表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/129

星霧のあとで -タオとリリス-

 「団長! 仕事です!」

 

 朝の鐘が鳴り響く王都ネイトエール。

 門兵たちが慌ただしく行き交う中、ひときわ元気な声が響いた。

 

 振り返ったタオは、寝癖のまま髪をかきあげる。

 「うるせぇ……朝から騒ぐな」

 

 「また寝坊? 団長のくせに」

 軽い口調で声をかけてきたのは、白い髪を風に揺らすリリスだった。

 片手に書類を抱え、もう片方の手にはパンを二つ。

 

 「ほら、朝ごはん。市場で買ってきた」

 「……お前な、俺を子ども扱いすんな」

 「してないよ。子ども扱いするなら、ちゃんと寝かせるでしょ?」

 

 「…………」

 リリスの悪戯っぽい笑みに、タオは頭をかく。


 ――ホクトがいた頃は、ただ命令を受ける側だった。

 けれど今は、自分がその立場にいる。

 ホクトを失い、仲間を守るために帰還したあの日――

 ネイトエール王・トーカルから、騎士団長の座を任されたのだった。


 あのときは実感も湧かなかったが、今になってようやく分かる。

 背負うということが、どれほど重いかを。


 それにしても、団長になってからというもの、毎日が慌ただしい。

 

 それでも、タオは背負うと決めた。

 あの夜、星霧の中で心に誓った通りに。

 

 リリスが机に書類を置きながら言った。

 「バステトの使者、もう城門に着いてるって。行こ、団長」

 

 「おう」

 

 外へ出ると、王都の通りは人々の声で満ちていた。

 露店の匂い、鍛冶屋の槌音、笑い声。

 ほんの数年前まで戦火と歪みに覆われていた街とは思えないほど、穏やかな朝だった。

 

 「……変わったな」

 タオが呟くと、リリスが横で笑う。

 「いい意味で、でしょ?」

 「ああ」

 

 広場には、新しく植えられた樹木が並んでいた。

 かつてホクトが剣を振るった場所。

 戦の痕は、今や花で覆われている。

 

 「ホクト団長、見たら何て言うかな」

 リリスがぽつりと言う。

 タオは少しだけ目を伏せ、息を吐いた。

 「たぶん、“掃除が行き届いてねぇ”って言う」

 「……らしいね」

 

 二人の笑い声が、朝の空に溶けた。

 

 やがて、王城の鐘が鳴る。

 タオは肩を回し、真顔に戻る。

 

 「バステトとの会談、俺が出る。今回はお前は休め」

 「え、なんで?」

 「昨日まで徹夜してただろ」

 「うそ、なんでわかるの?」

 「朝方顔を見た時から、バレバレだ」

 

 リリスが不満げに唇を尖らせる。

 

 「じゃあ、あとで市場の視察くらいは一緒に行って」

 「……考えとく」

 「それ、“絶対行く”のタオ訳だよね」

 

 リリスが微笑み、タオも小さく笑った。



***



夜が明けきらない空の下、街はまだ眠っていた。

 屋根の上を渡る風が、白く霞んだ月光を揺らしている。

 あの日見た星霧の名残が、薄く漂っている気がした。

 その中で、タオは静かに息を吐いた。


 「……終わったんだな」


 見上げた空は、もう何も映していない。

 あの光も、声も、もう届かない。

 それでも胸の奥では、まだどこかで脈打つように、誰かの笑顔が残っていた。


 足音が近づく。

 振り向けば、リリスが腕を組んで立っていた。

 風に揺れる白い髪の先に、月光が淡く溶けていく。


 「また夜中に起きてるの? ほんと落ち着かないね、タオ」

 「ん、寝れなかっただけだ」


 素っ気なく答えると、リリスはふっと笑った。

 その笑みには、寂しさよりも、どこか安堵が混じっていた。


 「それにしても……静かだね」


 リリスの言葉に、タオは「ん」とだけ返事をした。

 少しの沈黙のあと、ぽつりと呟く。


 「この空さ、星霧の夜に似てるんだよな。

  俺、あの時、ずっと気持ち悪かった。

  綺麗すぎて、あのまま吸い込まれて……お前も俺も、死ぬかと思ってたんだ」


 「なにそれ、死ぬわけないでしょう」


 リリスはくすりと笑い、タオの肩に軽く手を置いた。


 「笑い事じゃねえ! お前あの時、星霧に呑まれそうになってたろ。

  それなのに俺の背中を押して――」


 「うん、そうだね。でも、タオはあたしを助けてくれた」


 冷たい風が吹いて、リリスの兎の耳が揺れた。

 頬はほんのり色づいていて、きっとこの光景をずっと忘れないのだろう。


 「タオ、ありがとね」


 ああ、ずるいな。

 そんな一言で、胸の奥が全部ほどけそうになる。


 「……あいつら、ちゃんと行けたと思うか?」

 「バカね。行ったわよ、とっくに。あの子たちが迷うわけないじゃない」


 リリスはそう言って、夜明け前の淡い光の中を歩き出した。

 その背を追いながら、タオはゆっくりと空を仰ぐ。


 もう星霧は消えた。

 けれど、この世界のどこかに、まだあの光が残っている気がした。


 そして、きっとまた――誰かの空に昇る。


スピンオフ第1弾は、タオとリリスの物語です。


タオというキャラクターは、登場初期から“頑固な一匹狼”として描くつもりでした。

プライドが高くて不器用だけれど、守りたいもの、心に決めた思いは誰よりも強かったと思います。

そして、その思いの中心にはいつもリリスがいたのだと思います。


一方のリリスは、強く見えるけれど、実はとても繊細で、甘えん坊な一面を隠しています。

その“強さと弱さの同居”が、初期の「二重人格」という設定の名残にもなっています。


ふたりの距離感は本編では描ききれなかった部分が多く、こうして改めて綴ることで、少しでも彼らの“その後”を見せられた気がします。


いつか、もっと素直に笑い合うふたり、

そんなイチャイチャ編も書けたらと思います。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