表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/129

未完成の怪物 後編

 塔の空間が揺れている。

 ホクトとケイ。

 正反対の信念を掲げた二人の激突が、空気を裂く轟音と共に火花を散らす。拳と拳、魔力と魔力、意志と意志がぶつかり合い、周囲に稲妻のような衝撃波を巻き起こす。


「お前の“正義”が、どこまで持つか見ものだなあ!!」


 ケイが吠える。

 その筋肉の膨張と共に、腕が獣のように肥大化する。

 黒く染まった毛並みのような魔力が、彼の体を包み込み、熊のような巨腕が地を砕きながらホクトへと振るわれる。


「ぐっ……!」


 ホクトが空中でバックステップを取り、腕を交差して受け止める。

 だが、反動で体勢を崩す。重い──一瞬、表情に苦悶が走った。


「さすが……重いな」


「理性ヅラした化け物が……よく言うよなぁ!」


 ケイが笑う。

 その目には、かつての仲間に向けるような情は一切ない。ただ破壊への歓喜だけが燃えていた。


 一方、蓮たちは獣人型サタンたちと激戦を繰り広げていた。


「シェリー、右から来るよ!」


「分かってる!」


 スミレの魔力が迸り、蔓のような緑の呪縛が敵を絡め取る。

 その間隙を縫って、リリスが足元から跳躍。双剣に魔力を込めて、獣人の肩を深く斬り裂いた。


「よしっ、美穂、援護!」


「任せて!」


 美穂が放った光弾が、空中からサタンたちを貫く。

 爆発とともに地面が砕け、煙の向こうでいくつかの影が崩れ落ちていった。


 その戦場の片隅──


 まだ誰も気づいていない。


 タオの体を拘束していた黒い鎖が、ひとつ、またひとつとほどけていくのを。


 タオは、静かにホクトを見つめていた。

 かつて見せたことのない真剣な眼差しで──その戦い、その背中を、じっと見つめている。


 ……何も言わず、ただ見守るように。


 そしてその時。


「タオ、拘束が解けたな!」


 ホクトの声が飛ぶ。

 ケイとの拳の応酬の合間に、彼はちゃんとタオを見ていた。


「立てるなら、応戦を頼む!」


 その言葉に、タオは顔を上げた。

 ホクトの隻眼が、まっすぐに自分を信じている。


「……ああ」


 タオは、立ち上がった。


 次の瞬間──


「……悪いな、ホクト」


 刹那。

 ホクトがわずかに振り返る。

 そこにあったのは、信じていた仲間の瞳──そして、胸に走る冷たい感触。


 タオの爪が、ホクトの胸を、深く貫いていた。


 ホクトが胸の痛みに顔を歪め、ゆっくりと視線を下ろす。

 タオの爪が、確かに彼の胸元を深く貫いていた。

 タオは歯を食いしばりながら、ホクトを真っ直ぐに見つめている。


 ホクトは微かに口元を歪め、息を吐きながら呟いた。


「くっ……そうか、()か。それは……油断、したな……」


 その声に驚きが混じらない。

 まるで──刺されることを、どこかで理解していたかのような響き。


「ハハハハッ!」


 ケイの笑い声が塔に響く。彼の顔には、愉悦と狂気が混じっていた。


「でかしたぞ、タオ! いいぞ、その爪、その怒り、その血! さあ、俺たちの仲間になれ!!」


 しかしタオは、拳を震わせながら低く唸った。


「……お前の味方になった覚えも、ない……!」


 その声に宿るのは、自らの意思。

 決してケイの操り人形ではないことを証明するように、タオは爪を引き抜き、再びホクトを突き放した。


「タオ……! どうして……!」


 リリスが絶叫する。タオを信じていたその声が、悲痛に震えている。

 だが、タオは彼女を振り返らなかった。ただ前を見据えたまま、静かに口を開く。


「……ずっと、こうしたかったんだ」


 声は低く、だが確かな憎しみに満ちていた。


「こいつは……ホクトは、俺の親父を殺した!!」


 その言葉が塔の空間を切り裂いた。

 時間が止まったような沈黙。

 誰もが、その事実に言葉を失っていた。


 ──ホクトが、タオの父を? 


