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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第3章 魔法の光は過去を映す
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試練 融合

 ──ザアァァァ……。


 静寂の中に、水が滴る音が響いていた。岩壁を伝って落ちるその音は、遠くのようでいて、耳元にまとわりつくような奇妙な感覚を残す。


 蓮はゆっくりと目を開けた。薄暗い天井、湿った石の匂い。地面の感触は硬く、冷たい。あちこちが痛む。どうやらどこかに落ちたらしい。


「……いてて……」


 背中を押さえながら身体を起こすと、目の前には一人の女の姿があった。岩壁に背を預け、目を閉じている。ミネルだ。


「ミネル……!」


 呼びかけると、彼女は静かに目を開けた。無表情。光の乏しい空間でも、そのビー玉のような瞳はまるで光を反射するように鈍く輝いている。


「起きたか」


「ミネル……ここ、どこ……?」


「迷宮内部の崩落に巻き込まれた。おそらく、空間の歪みによって別の層へ飛ばされた。あなたとの組み合わせは想定外……けど仕方ない」


 その言い方に、蓮はわずかに引っかかった。「想定外」。まるで人との組み合わせすら、計算されたものであるかのように語るその言い回しに、妙な冷たさを感じた。


「美穂とホクトは……?」


「別の層か、区画。空間は固定ではない。重要なのは“誰といるか”」


「……え、何ですかそれ。どういう……」


「説明する時間が惜しい」


 蓮が言葉を挟む隙もなく、ミネルは立ち上がり、一本の道へと足を向ける。岩の隙間から生えた青白い苔が、道を照らすようにぼんやりと光っている。


 ──なんだろう、この感じ。


 背中を追いかけながら、蓮は思う。冷たい。けれど、それだけじゃない。人との距離感がおかしい。喋り方も、目線も、何かが“ズレている”。 


 そして、歩き出したその時、ミネルの足音が──。


(……軽すぎないか?)


