表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/129

再会 後編

 そんなやり取りをしていた時だった。階段近くに差し掛かると、蓮は不意に聞き覚えのある声を耳にした。


「──蓮?」


 その声は、瞬時に彼の心を掴んだ。何も見えなくても、何も聞こえなくても、その声だけでわかる。

 どれほど彼女に会いたかったか。

 蓮の胸が一瞬で高鳴り、鼓動が早くなった。瞬間的に足を止め、振り向かなくてもすぐに答えがわかる。それがスミレだと。


「スミレっ!」


 蓮の声は、無意識に力強く、そして心からの喜びに満ちていた。

 どれほど長い間、心の奥底で彼女を待ち続けていたのだろうか。


 蓮の視界に、白くてふわりとした髪、青い瞳をキラキラ輝かせたスミレが映る──彼女がそこに立っている、それだけで周囲の空気が変わったように感じる。まるで世界が一瞬で色づき、温かな光に包まれたような気がした。

 蓮の胸が再び高鳴り、彼の心が溢れそうになる。その瞬間、何もかもがスミレに集中しているようで、他の何もが見えなくなった。


 心の中の感情が爆発しそうなほどに強く、蓮は衝動的に階段を駆け下りた。その速さに、自分でも驚いた。スミレも同じように駆け上がり、二人の距離が一瞬で縮まる。まるで時間が止まったかのように、全てがその瞬間に凝縮された。


 そして、ついに二人は対面し、スミレは一瞬の躊躇もなく蓮に飛び込んできた。

 その衝撃的な抱擁に、蓮は息を呑んだ。

 スミレの温もりが、彼の全身を包み込む。胸に感じるその熱さ、柔らかな体温が、何よりも安堵をもたらす。まるで長い間渇ききった心に、温かな水が注がれたようだった。


「蓮、よかった。なかなか帰ってこないから、すごく心配したのよ」


 その言葉に、蓮は言葉を返すこともできず、ただ目を閉じて深く息を吸った。スミレの香り、彼女の体温、すべてが今、蓮の世界に溶け込んでいるような感覚がした。彼女の腕がしっかりと自分を包み込んでいるのを感じ、その中で時間がゆっくりと流れていくのを感じた。


「スミレ……」


 蓮は小さく呟くように言った。その声に、言葉にできない感情がこもっていた。彼がどれほど彼女を必要としていたか、どれほど想っていたかが、今、全てその一言に凝縮されている。

 スミレは少しだけ顔を上げ、蓮の顔を見つめた。その瞳の奥に、優しさと、少しだけ寂しさが混ざったような表情が浮かんでいる。それを見た蓮は、胸が痛むような思いを抱きながらも、彼女をしっかりと抱きしめ返した。お互いの温もりが、言葉以上に全てを伝えているようだった。

 周りの音や風景、何もかもが遠く感じられるほど、二人の世界はただ、スミレと蓮だけのものになっていた。


「ずっと会いたかった。心配かけてごめん」


 その言葉を蓮は心の底から絞り出すように言った。

 スミレは少しの間、何も言わずに蓮を抱きしめていたが、やがて腕をゆっくりと解く。


「私も会いたかったわ」


 スミレは微笑みながらそう言うと、その笑顔に蓮は再び胸を打たれる。彼女の笑顔は、蓮にとって何よりも大きな支えであり、安心感をもたらすものだった。スミレの笑顔が蓮にとって、どれほど特別な存在かを、彼は何度も噛み締めてきた。


「俺、話したいことが沢山あるんだ」


 蓮は込み上げてくる思いを抑えるようにして、スミレに告げた。彼女は優しく頷き、穏やかな目で蓮の言葉を受け止める。


「ええ、たくさん聞きたいことがあるわ。蓮、まずはおかえりなさい」


 スミレがそう言ったその時、ふと彼女の視線が階段上に向かう。蓮もその視線を追い、階段の上に残されたミホの姿を見つけた。ミホは拗ねたように顔を膨らませ、二人を見つめている。その不機嫌そうな表情を見て、蓮は少し戸惑ったが、すぐにその場の空気を何とかしなければと考える。