 驚愕と混乱が仲間たちの表情を曇らせる中、タオの怒りだけが燃え続けていた。


 そして、ついにスミレが叫んだ。


「ホクト様!」


 駆け寄る彼女の足音が、沈黙を破る。


 スミレはホクトの体を支え、その胸に顔を寄せるようにして回復魔法を発動した。

 手のひらから癒しの光が溢れ、花びらが舞い始める──けれど。


「……だめ、止まらない……!」


 どれだけ魔力を注いでも、ホクトの傷は癒えない。

 その体は、まるで深い呪いに蝕まれているかのようだった。


「美穂、お願い……!」


「うん!」


 美穂も駆け寄り、手を重ねる。二人の魔力が重なってもなお、傷は塞がらない。


「お願い、持ちこたえて……!」


 その間にも、蓮とリリスは動揺を押し殺し、獣人型サタンと交戦を続けていた。


「クソッ……こんな時に……!」


 蓮は額から汗を流しながら、剣を振るう。焦りが刀身にまで滲んでいるようだった。


「今は……目の前の敵を止めるしかない……!」


 リリスの双剣が獣人の喉元を裂きながら、彼女の瞳はずっと、タオの方を見ていた。

 その姿──タオの体が、徐々に異形へと変わりつつあることを、見逃せなかった。


 タオの体が、ゆっくりと変貌していく。


 毛並みのような黒い紋が腕に浮かび、瞳が赤く染まっていく。


「……ッ、あ゛……!」


 息を吐くたび、喉から濁った咆哮のような音が漏れる。牙が伸び、爪が肥大化し、鼓動のたびに悪意があふれ出す。

 タオは、自分の中の何かと戦っているようだった。


「タオ……!」


 ホクトが、血を吐きながらも声を絞り出す。


「呑まれるな……タオ……!」


 血に濡れた口元から、荒い息が漏れる。


「ガオスは……あいつはあの日、悪魔に……自分自身に呑まれたんだ……。お前は……あいつのようにはなるな……絶対に……!」


 その声に、一瞬、タオの動きが止まる。

 僅かに揺れる瞳。

 爪を握った拳に、迷いのような震えが走った。


 その隙を逃すまいと、ケイが高笑いをあげた。


「いいぞ……そのまま呑まれちまえ! お前はもう、“俺の作品”だ……!」


 だがタオの目は、誰の声にも応えなかった。

 握られた拳が、小さく震える。

 その奥で、まだタオ自身の意識が、必死に何かを訴えているようだった。


 ──だけど。


「──あ”あああああああっ!!」


 獣のような叫びが塔内に響いた。


 タオの背が、膨れ上がる。

 背筋が引き裂かれ、黒い獣毛が噴き出す。

 眼は完全に赤く染まり、牙が顔の輪郭を塗り替えるほどに伸びた。


 “それ”は、もうタオではなかった。


 いや、タオという名はまだそこにある。

 だがその姿は──誰もが知っていた、あの“狼人”ではなかった。


 黒い魔力が嵐のように吹き荒れ、周囲の瓦礫が宙に舞う。

 スミレたちの立っていた場所も、強風に押されてよろめくほどだった。


「くそっ……まじかよ!!」


 蓮が叫ぶ。


 その声に呼応するように、異形のタオが咆哮を上げ──仲間たちに向かって、地を砕きながら走り出した。


「くっ、止まれタオ!!」


 蓮が剣を構える暇もなく、タオの巨大な腕が横薙ぎに振るわれる。

 剣で受け止めたものの、衝撃で吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。


「蓮!!」


 リリスが双剣を交差させ、正面から迫るタオの爪を受け止める。

 その鋭さに、刃の表面がギギギ、と火花を散らした。


「タオ……お願い、戻って……っ!!」


 だがその叫びも届かない。


 異形のタオは咆哮とともに跳躍し、獣人型サタンの背後に着地すると、黒い腕を地面に叩きつけた。


「うぐっ──」


 振動とともに、瓦礫が爆ぜ、獣人型サタンが吹き飛ばされる。


「ハッ……ハハッ、いいぞ……その力、もっと──」


 ケイがその様子を喜々として見ていた、次の瞬間。


「っがあっ……!」


 彼の体も、タオの爪による一撃で吹き飛ばされた。

 血を吐き、壁に激突して崩れ落ちる。


「おい、タオ……しっかりしろよ……」


 蓮が、目を見開いたまま呟く。

 タオは、敵味方の区別すらなく──ただ、すべてを壊そうとしていた。


 スミレと美穂がスロープの陰へ身を隠し、ホクトにしがみつくようにして傷の手当てを続ける。


 だが。


 ホクトはその手をそっと払い、立ち上がろうとしていた。


「ダメ、まだ動ける身体じゃ……!」


 スミレが制止するが、ホクトの目はタオを見据えていた。


「……あれを止められるのは、俺しかいない」


 よろける身体を支えながら、ホクトは腰のポーチから、小さな注射器を取り出す。


「それは……?」


「──抑制剤。あいつはまだ……完全には呑まれていない。間に合う」


 ホクトは血が滴る胸元を抑えながらタオの方へと歩き出した。


 異形のタオがこちらを振り返る。

 その赤い瞳が、ホクトをとらえた瞬間──


「うおおおおああああっ!!!」


 雄叫びとともに飛びかかる。


「お願い、タオっ……やめてっ!!」


 スミレの叫びが木霊するなか、ホクトは自らの身体を盾にしながら、タオにしがみつくように接触。

 一瞬の隙をついて、首元へと注射器を突き立てた。


 プシュ、と音を立て、液体が体内に流れ込む。


 タオの体が、びくん、と大きく震えた。

 咆哮が途中で詰まり、全身から黒い魔力が吹き出す。


 その場に崩れ落ちたタオの体から、徐々に赤い瞳の輝きが消えていく。


 やがて、そこに残ったのは──黒い毛に覆われたまま、意識を失ったタオの姿だった。


「……間に合った、か」


 ホクトもその場に膝をつき、意識を失う直前、かすかに呟いた。


 塔の空気が、ようやく静寂を取り戻した。


 ケイはよろめきながら立ち上がると、黒く染まった口元を袖で拭い、忌々しげに唾を吐いた。


「チッ……やってくれるじゃねぇか」

 低く笑いながらも、その声には確かな怒りがにじむ。


「……ま、今回はこれでいい。作品が未完成だったってだけの話だ」

 一歩、後ずさると、肩越しにちらりとホクトを睨みつけた。


「次は──もっと美しく、もっと“壊れて”もらうさ。

 タオ……お前は俺のもとにいた方が、遥かに“価値がある”」


 狂気をはらんだ笑みを残し、ケイは背後の暗闇へと歩み出す。

 その足元に落ちた瓦礫が、カラン、と乾いた音を立てたとき──彼の姿は影の中へと消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
タオを止められて良かった。 しかし、ケイはまだやってきそうですし、これからも因縁が続くのですね。 (´;ω;`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