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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第1章 新たなる世界の始まり
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ネイトエール城 後編

 ネイト──王都ネイトエールを護衛する騎士団。

 騎士団長ホクトをはじめ、狼人タオ、兎ティナ、そして妖精スミレもその一員である。


「お前をネイトへ置いておくのは、あくまでお前の監視がしやすくなるからだということを念頭に置いておけ。俺はまだお前を信じたわけではない。いいな?」


 ホクトの冷徹な言葉が響く。蓮はその言葉に胸を締め付けられた気がしたが、表情には出さないようにと必死に堪える。信じてもらえていない、疑われている……その事実は、思っていた以上に彼の心に重くのしかかる。だが、彼は何とか無表情を保ち、ただ頷いた。


 ホクトの言葉を合図に、部屋の扉が空気を読んだかのように静かに開く。蓮はその瞬間、心の中で不安が波のように広がる。


「シェリー、お前が責任を持ってこいつの面倒を見ろ」


 スミレはこくりと頷き、ホクトの目の前で跪くと、「おうせのままに」と言い残し、蓮の腕を引っ張る。蓮もその手に引き寄せられるように、無意識に頭を下げる。そして、彼らは部屋を後にした。部屋を出るとすぐ、スミレがふっと息を吐くように言った。


「よかった。ホクト様は人間を毛嫌いしているところがあったから心配だったのよ」


 スミレの言葉に、蓮は一瞬驚いた表情を見せる。


「それにしても、蓮が今日から騎士団ネイトの一員だなんて、なんだか嬉しいわ」


 スミレの言葉に、蓮はほんの少し顔を赤らめた。

 体にのしかかる重たいものが少しずつ軽くなっていく感覚があった。背中に張り付いた汗が引き、ひんやりとした空気に包まれて思わず寒さを感じる。緊張の糸が少しずつほどけていくのを感じ、少しだけ楽になる。


「ネイトに入ったのはいいのですが、具体的には何をすればいいのでしょうか?」


 蓮の声には、ほんの少しの不安が滲んでいた。自分がこの場所で何をするのか、それが見えないままでいるのは怖い。ホクトの信頼を得るためにどうすればいいのか、まったく想像がつかない。だが、スミレが少し力強く言った。


「とりあえずホクト様の信頼を得ることが最優先ね」


 スミレは気持ちを切り替えるようにパンっと手を叩くと、蓮の頬に手を伸ばす。そしてそのまま頬をつまみ、思い切り引っ張る。蓮は思わず顔を歪め、「い、いてて!」と声をあげた。


 餅のように伸びた蓮の頬を見て、スミレがクスクスと笑う。その声が、蓮の緊張をさらにほぐしていく。


「そんな堅い顔しないで。大丈夫、なんとかなるわ」


 スミレのその言葉が、蓮の心のざわざわを静める。彼女の言葉が、まるで暗闇の中に差し込む一筋の光のように感じた。そうだ、きっとなんとかなるに違いない。ここまでなんとかなったのだから。

蓮は自分を少し励ましながら、もう一度深呼吸をして歩き出した。


「それより蓮、まだ紹介できてない部屋だけ伝えておくわね。ここが治療室。それから、こっちが研究室ね」


 スミレはそれぞれの扉を指さしながらそう言う。


「なんだか小さな学校みたいですね」

「学校……?」


 スミレは不思議そうに首を傾げる。

 その反応からして、架空界には学校が存在しないようだ。架空ノ者であるスミレにとって、学校という言葉は初めて聞くのだろう。


「学校は子どもが教育を受けるところなんです。人間界ではみんな通っていますよ」

「じゃあ、蓮も学校に通っているのね?」


 スミレの問いに蓮は頷く。とは言っても、今は冬休み。まだ学校は再開していないが───もし、このままずっと人間界に戻れなかったら? 

