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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
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五大悪魔 後編

 会議室には、再び深い沈黙が落ちていた。

 先ほどまでの緊迫が嘘のように、誰もがただ──ラミアという存在に圧倒されていた。

 ミネルの中から現れた彼女は、今や確かな実体を持ってそこに立っている。

 その姿は異形でありながらも、どこか圧倒的な母性を感じさせるものだった。


 ホクトが、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 その動きに、空気がかすかに震えた。

 瞳には耐えるような静けさが宿り、その奥に、深い覚悟がにじんでいる。


「……聞いてくれ」


 低く、だが澱みのない声が、場を断ち切った。


「これは……俺たち五人の、そしてこの世界の“始まりの罪”の話だ」


 その言葉を受けるように、ラミアが静かに口を開く。


「我が血は……呪いである」


 重く、冷たく、そして哀しみに満ちた声だった。


「遥か昔。世界の境界《狭間》に、“歪み”が生じ始めた。我はそれに気づいておった。このままでは、世界が壊れる。……ならば、我が血で、歪みを正せぬかと考えた」


 誰も動かない。誰も言葉を挟まない。

 その場にいる全員が、ただ静かに──世界の“根”に触れる声を聴いていた。


「だが後天的に血を分け与えれば、魂は耐えきれぬ。肉体も、精神も、崩れてゆく。何度試みようとも……結果は同じだった。だからこそ、我は選んだのだ。“宿して”生まれる子を」


 ホクトが、視線を前に向ける。そして、言葉を引き継いだ。


「……お前は五人の“父”を選び、五人の子を産んだ。そして産まれた俺たちは……ラミアの血を継いだ、“後継者”だ」


 誰かが、小さく息を呑む。

 ラミアは続ける。


「我が子らは優れておった。だが、最初に壊れたのは──ガオスじゃ」


 その名に、場の空気が変わった。


 ローレが、唇を引き結ぶ。


「……俺たちは、英雄と呼ばれていた。けど、ガオスの暴走とともに、すべては崩れた」


「そして俺も、暴走した。家族を失ったあの日、そして……この間も」


 ミネルの名前は出さずとも、痛みが伝わった。


「もう、“英雄”じゃない。“悪魔”と呼ばれた。……そうだろ、ホクト」


 ホクトは一度、ラミアを見る。

 ラミアはただ、静かに頷いた。


「五人の子らは、わらわの信念と理想を宿していた。だが、同時に……血の業を宿しておった」

「……五大悪魔とは、わらわ自身の過ち──五つの原罪なのじゃ」


 その瞬間。


「ふざけんなよ……!!」


 怒声が会議室を貫く。

 タオだった。

 握り締めた拳が震えていた。


「実験だったってのかよ……! 俺の親父は、お前の血のせいで、暴走して、ホクトに殺されたんだぞ!」


「希望だ? 理想だ? ふざけんな……!」


 誰もが、言葉を失う。


 タオの言葉が、蓮の胸に鋭く突き刺さる。

 目の端で、スミレが黙って拳を握るのが見えた。


「……俺たちは監視されてたってことかよ」


 ホクトは視線を伏せ、苦く呟いた。


「……そうだ。俺は、お前たちのそばにいた。暴走が起きぬよう、目を離さぬように」


 重たい沈黙が会議室を包む。

 ラミアは最後の力を振り絞るように、静かに言葉を紡いだ。


「……この血の結末を終わらせるのは、お前たち自身じゃ」


 声がかすれ、揺れ始める。


「そして──悪魔の影を滅ぼし、狭間の歪みを正すのも、そなたたちの使命」


 銀灰の髪がゆらりと揺れ、彼女の輪郭が淡く滲んでいく。


 同時に、スミレとリリスに支えられたミネルの身体が、小さく痙攣した。

 うっすらと開かれていた瞳が虚ろに震え、誰かを映しているようで、何も映していない。


「この世界を救う鍵は、すべてそなたたちの手にある。

 だからこそ、己の運命を受け入れ、歩み続けるのじゃ──期待しておるぞ、我が子らよ」


 ラミアの身体は、ふわりと霧のようにほどけていく。

 まるで空間そのものに溶けるかのように、静かに、静かに、消えていった。


 その直後、ミネルの身体がびくりと震え、その胸に淡い光が──命の灯が戻るように、すっと染み込んでいく。


「……ミネル……!」


 ローレが駆け寄る。

 ミネルの瞳が、ゆっくりと瞬いた。


 夢から醒めたようなその目は、もう誰かに乗っ取られたものではない。


「……私は……一体……?」


 小さな声。確かな声。


 彼女は、戻ってきた。


 スミレとリリスがほっと息をつき、ミネルを優しく支えたまま抱き寄せる。


 ホクトが彼女の様子を確かめ、静かに頷いた。


「……ラミアの気配が、完全に消えたな」


 その時だった。


 空気が、ざわりと揺れる。


 誰かの記憶の奥をなぞるような奇妙な感覚が、場の全員を通り抜けた。


 蓮は足元の床に違和感を覚えた。

 床が、ほんのわずかに揺れている。


 その瞬間だった。

 まるで走馬灯のように、目の前に広がる光景が脳裏を満たす。

 水に沈むような静けさのなか、あまりにも美しい海──その中央に、まるで夢のような都市が浮かんでいた。

 透明な海に抱かれ、光を湛える幻想的な都。

 架空の景色にしてはあまりに鮮烈で、しかし確かに“そこにある”と本能が告げていた。


「……見えたか?」


 タオが、こめかみを押さえながら低く呟く。

 スミレもまた、目を細めて口を開いた。


「……海の都……」


 沈黙の中、ミネルがゆっくりと顔を上げる。

 今度は、明らかに彼女自身の意志だった。


「……あれは、“世界の底”の入口。狭間の歪みに引き寄せられ……都市そのものが、歪みの中に呑まれ始めている。私の中に残ったラミアの記憶が、そう告げている……」


「世界の底……」


 ホクトが低く繰り返す。

 その表情は、遠い記憶を手繰るような静けさに満ちていた。


「……海底都市セラティス。

 伝承の中にしか存在しなかったはずの、マーレ族の都……。

 だが今、現実に姿を現した。ラミアの記憶、そしてこの世界を救う鍵が──そこにある」


 その言葉に、ローレが口元をわずかに引き締める。


「……なら、決まりだな。俺たちが次に向かうべき場所が」


 窓の外で、風が変わった。

 微かに、潮の匂いが混じっている。

 遠ざかっていたはずの海が、まるで呼吸をするように、静かに──だが確実に──近づいてくる気配がした。


 誰も言葉を足さなかった。

 ただ、それぞれの胸に広がるざわめきを抱えたまま、

 彼らは静かに、次なる旅路を見据えていた。


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