 ごつごつした岩場を踏みしめているはずなのに、音がしない。布の擦れる音すらも。何か、妙に無音すぎる。息遣いも、気配も。まるで……


「……」


 蓮は何も言わず、ただ後を追った。不自然な沈黙が、二人の間に垂れ込めていた。


 青白く光る苔の道をしばらく進むと、空気が変わった。生ぬるい湿気の奥から、何かが蠢くような気配がする。


「……止まれ」


 ミネルが唐突に言い、蓮の前に出た。その視線の先、岩の裂け目から這い出す影。細長く伸びた腕、ひしゃげた顔、無数の目玉。異形の魔物がひとつ、またひとつと姿を現す。


「これ……試練ってやつか……」


 蓮が腰の剣に手をかけると、ミネルがわずかに首を振る。


「下がれ。あなたは援護だけでいい。……私が前に出る」


「ちょ、待って──!」


 言い終わるより先に、ミネルは走り出していた。無駄のない動き。感情のない顔。まるで命を懸けるという意識さえないように見える。剣を構える姿に、蓮はふとゾッとした。


「う、わ──!」


 魔物の腕がミネルをかすめ、鋭く跳ね返される。そのままミネルは相手の懐に飛び込み、何の躊躇もなく一太刀を浴びせた。断末魔もあげず、魔物は崩れ落ちる。


 しかし──


「──!」


 背後から迫っていた二体目が、ミネルの死角から腕を振り下ろす。蓮が叫ぶより早く、それはミネルの右腕に命中した。


「ミネル!!」


 衝撃音。何かが吹き飛ぶ音。ミネルの右腕が、根本から斬り落とされ、岩の床に転がった。

 ……だが、そこから流れるはずの「血」がなかった。

 蓮の目に飛び込んできたのは──

 切断面から覗く、無機質な金属の骨格と、淡く光る青い配線だった。


「……え……?」


 現実が遅れて理解に追いつく。蓮は思わず後ずさる。


「な、に……今の……」


「動くな、蓮。そいつはまだ……」


 ミネルは左腕で剣を拾い上げ、何事もなかったように魔物へ向き直った。顔色一つ変えず、腕を失った痛みの気配もまるでない。


「ちょっ……なんなんだよ……!」


 ミネルは答えない。機械のように、正確に、迷いなく剣を振るい、二体目もあっさりと切り伏せた。


 静寂。


 地面に落ちた自分の“腕”を見下ろし、ミネルは淡々と呟く。


「修復は必要か……。面倒になった」


 その言葉が、蓮の心にずしんと重くのしかかる。どこかで感じていた“違和感”が、確信に変わった瞬間だった。

 ミネルは──人間にそっくりな見た目だけれど、人間じゃない。変異種のなにかでもない。

 あの肌も、声も、瞳も──全部、精密に作られた「何か」だった。


「……お前、一体、何者なんだよ……」


 思わず漏れた蓮の声に、ミネルは一拍だけ沈黙し──


「……見てわからない? 人間の体を使って作られたロボット」


 その言葉が、空気を凍りつかせた。蓮は言葉を失い、ただミネルを見つめた。


(ロボット……? でも、“人間の体を使って”って……どういうことだよ……)


 視界が揺れる。頭が追いつかない。理解しようとすればするほど、背筋が冷えていく。


「人間の体を……? ちょっと待ってください、全然理解が追いつかない……」


 蓮の声はかすれ、思考は渦の中に放り込まれる。問いかけにも答えず、ミネルはただ静かに振り返る。

 表情は変わらず無機質。だがその瞳の奥に、一瞬だけ──蓮を試すような色が灯ったように見えた。

 けれど、次の瞬間にはそれすらも掻き消され、いつもの冷たい調子で言う。


「次の試練に向かう」


 蓮の思考も、感情も、まだ追いついていない。けれど、ミネルは一切待ってはくれなかった。


 ただ前だけを見て、無感情に歩き出すその背中が──少しだけ、怖かった。


 ***


 進んだ先は、まるで神殿のような空間だった。


 石造りの床には不思議な文様が刻まれ、天井からは青白い光が注がれている。その中心には、円形の魔法陣が浮かび上がっていた。


「……次はあれだ」


 ミネルが魔法陣に視線を向けた瞬間、蓮の脳内に直接語りかけてくるような声が響いた。


 《──融合の試練。心と身を重ね、共に道を選べ》


「融合?」


「共感リンク……おそらく、一時的に感覚と思考が共有される」


「え、それって……俺、ミネルと“繋がる”ってこと?」


「その通り。もう、逃げられない」


 返答と同時に、魔法陣が強く輝く。足元から巻き起こる光が渦を巻き、視界が一気に白に染まった。


 ──次の瞬間。


 蓮の視界が、二重になった。


 自分の呼吸音と、ミネルの無駄のない静かな息遣いが重なる。心拍、筋肉の緊張、足裏の感覚──すべてが混ざり合い、どこまでが自分なのか判別できない。


「うわっ……! これ、気持ち悪っ……!」


「騒がないで。そちらの思考が流れ込んでくる」


「ちょっ……そんなこと言われても!」


 焦りと不安、ミネルに対する戸惑い──蓮の感情がそのまま伝播し、ミネルの思考領域に波紋を投げかける。


 その一方で、ミネルの内側からは、ひたすらに冷たく、広大な“空虚”が返ってきた。まるで感情の温度が存在しない真空地帯。


(……この人、本当に感情がない……?)


 その時だった。波紋のように、小さな何かがミネルの心から返ってきた。言葉ではない、けれど確かに存在する“揺らぎ”。


「……あなたの“感情”は、騒がしい」


「あなたって……うわ、ミネルの“口調”がうつった!?」


「それはあなたの思考に混ざっただけ。今の私は喋っていない」


 融合は、冗談を挟む余裕すら奪っていく。体も思考も、他人とひとつになって進むということが、こんなにも難しいとは──。


 だが、その先に続く通路は、一本しかなかった。

 試練を越えるには、この“重なったままの状態”で、選択と戦闘を乗り越えなければならない。


 魔法陣を抜けた先に現れたのは、分かれ道だった。

 右には闇のような霧が立ちこめた細い道。左には広く見通しの良い石畳の通路。どちらが正解なのか、表示はない。


 《選べ──どちらの道を進むか。一方は正解、一方は死》


 脳内に響いた声が、まるで試すように囁く。


「……右。おそらく、あの霧は魔力を遮断する結界。私の感覚がそう告げている」


「いや、俺は左だと思う。あっちの空気の流れ、少しだけ自然に感じるんだ」


 二人の選択が割れた。


 そしてその瞬間、融合による“心のズレ”が明確になる。蓮の「不安」と、ミネルの「分析的な確信」がぶつかり合い、頭の中が熱を帯びたように揺れる。


(ちょ、なんだよこの感じ……頭が割れそうだ……!)