 スミレは少し心配そうな表情で言った。


「蓮、あの子は誰かしら?」


 その言葉に蓮は少し躊躇したが、すぐに表情を和らげて言った。


「ああ、紹介が遅れちゃった。彼女はテルヴァンで出会った魔法使いで──おーい、こっちこっち!」


 蓮が声をかけると、ミホは少し頬を膨らませながら階段を降りてきた。その歩き方に、何となくわかる。ミホの心には、スミレへの僅かな嫉妬が潜んでいるのだろう。ミホの視線は、スミレに向けられた一瞬、鋭く感じられた。しかし、スミレはそれに気づくことなく、ただ温かい笑顔をミホに向けた。


「初めまして、私はスミレ=シェリー。あなたのお名前は?」


 ミホはじっとスミレのことを観察した後、「雪緒(そそお)美穂」とだけ答える。

 彼女の苗字を聞いたのは蓮も初めてだった。けれど、違和感ないその苗字に思わず納得する。


「そう、美穂ちゃん、よろしくね」


 スミレは優しく微笑むと、美穂に握手を求める。

 美穂はその手を見ると、分かりやすくそっぽを向いた。まるで反抗期の子どもみたいだ。


「ふふっ、初めてだもの。緊張するわよね」


 スミレは軽く笑いながら、美穂に向かって温かい眼差しを向けた。その笑顔に、美穂は少しだけ心が軽くなったような気がするが、依然としてどこか距離を取っているような印象を与えていた。


「美穂はお母さんを探す旅をしてて。暫くは一緒に行動してくれることになったんだ」


 蓮がそう言うと、美穂はまた顔を背け、ふんっと舌打ちするようにして言った。


「そうなのね。美穂ちゃんが今晩泊まる宿は?」


 スミレは美穂に対して、ほんの少し心配そうに尋ねた。


「いやあ、実はまだで。ホクト様はピリピリしてて、それどころじゃなさそうで」


 蓮がそう困ったように言うと、スミレは一瞬考え込み、何かを思いついたように言った。


「美穂ちゃん、泊まる場所が決まっていないなら私の部屋にこない? 女の子同士、話せることもあるでしょう?」


 スミレの優しい提案に、美穂は一瞬戸惑いながらも、慌てて口を開く。


「い、やだ」


 その言葉には、少しだけ反抗的な響きがあった。

 スミレは一瞬驚いたように目を大きく見開いたが、すぐにその表情を柔らかくし、理解を示すように微笑んだ。


「そう、無理にとは言わないわ。でも、いつでも言ってね」


 スミレの優しさは、蓮にも美穂にも伝わる。美穂はその微笑みに少しだけ心が動いたが、それでもなお、どこか心の中で何かが引っかかっているようだった。

 美穂は視線をそらし、蓮に向かって小さくつぶやくように言った。


「別に、それくらい自分でどうにかする」


 その言葉に、蓮は少し心配そうに眉をひそめた。美穂が強がっていることがわかる。彼女の背中を押してやりたいという気持ちはあったが、それが今はうまく言葉にできない。


「でも……」


 蓮が言いかけたその時、スミレが軽く手を上げて、話を切り替えるように言った。


「食事は済んだ? まだなら、一緒に行かない?」


 その言葉には、穏やかな優しさが込められていて、蓮は一瞬、そのあたたかさに包まれた気がした。

 スミレの声は、まるで静かな風のように心に届く。彼女の目は柔らかく、まるで周囲の空気を和らげるかのようだった。その一言で、蓮は肩の力が少し抜けるのを感じた。無理に空気を変えなくても、スミレの存在だけで全てが穏やかに進んでいくのだろうか。


 美穂は一瞬、沈黙した。目を伏せ、何か考えている様子だった。心の中で何かに引き寄せられるような、ちょっとした戸惑いを見せている。それを感じ取った蓮は、少し気まずく思いながらも、言葉を続けた。


「いいね、ゆっくり話もしたいし」


 彼の言葉には、何気ない提案の裏に、ほんの少しの緊張が隠れていた。美穂とスミレの間に流れる、まだ解けていない空気を感じていたからだ。どうしても、何かしらの違和感をぬぐいきれないままでいた。


