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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第3章 魔法の光は過去を映す
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アーラ山脈

 数刻が過ぎ──。


 集合時間になり、蓮と美穂はホクトの元に集まった。そこには、ホクトの忠実な右腕であるミネルの姿もあった。


 ミネルは静かに立っており、その冷淡な雰囲気が周囲に漂っている。身長は高く、どこか鋭い目つきが、まるで常に何かを計算しているかのようだった。彼女の顔には感情がほとんど読み取れないが、目の奥には冷徹な輝きが宿っている。


 蓮はその姿を見た瞬間、どこか背筋が寒くなるのを感じた。初対面ではないはずだが、初めてちゃんと向き合う彼女に、どうしても苦手意識が湧いてくる。あの冷徹な目つきと無表情が、蓮にとってはどうしても不安を引き起こす。


 ホクトはその冷ややかな空気にまったく動じることなく、ただミネルに視線を向ける。


「ミネル、こいつらも同行する。色々頼むぞ」


 ミネルは軽く頷き、無言で蓮と美穂に目を向ける。その視線に、蓮は少しだけ顔をしかめたが、すぐにそれを隠すようにして背筋を伸ばす。


「さて、今回の任務の目的は、王都イシュタルとネイトエールの間で中立宣言を結ぶことだ。それも、異種族同盟を結んだ上でーー」


 ホクトが言葉を続ける。


「異種族を受け入れることで、両国の関係を新たに築き直し、将来の協力を強化する。これは俺たちのためでもあり、今後の戦を防ぐためでもある」


 美穂が軽く頷き、

「それで、私たちの出番が来たってことね」と、やや明るい声で言った。


 一方、蓮は再びミネルの冷徹な視線を感じて、少し身を引いた。ミネルが何を考えているのか、蓮にはまるでわからない。ただ一つ言えることは、彼女が決して自分の仲間ではないような気がするということだ。


「わかりました」


 蓮は、ホクトの言葉に返事をしながらも、心の中で次第に強くなる緊張感を覚えていた。


「イシュタルとネイトエールは、これまで異種族に対してそれぞれ独自の立場を取っていたが、このままでは未来が危うい。周囲の情勢が急速に変わり、異種族間の衝突が避けられない状況になってきた」


 ホクトは真剣な顔で続けた。


「だからこそ、両国の間で平和的な同盟を結ぶことで、共存の道を示す必要がある」


 ミネルが静かに口を開く。


「そのために私たちが協力し、この同盟の根回しを行うことが求められてくる。イシュタル側とネイトエール側の双方に信頼を築き、最終的な調整を行わなければならない」


 美穂が少し驚きながらも質問する。


「でも、なぜそんなに急ぐの?」


 ホクトは重々しい口調で答えた。


「最近、異種族間で暴力的な衝突が増えてきている。特に、サタンの影響が広がる中、これ以上の対立を避けるためにも今がチャンスだ。もし失敗すれば、大規模な戦に発展しかねない」


 蓮はその言葉を噛み締めながら、心の中で決意を新たにする。異種族共存のための同盟──それは、この世界の未来を大きく左右する大事な一歩だ。


「分かった。私たちもそのためにできることをやる」


 美穂がそう答えると、ミネルが再び口を開く。


「それでは、まずはイシュタル王国の協力者と会い、具体的な調整を進める」


 ホクトが頷きながら言う。


「イシュタルはここから先に見えるアーラ山脈を超えなければならない。道のりは長いぞ。覚悟して進め」


 ホクトの言葉を胸に、蓮は装備を整え、仲間たちと共に歩き出す。

 旅の先に何が待つのかは分からない。ただ、それでも進まなければならないという使命感があった。


 やがてイシュタルへ向けての旅は、平原や森を越え、徐々に険しさを増す地形へと変わっていった。

 日差しは柔らかく風は穏やかだが、空気の匂いには次第に冷たさが混じりはじめている。

 遠くに連なるアーラ山脈の峰々は、雲を突き刺すようにそびえ立ち、その存在だけでまるで異世界の門のような圧を放っていた。


「美穂、アーラ山脈を越えたことはある?」


 蓮が前方を指差しながら尋ねると、美穂は歩みを止めずに小さく頷き、少し懐かしそうに微笑んだ。


「うん。……デールとグリンダと、昔行ったことがある」


 彼女の言う“昔”がどれほど前のことなのかはわからない。だがその横顔には、淡く揺れる記憶と、どこか切なさを帯びた光が滲んでいた。


「蓮、言ってなかったな」


 ホクトが不意に口を開いた。


「アーラ山脈はただの山じゃない。古代の魔法で守られた迷宮があの中にある。正確には、“通らされる”んだ」


「……通らされる?」


 蓮は眉をひそめ、足を止めて振り返る。ホクトの言葉に戸惑いがにじむ。

 ミネルが前を向いたまま、短く言葉を継いだ。


「アーラ山脈は、異種族の共存を象徴する“試練の地”とされている。王都間の往来に使える唯一の道……と言えるけれど、通る者には“協力”の証を求められる。試練を越えられなければ、道は閉ざされる」


