? 本当のことなのに」
「いや、だからってだな……!」
「だって私は、団のみんなのことが大好きだし。タオは特に……」
「あーー!もういい!いつもの“みんな大好き”モードな!わかったから!」
二人の間には、殺気ではなく、どこかあたたかな空気が漂っていた。
「……なにこの空気……やわらかすぎでしょ……」
リリスの声は、低い。
「ていうか“好き”って言ったよね?ねえ!?告白したよね今!?」
蓮も必死でツッコむ。
「おい!“家族みたい”って前言ってたよな!?こんな戦い方するか普通!?」
「……兄妹が戦闘中に告白風味の魔法撃つわけないでしょ!!!」
タオは距離を取り、苦い顔をする。
「お前、ほんとにもう……戦いにならねえよ……!」
スミレはきょとんとした表情を浮かべた。
「あら? 本気で来ていいのよ? 私、ちゃんと受け止めるわ」
「……くっそ、真っ直ぐ言われると否定しにくいんだよな……」
リリスの心の声が漏れる。
(これ、私……完全に空気負けしてる……)
そして、戦闘が少しずつ加速する。
スミレの魔法が小さく爆ぜ、タオがすぐに回避。砂煙が舞う。
「……ごめんね、ちょっと当たっちゃったかしら……?」
「当たってねーよ!だからそういう“心配そうに謝るの”やめろっ!」
砂煙の向こう。
タオは額の汗を拭いながら、深く息を吐いた。
「……お前さ、マジでなんなんだよ……」
スミレは小首をかしげる。
「なにか、変なことしたかしら?」
「全部だよ」
呆れたように言って、タオはふと笑った。
ああ、もう。
こんなんで――どうして、本気になれるってんだよ。
花の魔力に包まれたスミレの周囲は、どこか柔らかく、温かかった。
攻撃の意志はあるはずなのに、どこまでも優しくて、痛みすら拒んでくる。
――こんなの、傷つけられるわけねぇだろ。
次の瞬間、タオは構えていた手をすっと下ろした。
「悪い、シェリー。俺、ここまでにするわ」
スミレが、ほんの一瞬だけ目を瞬いた。
「え?」
静寂が広がる中、タオははっきりと言った。
「降参だ。……これ以上、お前に爪は向けられねぇよ」
「……っ」
その言葉に、観客席がざわめく。笛が鳴り、審判の旗が上がる。
「勝者――シェリー!」
歓声が上がる中、スミレはそっとタオのもとへ歩み寄った。
「……ごめんなさい。私のせいで、戦いづらかったわよね?」
「……違ぇよ」
タオはスミレの頭にぽんと手を置いた。
その手は優しくて、少し照れたようで。
「お前と戦えて、楽しかったよ」
スミレは少し驚いたあと、ふわりと笑った。
「そう……よかったわ。私もよ。ありがとう、タオ」
柔らかな風が吹いた。
二人の間に、殺気はなく、ただ信頼だけが残っていた。
一方、観客席では、リリスが腕を組みながら――うんうん唸っていた。
「……これ、あれだよね。タオの好感度爆上がりイベントだよね……?」
蓮は少し引きつった笑みを浮かべた。
「たぶん……でも、スミレは気づいてなさそう」
「で、タオも鈍感すぎて自覚ないってわけ!?」
リリスの耳がぴょこぴょこと揺れる。
「……どっちももう、どうしようもないくらい“純粋バカ”なんだわ……」
そう呟いた彼女の目は、ほんの少しだけ潤んでいた。
次に戦う相手は、美穂。
広場を歩きながら、スミレは振り返る。
「タオ、応援してちょうだいね」
その一言に、タオは軽く手を振った。
どこか、くすぐったそうに――それでも、誇らしげに。 訓練広場の片隅で、白い吐息が静かに宙に溶けていく。




