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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第1章 新たなる世界の始まり
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黒猫の住処 前編


「感じ悪っ!!」


 思わず口をついて出たその言葉は、広間の高い天井に反響し、まるでやまびこのように響き渡った。蓮は顔をしかめ、舌打ちをして自分の愚痴が広間中に響いていることを気にすることなく、ただ前を向いて歩き続けた。ネイトエール城の広間に差し込む光が眩しくて目を細めながら、彼は足を速めて歩きながら文句をつぶやいた。


「なんなんだよ、タオってやつ! いくら人付き合いが苦手だからって、あの態度はないだろ!」


 蓮がピリピリした様子でぶつぶつ文句を言い続けていると、突然その静かな空間に聞き慣れた声が響いてきた。


「あら? 蓮、そんなに怒ってどうしたの? 珍しいわね」


 花瓶の花に水をあげながら、小窓の近くで立っていたスミレが蓮の様子に驚き、振り返ってきた。彼女の瞳は蓮の不機嫌そうな顔を見て、少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐにその表情は優しさと軽い興味に変わった。


「タオとの関わり方に苦戦してて。あいつ、俺とろくに会話してくれないんだ」


 蓮が不満を漏らすと、スミレはその場で笑い出す。予想外の反応に蓮は驚くが、スミレはおかしそうに肩を震わせながら、彼に向かって言った。


「本当、蓮って面白いわね。大丈夫、ああ見えて蓮のことが気になって仕方ないのよ。タオはすごく不器用なの。仲良くなるまでに時間がかかるのは許してあげて」


 スミレがそう言いながら、軽く肩をすくめて笑う。蓮は少し納得がいかない様子で、考え込みながらも口を開く。


「うーん、スミレがそう言うなら……」


 スミレはにっこりと笑って、頷きながら蓮に顔をぐっと近づけ、少しだけ秘密めいた様子で言った。


「それより、昨日の約束、覚えてるわよね?」


 約束──忘れるはずない。

 蓮は一瞬、胸が少し高鳴るのを感じた。スミレに架空界を案内してもらうこと、それは言い換えればデートのようなものだ。普段は少し恥ずかしさも感じるが、この時ばかりは心の中で「もちろん」と答えていた。


 蓮がそれに応えると、スミレは満足そうに一度大きくうなずき、待ってましたと言いたげにすぐに腕を引いた。彼女は軽やかな足取りで蓮の前に立ち、子どものように明るく言った。


「行きましょ、蓮!」


 その笑顔と弾むような声に、蓮は少し顔が熱くなるのを感じながらも、彼女に続いて歩き出した。


 ***


 ネイトエールから歩くこと数十分、“樹木林”と呼ばれる小さな森に差し掛かった。周囲を見渡すと、前も後ろも高い木々がぎっしりと立ち並び、まるでその中に足を踏み入れたら二度と外に出られないかのような錯覚を覚える。しかし、これでも架空界の中では最も小さな森だという。薄暗く、木々の間からは柔らかな陽光がこぼれ、風がそっと葉を揺らしていた。


 スミレは蓮の手をしっかりと引きながら、迷うことなく森の奥へと進んでいった。


「スミレ、この森に何があるの?」


 蓮は前方の深い緑に包まれた道を見つめながら、少し好奇心を抑えきれずに尋ねた。


「いいから、着いてきてちょうだい」


 スミレは振り返って微笑み、楽しそうに笑いながら言った。その笑顔に蓮は思わず顔がほころんだ。スミレの笑顔が、疲れた心を軽くしてくれるような、そんな気がした。


 蓮は歩きながら、なんだかこの森の雰囲気が心地いいと感じた。静かな空気の中で、どこか安心するような、不思議な感覚に包まれる。


 しばらく進むと、目の前に小さな泉が現れた。太陽の光を受けて、水面がキラキラと輝き、周囲の草花がその光を反射して、まるで異世界から抜け出してきたような美しい風景が広がっていた。周りには黄緑色の芝生が広がり、その芝生の上には露が光っている。