「……わざわざそんなややこしい場所、作らなくてもよかったのに」


 蓮がぼやくように言うと、美穂が肩をすくめる。


「でも、種族を超えて“試練を越える”って、信頼の証にはなるでしょ」


 その言葉に、ホクトが低く笑う。


「ああ、そうだな。ただ──お前と一緒に行くのは、できれば避けたかったが」


 ホクトが意味深にそう言い、美穂の方をチラリと見る。視線にはどこか警戒の色が混じっていた。


「こっちのセリフ」


 美穂が一言だけ、冷たく言い返す。

 そのやり取りに、蓮の中にひとつの確信が芽生えた。


 ──やはり、この二人は何かあった。


 表面上は冷静を装っていても、言葉の端々に感情が混ざっている。初対面では決して出せない距離感が、そこにあった。


「あ、あの……お二人は、やっぱりお知り合い……?」


 蓮が恐る恐る問いかけたその瞬間、両側からギロリと射抜くような視線が飛んできた。


「……っな、なんでもありません!」


 思わず背筋を正し、蓮はそそくさと歩みを再開する。

(何百年も生きてる二人だもんな……どこかで関わっててもおかしくないけど……これは、絶対に何かある)


 気まずい空気を切り裂くように、蓮は視線を前に向けた。

 その背後で、ホクトと美穂が小さくため息を吐く音がしたが、蓮はあえて聞こえないふりをする。

 その夜は、誰からともなく早めに床につき、無言のまま火が消えていった。


 ……それから数日、道中は穏やかだったが、どこか皆が互いの距離を測るような、そんな旅路だった。

 そしてようやく──一行は、アーラ山脈の麓へとたどり着いた。


 目前に現れたのは、岩と氷に覆われた荘厳な山壁。その中心部にぽっかりと口を開けた巨大なアーチ状の入り口があり、まるで山そのものが異世界への門を備えているかのようだった。自然のものとは思えぬほど整った構造で、左右対称の石造りの柱には無数の古代文字が刻まれ、淡く青白い光を放っている。


「これが……迷宮の入り口か」


 蓮が言葉を漏らし、見上げるようにその巨大さを目に焼き付ける。


「懐かしい。うん、やっぱりこの空気感。変わってない」


 美穂は感慨深そうにそう言って、入り口に視線を向けた。少しだけ目を細めて、息を吸い込む。彼女にとってここは不安を感じる場所ではなかった。むしろ、昔訪れた場所にふと立ち寄ったような、落ち着いた感覚すらある。


「誰かが、今日も“ここを守ってる”感じがする」


 その呟きも、どこか他人事のようで、軽やかだった。


 ミネルが一歩進み、無言で手をかざして魔力の流れを探る。


「……歪んでいる。最近、この内部の魔力が不安定になっている。空間の歪みが広がっているかもしれない」


「歪み……?」


 蓮が反応すると、ミネルが冷静に説明する。


「この迷宮は、空間構造そのものが特殊。道が勝手に変化したり、閉じたり、同じ場所をぐるぐる回るような構造になっている」


「うわ……そういうの、マジで苦手なタイプのダンジョン……」


 蓮が顔をしかめると、ホクトが笑った。


「そんなに深刻になるな。どうせすぐ慣れるだろう」


「慣れたくないんですけど……」


 そんな会話を交わしながら、一行はゆっくりと迷宮の入り口をくぐっていった。


 その瞬間だった。


「……っ!?」


 蓮の足元に、淡く光る魔方陣が突如として浮かび上がった。


「動くな!」


 ミネルがすぐに声を上げる──が、間に合わない。


 バチンッ──! 


 空気が一気に張り詰め、まるで空間そのものが引き裂かれるような感覚が駆け抜ける。足元の床が崩れ落ちるのではなく、重力の向きが歪み、四人の体が異なる方向へと吸い込まれていく。


「……っ、蓮!!」


 美穂の叫びが空間に反響し、誰の耳にも届かない虚空の中へと吸い込まれていった。

 その場に残ったのは、静寂と、門をくぐる前とはまるで別の空気。

 まるで迷宮そのものが、試練の幕開けを告げるように、すべてを飲み込んでいた。


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― 新着の感想 ―
試練は大変そうですね。トラブル少なく乗り越えられるといいけど……難しそう。 やっぱり、ホクトと美穂は元カレ元カノなんですかねぇ? 今後、二人の関係性にも注目です。(*´ω`*)
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