 蓮はまた余計な不安を感じたが、スミレに察しられないように小さく笑った。これ以上彼女に心配をかけたくはなかった。


「スミレさん、こっちの部屋はなんですか?」


 蓮が指さした先には、大きな鉄の扉があった。それは見るからに分厚くて丈夫な扉であり、その作りは明らかに他の部屋とは違うものだった。


「この部屋は訓練所よ。銃や剣の鍛錬を行うの」

「なるほど、だからこんなに丈夫な扉なんですね。じゃあスミレさんもここで鍛錬を?」


 蓮がそう言った矢先、目の前の鉄の扉が開かれる。そして訓練所の中から、一人の男が顔を出した。


「なんだシェリー、早かったな」

「あら、タオじゃない。その件は心配をかけたわね」


 狼人。二足歩行で蓮の目の前を歩くタオは、蓮のことを睨みつけると大きな舌打ちをする。


「助けてもらったからっていい気になるなよ。なんのつもりか知らないがこれ以上シェリーに近づくな、汚らわしい人間が」


 まるで人を喰らう狼のように瞳孔がカッと開く。

 目を合わせたら殺されるような感覚になり、蓮はそっとタオから目線を外す。


「ちょっとタオ、蓮は何も悪いことなんてしていないわ」


 スミレのそんな言葉に耳も傾けず、タオはそれだけ言うと蓮たちに背を向けてリビングの方へ行ってしまった。


「ごめんなさいね、タオは人付き合いが苦手だけれど、ああ見えてすごくいい人なのよ。私からあとでお説教しておくわ」


 スミレは納得がいかないのか頬を少し膨らませると、分かりやすく怒った顔をしていた。まるで反抗期で一生懸命に怒る子どもみたいだった。


「いえ、そんな。なんだかタオさんに悪いことしちゃいました」


 蓮は小さく下を俯く。


「気にしないでちょうだい。タオはいつだって初めはああなの。すぐに仲良くなれるわ」

「付き合いが長いんですか?」

「ええ、まあ。彼は同期みたいなものよ」


 スミレは話を続ける。


「タオが変異型なのはもう聞いたかしら?」

「はい、何となくですがホクトさんから話を聞いてます」

「変異型は見た目が人間と似ている姿をしているのが特徴なの。ネイトでいうならタオやホクト様が変異型ね。それに比べて私やティナは通常型、変異はせずそのままの姿で生活しているのよ。分かるかしら?」


 蓮は初めて勉強を教わる小学生のようにこくりと頷く。


「じゃあホクトさんは一体なんの変異型なんでしょうか?」


 蓮の質問に、スミレは少し悩んだあと一言、


「自分の目で確かめてみるといいわ」


 と言った。

 蓮はもどかしい思いを胸にしまうと、分かりましたとだけ言う。スミレは意外ともったいぶるのだ。

 それから、蓮はスミレに二階の角部屋まで案内された。今日からここが自分の部屋だという。


「少し狭いのだけれど、好きに使ってちょうだいね。私の部屋はあっちだから、何かあったらいつでもノックして。それじゃあ、また」


 スミレは蓮に手を振ると、背を向けて行ってしまった。

 蓮はお辞儀をすると、早速部屋の中に入る。この胸が高鳴るドキドキ感はきっと、初めての旅行でホテルに泊まる時と同じようなものに違いない。ベッドと机が置かれたシンプルなその部屋は、生活するには十分すぎる広さであった。

 蓮は入ってすぐのベッドに腰掛けると、そのまま全身の力が抜けたかのように大の字で寝転んだ。白い埃が光に照らされチラチラと舞っているのが目に映る。カーテンの隙間から照らされる光が今は少し眩しく感じた。

 ああ、眠たい。

 蓮は小さな欠伸をするとウトウトする目をゆっくり閉じるのだった。


 どれほどの時間が経っただろうか。蓮が重い腰を上げたのは、扉のノック音が聞こえた時だった。


 「失礼します。あなたがネイトの新入り? 私はミネル。夕食の支度ができたから呼びに来た。これからトーカル王に挨拶しに行くことになってる」


 扉の奥に立っていたのは、紺色の髪をした女性だった。優雅で落ち着いた雰囲気を漂わせ、蓮はその姿を見た瞬間、驚きを隠せなかった。


(人間……?)


 ミネルの姿は、蓮とそっくりな人間のようだった。だが、どこか異質な印象が拭えない。タオのような耳や尻尾もなく、本当にただの人間に見える。なのに、得体の知れない違和感があった。


 「そんなに私の姿が面白い?」


 ミネルはメガネをクイッと上げ、蓮をまじまじと見つめる。その視線に、蓮は思わずたじろいだ。


 「あ、す……すみません!」

 「いえ、問題ありません。あなたの名前は?」

 「蓮です。これからよろしくお願いします」


 蓮は慌てて頭を下げる。少し胸が高鳴ったが、すぐに冷静さを取り戻した。


 「そう、蓮。こうして間近で生きた人間を見るのは初めて。私のことはミネルと呼んで」


 そう言ってミネルは背を向け、廊下を歩き出す。蓮は寝癖のついた髪を気にする暇もなく、慌ててその後を追った。


 階段を下りている途中、ミネルがふと足を止める。そして、振り返ったその瞳が蓮とぴたりと重なった。


 一瞬、空気が凍る。静寂の中、ミネルの吐息だけが耳に残るような気がした。彼女の目は白く透き通っていて、美しくも不気味な輝きを放っていた。


 「人間、あまり架空ノ者に深入りはしない方がいい」


ミネルの白く透き通った瞳が、蓮の心をじっと見透かしているようだった。意味もなく背筋がぞくりとした。蓮にはその言葉の真意はわからなかったが、その声が胸に不思議と残った。

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― 新着の感想 ―
まだまだ信用されてないことがリアルですね。 生きた人間を見るのは……ってのが死者ならいる伏線? ミネルの謎が深まり、今後が楽しみです!
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