グリンダとデール
賑やかな街並みを歩きながら、三人は楽しげに会話を交わしていた。陽光が通りを照らし、あたりは温かい明るさに包まれている。歩道の両側には色とりどりの花が咲き誇り、香ばしい花の香りが風に乗って漂ってきた。通りすがりの人々は、どこか心浮き立つ様子で、軽やかな足取りで歩いていく。時折、笑い声や話し声が響き、街全体が活気に満ちている。
「デールとグリンダはどれくらいの付き合いなの?」
蓮がふと疑問を口にする。足元の花を無意識に踏みしめながら、少し気を抜いた表情で歩く蓮。その顔には、仲間たちとの会話を楽しむ余裕が見え隠れしていた。
「あいつとはかれこれ100年以上の仲だ。今まで生きてきて、あいつほど心強いパートナーはいないな」
デールはニヤリと笑い、しっかりと背筋を伸ばして歩きながら答えた。その表情には、長年の絆と誇りがにじみ出ている。
「100年! ち、ちょっと待ってください! デールは今何歳なの?」
蓮は驚きのあまり、足を止めて目を大きく見開いた。デールの寿命が普通でないことに、思わず声をあげてしまった。
「ああ? 俺か? 歳なんて数えてないから分からないが、もう生きてから500年以上経つな。ドワーフ族は寿命が長いうえに、老化も遅いからな。俺みたいに丈夫で運がいい限り、こうやって生き残っちまうんだよ」
デールは肩をすくめながら、あっけらかんと答える。その表情に、年齢を感じさせるものは全くない。まるで昨日生まれたばかりの若者のように元気だ。
「ほらな、俺はいつまでも若いだろ?」
デールが楽しげに笑う。その笑顔を見て、蓮は改めてこのドワーフ族が持つ強さを実感した。
「あー、それと。妖精族も寿命が長いぞ。ミホはハーフだから通常の妖精族よりも短命だと思うが──それでも人間よりはよっぽど長生きするだろうな。蓮、こいつは見た目は小さいが、蓮より長く人生を生きてるんだ」
デールはミホに視線を向け、彼女を指差しながら言う。ミホは目を細め、照れくさそうに頭を掻いた。
ミホは、ちょっとした自慢のように、「えへん」と胸を張る。彼女の小柄な体からは想像もできないほどの長い歳月を生きてきたことに、蓮は驚きを隠しきれなかった。あの可愛らしい外見の裏に、こんなにも長い時間が刻まれているとは。
それに、ふと思い出す。スミレも妖精族だったはずだ。彼女がもしミホのように長命なら、100年以上も生きていることになる。そう考えると、スミレが一度どんな表情をしていたのか、どんな言葉をかけてくれたのかが、急に懐かしく感じられた。
「年齢のギャップがすごいな……」
蓮は苦笑いしながらつぶやくと、早く向かいたい気持ちが再び膨らんできて、少し早歩きになる。背後のミホとデールが、彼を追いかけるように軽やかな足取りでついてくる。
三人は軽快に歩きながら、楽しい会話を続けた。時折、デールが大きな声で笑い、ミホも小さく笑顔を浮かべる。ほんの一瞬、全てが平和で、何も問題がないように感じられた。
ふと、デールが前方に見える港の方を指さすと、蓮とミホもその方向に目を向けた。
「そろそろだな。あの辺りに馬車が停まってるだろう」
デールの言葉に、蓮は目を細め、やや先を見越しながら歩を進めた。港が近づくにつれ、周囲の景色が少しずつ変わり、海の匂いが鼻をかすめる。港町独特の湿った空気が広がり、遠くに波の音が聞こえてきた。
港に到着すると、デールの馬車が確かにその先に停まっているのが見えた。大きな木製の車輪と頑丈な帆布の屋根が特徴的で、その外見からは安心感と頼もしさがにじみ出ている。デールはその手綱をしっかりと握り、馬車を軽々と操れる自信がにじみ出た笑顔を見せた。