 ミネルが短く息を吐いた。


「あなたの判断基準は直感すぎる。だがこの空間は“理”で作られている。私の方が、論理的に正しい」


「それでも……俺の感覚は間違ってないって、信じたいんだよ!」


 ぶつかる“主導権”。

 言い合う声すら、もう口からではなく意識の中で響いている。


 その瞬間──影が、現れた。

 三つの頭を持ち、獣のように地を這う魔物。光を拒絶し、空間に“喰らいつく”ような存在。


 戦闘が、始まった。

 蓮の足が勝手に前に出る。いや、ミネルが動かしている。


「おい、勝手に! 俺の体だぞ!」


「あなたの反射は遅い。私が指揮を取る」


 ミネルの声は冷徹だった。だが、次の瞬間──魔物の首筋へ、寸分の狂いもなく刃が走る。


(……くそ、なんでこんなに動きが正確なんだよ……!)


 ミネルの戦闘精度は圧倒的だった。

 だが、その動きの中に「命を守る」という意志は感じられない。ただ「敵を排除する」という機械のような合理性のみ。


 影魔物が咆哮を上げると同時に、三つの頭がそれぞれ別の動きで襲いかかる。


「右だ!」


「いや、左だって言ってるだろ!」


 意識のズレが、命取りになる。動きが一瞬遅れ、蓮の肩が掠められた。鮮血が弾ける。


「うぐっ……だからっ! 勝手に体動かすなよ!」


「あなたの判断が遅い。命を守るために必要な処置だった」


「だったらもっと相談しろよ! こっちは俺の体だぞ!」


 噛み合わない意志。融合しているからこそ、お互いの“正義”が衝突するたび、思考が渦巻く。

 その時、ミネルが取った回避行動がズレた。左脚に魔物の爪が突き刺さる。


「うぐぁ! 痛い! くそっ……!」


 蓮が声を上げる一方、ミネルは痛みを感じていない。ただ冷たく言う。


「判断材料が足りなかっただけ。次は避ける」


「……違う。そんなんじゃ、誰も救えないだろ!」


 蓮が叫ぶ。怒りでも恐怖でもない、“誰かを守りたい”という想い。


「今度は、俺に任せてくれ!」


「無理です。あなたの精度では──」


「ミネルこそ、何も“感じて”ないだろ!」


 その瞬間、融合によって繋がった思考の中に、蓮の想いが突き刺さった。


 ミネルの動きが一瞬止まった──その瞬間蓮が主導権を握る。

 体が重い。けど、確かに自分の手で動いている。


「うおおおっ!」


 直感が導く動きで、魔獣の脚を裂き、続けざまに飛びかかる。


 その一撃に、ミネルが応える。


「……見えた。あなたの動機”が、少しだけ」


「だったら……もう少しだけ、俺を信じてくれよ」


 そこから動きが変わった。

 蓮が“感じ”、ミネルが“導く”。迷いが消え、攻撃が噛み合う。


「今だ、頭部の回転が遅れた──」


「うおおおっ!」


 連携が、噛み合った。

 ミネルの精密さと、蓮の直感が完全に同期し、動きに“迷い”が消えていく。

 最後の一撃。


「合わせろ、左から振り上げる!」

「了解」


 剣が閃き、最後の頭部を切り裂いた。


 ──静寂。


 魔獣が崩れ落ち、空間の霧が音を立てて消えていく。

 霧の奥には、左右どちらを選んでも辿り着けなかった“真の道”が浮かび上がった。


 試練の声が響く。

 《融合、完了。試練、通過──共に選び、共に斬り開く者。次の扉を開けよ》

 魔法陣が再び光を放ち、ふたりの融合が解除される。


 蓮は思わずその場に膝をついた。


「……疲れた……こんなに……ぐちゃぐちゃになるとは……」


「感情で戦うのは、疲れる」


 ミネルが、少しだけ口の端を上げたように見えた──それは、表情とは言えない小さな“変化”だった。

 再び、迷宮を満たす沈黙。けれどその静けさは、さっきとはどこか違っていた。

ここに来てやっと異世界らしくダンジョンに挑戦!

頑張ってねー蓮!と応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
融合は大変だぁ……。(*´ω`*) どっちが正解か考えながら読んでいたのに、まさかどっちも違うとは……。 中々に意地の悪い試練やわぁ〜! (≧Д≦)
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