表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第3章 魔法の光は過去を映す
50/129

迷宮の守護者

 

 だが、その安堵はほんの一瞬だった。

 薄暗い空間に、鈍く響く金属音。

 ギィ……と何かが軋むような音が耳を打つ。

 視界の先──広間の奥に、ゆっくりと姿を現したのは、巨大な鎧に包まれた異形の存在だった。全身を黒鉄の甲冑に覆われ、顔は兜の奥に沈み込んで見えない。右手に構えた大剣が、まるで意志を持つかのように唸りを上げた。


「……あれが、守護者だ」


 ホクトの声が低く響く。

 鎧の巨体が一歩、また一歩と前に出るたびに、床石がきしみ、細かな砂埃が舞い上がった。

 そして、守護者の動きに呼応するように、広間の周囲に潜んでいた影たちがざわりと揺れる。

 不気味な静寂が、圧のように押し寄せる。


「構えろ……分身する」


 ミネルの冷静な声が響いた瞬間、影が割れ、同じ姿をした守護者が次々と現れる。


「四体……!」


 美穂が呟くと同時に、分身の一体が猛然と彼女へと斬りかかった。

 魔力を展開し、ギリギリで盾を展開する美穂だが、手元が痺れるような重さに顔をしかめる。


「これ、単なる幻じゃない……攻撃も本物!」

「まるごと実体化してるってことか!」


 蓮は剣を引き抜き、迫る分身体に一閃を加えるが、その身は分厚い鎧に守られ、剣が弾かれる。


「数が増えたなら、各個撃破しかないな。俺は右の分身体をやろう」


 ホクトが声をかけると同時に、大剣を振り抜いた。圧縮された魔力が剣の軌跡に沿って奔り、分身体のひとつを弾き飛ばす。


「ミネル、左から来るぞ」


「了解。目を見て……同期完了」


 ミネルが分身体の視線を捉えた瞬間、その動きが鈍る。彼女はその隙に肩口へ一撃を叩き込み、機械の腕が火花を散らす。


「美穂、援護頼む!」


 蓮が叫び、剣を構えて突撃する。美穂はすかさず呪文を紡ぎ、雷の槍を生成する。


「穿て、雷槍(らいそう)!」


 閃光が分身体の胸部を貫き、鎧が焦げ付く。その隙に蓮が滑り込み、剣を突き立てた。


「三体倒した……! でも、まだ本体が……!」


 四体目の分身が霧のように崩れ、中心にいた本体が姿を現す。だが、その鎧の胸元から、赤く脈打つような魔力が噴き出していた。


「本気でくるぞ。ここからが本番だ」


 ホクトの声が低くなる。

 守護者は、魔力を圧縮し、巨大な黒の双剣を具現化させる。その刃先からは空気が震えるような重圧が広がっていた。


「俺が引きつける」


 ホクトの背に、うっすらと銀の鱗が浮かぶ。両眼は金に染まり、瞳孔が細く尖った。


「ホクトさん……その姿……!」


 蓮が息を呑む。

(まさか……いや、でもこの鱗……金色の目……)


 人間界にいた頃、古書で読んだ竜の姿──伝承で語られる“竜人”と、今のホクトの姿が重なって見えた。

 信じられない、けれど確かにそこに在る。

 ──ホクトの変異型は……竜人なのか? 


 ホクトが一歩踏み込む。瞬間、大地が砕け、大剣を握る腕から爆発的な魔力がほとばしる。

 魔力を纏った一撃が、守護者の斧と激突し、雷鳴のような衝撃音があたりに轟いた。


「今だ、全員で畳みかける!」


 ホクトの叫びに、三人が呼応する。


 ミネルが跳躍。空中から目くらましの閃光を炸裂させ、守護者の視界を奪う。

 美穂の放つ火炎魔法が、立て続けに着弾し、鎧の脚部を焼き裂いた。

 蓮は剣で動きを封じつつ、一気に距離を詰めていく。


「これで──終わりだッ!!」


 振り抜いた剣が、守護者の胸を深々と貫く。


 一瞬の沈黙のあと──

 巨体が、崩れた。


 鎧の破片が音もなく砕け、光の粒となって宙に舞う。

 荒く息を吐きながら、四人はその場に立ち尽くしていた。


 倒した。全員で。

 誰一人欠けることなく──試練を、乗り越えたのだ。


「やった……! やったやった!」


 蓮が声をあげる。

 美穂が安堵したように胸を撫で下ろし、ミネルは変わらぬ表情の中に、ほんのわずか達成感をにじませる。

 そしてホクト──彼は少し離れた場所で、静かに仲間たちを見守っていた。


 戦いの熱が冷めていく中、蓮はふとホクトの背中を見る。

 銀の鱗はすでに消えかけていたが、あの異質な輝きと金色の眼は、脳裏に強く焼きついている。


 少しの逡巡の後、蓮は意を決して口を開いた。


「ホクトさんは──竜人、なんですね?」


 ホクトはわずかに目を細める。

 否定する様子も、驚くそぶりもなかった。ただ、どこか懐かしさすら感じるような静かな声音で答える。


「……ああ。そうだ」


「でも、どうして今まで……」


「言わなかっただけだ。聞かれなかったからな。竜人であることは、“お前たちと共にいる理由”には、関係ないだろう?」


 その言葉に、蓮は何も言い返せなかった。

 けれど、それで十分だった。ホクトの覚悟と優しさが、言葉の奥ににじんでいたから。

 そのとき、ミネルが前方に視線を向けた。


「迷宮の出口。開かれたようだ」


 石壁に覆われていた先が、光を帯びて開きはじめる。

 裂けるように伸びる光の道。空気はやわらかく、外の世界の気配が満ちていく。


「ようやく……抜けられるんだな」


 蓮が小さく呟いた声に、美穂が頷いた。

 ホクトも歩き出し、四人は自然と肩を並べて進み出す。


 光に満ちた出口へと、一歩、一歩。


 試練の迷宮を越えた先に、また新しい旅が待っている。

 けれど今はただ、この瞬間を胸に刻むように、仲間たちは前を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ホクトは銀色なんですね。 描かれていないけれど、美しい銀翼が脳裏に浮かびました。 この世界の種族の中でも、きっとかなり強い部類ですよね? まだまだ謎が多くて魅惑的な存在で、凄く好きです。 (*´ω`*…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