「さあ、行こうか!」
デールが声をかけ、馬車に向かって歩み寄った。蓮は少し緊張しながらも、馬車に乗り込む。ミホはそのまま静かに隣に座った。
馬車が動き始め、風を切って進んでいく。心地よい揺れが体を包み込み、蓮は少しリラックスできた。道が広くなり、平坦な道を進むその時、三人の間に軽い空気が流れていた。
「ところで、蓮はネイトエールで何を?」
と、デールが蓮に向かって尋ねた。問いかけに、蓮は少し考える素振りを見せてから答える。
「実は俺、ネイトエールの騎士団に入団してまして……。今回は任務の帰りだったから報告が山積みなんだ」
「ほお……そりゃあ驚いた。お前さんのその体つき、ただの人間じゃないなとは思っていたが、日々の鍛錬の体だったんだな?」
デールが興味深げに言った。言われてみれば、蓮は自分の体に以前より筋肉がついていることに気づいていた。
「まあ、大した力にもなれてないですけどね」
蓮は照れくさそうに言った。デールは肩をすくめ、馬車のひもを引きながら、「本当に謙虚だなあ」と言った。
三人の会話は続き、馬車は港町を離れて広がる草原を走り抜けていった。陽の光が差し込み、緑の草原が風に揺れる景色が広がり、心地よい空気が車内に流れ込んでくる。心地よい風が頬を撫で、静かな時間が続いていく。蓮はその穏やかな景色に目を奪われ、少しだけ心が安らいでいくのを感じた。
しかし、突如として、その穏やかな時間が終わりを告げる。
「なにか、くる」
突然、ミホが低い声でそう告げた。蓮はその言葉に不安を感じ、直感的に周囲を警戒し始める。空気がひどく重くなり、心の中に警鐘が鳴り響いた。その瞬間、上空から鋭い風を切る音が響き、巨大な影が一気に地面に降り立った。
「おっと、来たか……」
デールの声が冷徹に響く。その言葉に、蓮は息を呑んだ。
目の前に現れたのは、黒い羽を広げた巨大な影。サタンだ。
その存在感は圧倒的で、空気が一瞬で凍りついたような感覚が広がる。周囲の風が激しく乱れ、まるでその周囲だけが異世界のように感じられた。
サタンの赤い瞳が、蓮を鋭く見据えている。その目の奥には冷徹な怒りが渦巻いているようで、ただそれだけで体が硬直してしまいそうになる。
「ちっ……最近はやけにサタンが来るな」
デールは唇を噛みしめ、普段の陽気な表情が一転して真剣なものに変わった。全身から殺気が滲み出し、目つきも鋭くなる。
「これだけの相手だ、武器で仕留めてやる」
デールがしっかりと腰に差した斧を引き抜き、構えを取った。その瞬間、周囲の大地が微かに震え、地面から草が風に揺れるような圧力を感じる。
ミホは一歩前に進み、両手を広げると、魔法の詠唱を始めた。その手から青白い光が放たれ、空間が一瞬歪むような感覚が漂う。彼女の魔力が集まり、周囲の空気がまるで圧縮されたかのように感じられる。静寂が支配していた空間に、ミホの力が鳴り響き、光の波がサタンへと向けて飛び出した。
「ここで止める!」
ミホの声が響き、魔法が空を裂ける音を立てながらサタンに向かって飛んでいく。大波のようなエネルギーがサタンの体にぶつかり、その周囲が一瞬で爆発的な光を放ち、広がった。それでも、サタンはビクともせず、無表情のままその場に立ち続けていた。
「う……!」
ミホの顔に一瞬、焦りが浮かぶ。魔法の威力を感じながらも、サタンが何事もなかったかのように立ち続けるその様子に驚きと不安を隠せない。しかし、すぐにミホは冷静さを取り戻し、別の呪文を唱え始めた。空間をさらに圧縮し、サタンの足元を封じ込めようとする。青白い光が再び発せられ、サタンの動きを一瞬封じ込めたように見えたが、すぐにその魔力が跳ね返され、サタンはその場を飛び跳ね、すぐに解放されてしまう。