「美穂はどう?」


 蓮が尋ねると、美穂は少しだけ眉をひそめ、悩んでいるような素振りを見せた。それでも、彼女は静かに頷くと、心の中で何かを決めたようだった。


「それじゃあ、決まりね」


 スミレは優しく微笑みながら、彼女の返事を受け入れた。その笑顔は、何もかもを包み込むような温かさがあって、蓮もほっとした気持ちになった。複雑な感情が絡み合っていることを、誰もが感じ取っている。しかし、それでも何かを乗り越えて、一歩ずつ前に進もうとしているのだと、蓮は実感していた。


 蓮は再び深呼吸し、軽く肩の力を抜いた。その後ろで、スミレと美穂は何も言わずに歩みを進めていく。三人の間にはまだ隙間があって、それが一層、蓮の胸をぎゅっと締めつけるような不安を呼び起こしていた。それでも、今は何も言わずに歩いていくほうが良いと思った。少しずつ、時間をかけて、心を通わせていけばいい。


 ネイトエール城では、食事の時間が決められている。今は、ダイニングルームが閉まっている時間で、食事を取るためには少し工夫が必要だった。蓮は一瞬、どうしたものかと考え、改めて周囲を見渡す。


「どこで食事を取る?」


 三人が歩きながら、自然と会話が進んでいく。蓮の問いかけに、スミレは少し考え込むように視線を下げた。


「城下町に酒場があるの。そこなら朝までやっているし、長居ができるかも」


 その言葉に、蓮は少し驚いた顔をした。スミレの普段から見せる落ち着いた雰囲気の中には、こうした一面が隠れていたのかと、改めて気づかされた。


「スミレって、お酒飲むの?」


 蓮が好奇心を抑えきれずに尋ねると、スミレは小さく笑って答えた。


「意外?」


 彼女の笑顔はどこかいたずらっぽく、楽しげな響きがあった。

 蓮は思わず笑みをこぼし、彼女の魅力に改めて気づかされる。スミレの年齢については、今まで一度も詳しく尋ねたことがなかったが、彼女の落ち着きと成熟した雰囲気から、どうしても年齢を気にせずにはいられなかった。


「意外……かも。スミレって、今何歳なの?」


 蓮は無邪気に尋ねてしまった。すると、スミレは眉をひそめ、少し顔を赤くして言った。


「もうっ、蓮ってば、女性に歳は聞いたらいけないのよ」


 その言葉に、蓮は少し驚き、でも嬉しさを感じてしまった。普段見せないような、少し怒った顔のスミレがどこか可愛らしく見え、心の中で小さく笑みをこぼした。彼女の秘密がまたひとつ増えたような気がして、その謎がさらに彼女の魅力を深めているように感じた。


 城の入口まで来ると、スミレは静かに門番に向かって歩み寄り、ネイト騎士団のバッジを見せた。門番はそれを一瞥し、何も言わずに道を開けると、静かに通行を許可した。その瞬間、蓮は少し驚いて言った。


「何それ、そんなバッジがあるなんて、知らなかった」


 蓮は、自分がまだ騎士団員に入ったばかりで、バッジを持っていないことを改めて思い出した。騎士団に入ったばかりの自分には、こうした細かな情報がまだ足りなかったことに、少し焦りを感じる。


「騎士団としてホクト様が認めてくれると、このバッジをくれるの。持っていると便利よ」


 スミレは微笑みながら答えた。彼女のその言葉には、自信と誇りが込められているようだった。さすがは騎士団の一員だと、蓮は感心した。


 その時、ずっと黙っていた美穂が口を開いた。


「そのバッジがあれば、どこにでも行ける?」


 美穂は少し疑問そうな顔で言った。彼女の視線には、どこか興味と不安が混じっていた。


「どこにでも……は難しいかもしれないわね。だけど、ネイトエールの中だったら、大体のことは解決すると思うわよ」


 スミレはその答えに微笑みながらも、少し謙遜するように言った。美穂は興味深げに頷き、その言葉に納得した様子で歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここ数話、あれ…もしかしてミホがヒロインなのでは…?って思ってましたが、やはりスミレは別格でした。 続きも楽しんで読ませて頂きます。
さっそくバレる浮気現場でしたけど、スミレが菩薩様のように寛大で良かったです。 (*´ω`*) これを気に浮気症は改めるべきでしょう! しかし、意外にも酒飲みだったのですね〜。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