 スミレは泉に手を入れて、そっとその水を口に注いだ。横顔がとても優雅で、まるで巫女のようだ。目をゆっくりと閉じ、彼女はその清らかな水を静かに味わっていた。


 蓮はスミレのその姿に見惚れていた。透明な水面に映るスミレの姿、そしてその表情。まるでどこか遠い世界の存在のように美しく感じる。


 ふと、蓮の視線に気づいたのか、スミレがにっこりと微笑んだ後、突然水をパシャッと蓮にかけた。


「んっ! 冷たっ!」

「ふふっ」


 スミレは楽しそうに笑いながら、鞄から大きな瓶を取り出し、それに泉の水を汲み始めた。


「何をしてるの?」

「飲料の確保よ。ここの水は身体にいいから、よく汲みにくるの」


 スミレは水がいっぱいに入った瓶を手に持って、満足そうに蓮に見せた。その透明さは、まるでまっさらなガラスのように澄んでいて、奥に広がる景色までが透けて見える。


「不思議だな、人間界の水より綺麗に見える」


 蓮はうっとりと瓶の中を見つめた。その瓶を挟んだ先に、スミレの目がキラキラと輝いているのが見え、まるで水中を泳ぐ人魚のようだ。ふと、蓮はこのままその水に溺れて、スミレと一緒にその中に閉じ込められてしまいたい気分になる。


「次は木の実を拾いに行きましょう」


 その言葉を聞いて、蓮はスッと我に返る。スミレは瓶を鞄にしまうと、蓮に手を差し伸べた。


「スミレ、鞄持つよ」

「あら、ほんと? ありがとう」


 スミレは少し驚いた様子で蓮の手を見つめ、それから鞄を渡した。蓮がそれを受け取ろうとしたその瞬間、突然、黒い影が素早く横切った。


「親切にありがと……にゃ」


 その瞬間、蓮は目をぱちぱちとさせて、何が起こったのか理解できなかった。自分の手元を見てみると──あれ、おかしい、鞄がない。確かにさっき手に取ったはずなのに、どこにも見当たらない。慌てて周囲を見渡すと、すぐ近くの草むらからカサカサと音が聞こえてきた。


 蓮がその音の方に目を向けると、草むらの中から姿を現したのは、黒いローブを身にまとった謎の人物だった。


「この鞄はもらったにゃ」


 ローブで顔は隠れているものの、その声と自信満々な態度に、蓮はすぐに不安が胸に広がった。相手は蓮を挑発するようにニヤリと笑うと、何も言わずにすぐに駆け出した。


「あ、こら! 待て!」


 蓮はすぐに追いかけようとしたが、その前にスミレが元気よく言った。


「蓮、挟み撃ちしましょ! 私は前からいくわ!」


 スミレは大きな羽を広げ、一瞬で蓮の頭上を通り過ぎて行った。驚く間もなく、蓮は必死に追いかけた。息を切らしながら、全力で走り続ける。


「ち、ちょっと待って! 早すぎない!?」


 スミレの足の速さは人間離れしていて、見ているうちにますますその距離が開いていく。ふと見ると、追い詰められたローブの人物が一度振り向いて、「シャー」と大きな声をあげた。スミレはその瞬間、足を止めて威嚇し、相手をしっかりと前に立ち塞がった。


「泥棒! もう観念しなさい! 今よ、蓮!」


 蓮はその合図を受けて、息を整える暇もなく、相手の体をがっちりと押さえ込んだ。その瞬間、ローブが外れ、姿を現したのは──頭に三角の耳が生えている。


「確保ー!」


 蓮は思わず声をあげた。まるで刑事のように、心の中で叫びながら、相手の体をしっかりと抑えた。


 その手にふわりと柔らかな毛並みが触れ、蓮はそのこそばゆさに一瞬身をよじった。しかし、このまま手を放すわけにはいかない。猫が逃げてしまうからだ。しっかりと力を込めて、押さえつけた。


「さあ、その鞄を返しなさい」


 スミレが命令するように言うと、突然どこからか声が聞こえてきた。


「ちょっと待って、妹を──クロネを許してにゃ!」


 その声は蓮の背後から聞こえてきた。蓮は驚いてすぐに後ろを振り向く──と、目に飛び込んできたのは、全身真っ白な猫だった。それも、どこかで見たことがある。


「白猫──? まさかお前、シロ!?」

「シロじゃない! ミーニャ!」


 蓮は目を見開き、その声に驚愕する。そこには、商店街で出会った猫人族のミーニャがいたのだ。


第1章も残るところあと2話!お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
シロとクロは、四つん這いで歩いてるのかぁ。 猫好きとしてはたまらない光景だろうと感じます。 しかし、森林アスレチックのような感じなんですね。 高所恐怖症の私には無理そうです。(苦笑)
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