「くっ……!」
ミホが息を切らしながら呟く。その隙に、デールがサタンに向かって叫ぶ。
「蓮! 攻撃しろ!」
その声に呼応するかのように、蓮は目を見開き、腰に下げていた剣を引き抜く。サタンが後ろに足を踏み込んだその瞬間、蓮は一気に前進し、素早く剣を振り下ろす。刃がサタンの羽根に触れ、鋭い音を立てて反響した。しかし、サタンはその傷を受けても、無表情のまま立ち続けていた。
「よし!」
デールが声を上げ、その瞬間、再び戦いが激化する。デールはすかさずサタンの正面に回り込んで、大きな斧を振りかざし、サタンの胸を狙う。サタンはその斧を避けることなく受け止め、強力な力で反撃してきた。その強烈な圧力が、周囲の大気を歪めるような音を立てて広がる。
サタンの力は並大抵ではない。だが、蓮もミホも負けじと必死に立ち向かう。サタンが再びその黒い羽を広げ、風を巻き起こす。周囲の木々が揺れ、草原がまるで生きているかのように激しく動く。空気が切り裂かれ、蓮の体に強い圧力を感じさせた。
その時、後ろからグリンダの声が響いた。
「待って! あたしも手伝うよ!」
蓮が振り向くと、グリンダが慌てて走り寄ってきて、手に持っていた輝く石を掲げた。それは、神秘的な力を秘めた光を放つ石だ。グリンダがそれを空に向かって投げると、青白い光が放たれ、サタンの周囲に強い結界が築かれる。
「今だ、みんな!」
グリンダが叫び、結界がサタンの周囲を囲み、サタンの動きを一瞬封じ込めた。その隙を突いて、デールは全力で斧を振り下ろす。サタンの胸元に斧が食い込み、深く切り込んだ。その瞬間、サタンが激しく反応し、暴れだすが、その力を感じ取った蓮は、間髪入れずに間合いを詰め、一気に剣を突き立てた。
サタンの巨大な体が震え、ついにその力が完全に収束し、黒い影のような姿が静かに崩れ落ちる。圧倒的な力を誇ったサタンが、ついに息を引き取ったのだ。
「これで、終わりだ」
蓮の息は荒く、戦いが終わった安堵と共に心の中に静けさが広がっていった。周囲に漂っていた緊張感が一気に解け、静かな空気が戻ってくる。
しばらくの沈黙が続く中、グリンダは息を切らしながら、周囲を見渡し、安堵したように笑顔を見せた。
「間に合ってよかった」
グリンダの安堵の声が響く。それに応えるように、デールが満足そうに笑みを浮かべる。
「グリンダ、お前にはいつも助けられてばかりだな」
デールが感謝を込めてそう言うと、グリンダは軽く肩をすくめ、照れ隠しのように笑った。
「それよりどうしてここに?」
デールが不思議そうにグリンダに尋ねる。
「ああ、忘れ物だよ。腹が減ると思ってね、三人でお食べ」
グリンダはそう言うと、布に包まれた箱を差し出した。箱からは微かに食欲をそそる香りが漂っている。蓮はその香りに思わず顔を上げ、目を輝かせた。
「なんだ、それでここまで来たのか?」
デールが驚きながらも、嬉しそうに言った。グリンダはにっこりと笑って答える。
「グリンダ、本当にありがとう」
蓮は改めて感謝の言葉を伝えた。それに続き、ミホも丁寧にお辞儀をして礼を言う。
「ありがとう」
その言葉に、戦いの余韻と共に少しだけ心が温かくなる。再び四人の目が集まり、平和な日常が戻ってきた。しかし、心の中では次に待ち受ける未知の冒険への期待と、まだ解決していない謎に対する不安が混じっていた。
だが、それでも今は、目の前の仲間たちとの絆を確かめる時間が大切だと、蓮は心の中で静かに思った。




